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2011年3月 3日 (木)

読んだけれども分からない・その2

これまで「読んだけれども分からない」と思った本は数多くある。今回と同じタイトルで書いた前回記事の『闘争のエチカ』(蓮實重彦・柄谷行人、河出書房新社)もそうだが、扱われている題材と用いられている「術語(テクニカルターム)」になじみがなく、なおかつ背景知識を全く欠いている場合はほぼ「読んだけれども分からない」状態になる。

小説の場合には、若いときに読んでピンとこなかったものでも今読み返してみると面白いと感じるものがあったりする。それは経験や知識などを含めた蓄積の量が異なるからなのだと思う。

そういえば、高校時代の友人で面白いことを言っていた男がいた。物事を理解する能力というのは、大きさの変わる「袋」のようなもので、年齢や学習や経験によってキャパシティが広がっていく。だから、高校受験の時にヒイヒイ言っていた連中が、高校生になってから中学時代の問題を見てみると、あまりにラクチンで驚いたりする。それはそれぞれの「袋」が大きくなっているからそう感じるのであって、その大きくなった「袋」であってもその時々で分からないものはあるはずさ。だから、今分からなくても「袋」が一回り大きくなると分かるようになるかもしれないな。

今にして思うと卓見である。優秀な男であったが、単に勉強が出来るヤツというのではなく洞察力に富んだ男であった。

確かに、中学時代にさっぱり分からなかったのに高校に入ったら急に英語が伸びまして、といった話を保護者の方から耳にすることがある。認識の回路がきちんとできあがるのに時間がかかるということなのだろう。あるいは言葉に経験が追いつくというか。言葉に肉付けがされるというか。自分のものとして使える言葉が増えてくると、確実に理解する量は増えるのだと思う。

中学生の頃、何をきっかけにして手に取ったのか分からないが倉田百三の『出家とその弟子』という戯曲を読んでみたことがある。何年生だったか覚えていないが、中二くらいだったかもしれない。親鸞とその弟子の唯円を中心とした戯曲だったと思うが、ほとんど理解できなかった。「読んだけれども分からない」状態だった。最後まで読み通したとは思うが、全く内容は記憶していない。同じ頃に読んでいた遠藤周作や筒井康隆の小説は今でもすぐに思い出せるのに、一場面たりとも出てこない。

これと同じような「読んだけれども分からない」状態のままになっている本が、相当数あるような気がする。そして、それはそれでいいのではないかと思っている。なぜかと言えば、理解する必要があるものであれば必要に迫られて必死に理解しようと努めると思うからだ。結局、楽しみとしての読書に話を限れば、何も読んだ全てを分かる必要はないのではないか。

子どもの頃に何度も何度も繰り返し読んだので、挿し絵も含めてほぼストーリーを思い出せるくらい好きな物語に『怪妖伝』というものがある。正式には『北宋三遂平妖伝』という羅貫中の編纂になる物語で、これを子ども向けにリライトしたものが『怪妖伝』なのだが、その中に蛋子和尚という人物が出てくる。その蛋子和尚(『怪妖伝』では子ども向けにも関わらず、「タンズ」和尚と中国音でルビが振ってあった)が、白雲洞という洞窟の壁に彫られた天人の秘法を番人の留守に写し取ることに成功する。ところが、艱難辛苦をかいくぐってようやく写し取ってきたのに、一字たりとも紙に文字が残っていない。落胆していると旅の道士が、それは天の書物であるから満月の夜に月の光に透かさなければ読めないと告げる。蛋子和尚は教えられたとおり満月に透かして浮かび上がる文字をなぞって書き留める。

この箇所でずっと印象に残っている場面がある。白雲洞の東西南北の各壁面に秘法が彫ってあり、蛋子和尚はすべて写し取ったつもりだったのだが、満月の光に透かすと文字の浮かび上がるものと浮かび上がらないものがある。その時に蛋子和尚はこう思う。「読むことが出来ないものは、自分に縁のない法なのであろう。みだりに地上に持ち出してはならぬという天の戒めではないか」

つまり「読んだけれども分からない」書物は、その時点で「縁のない」書物なのだと思う。必要があれば時期が来たときにいつかまた向き合うことになる。そう思ったほうがいいのかもしれない。

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