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2011年2月17日 (木)

春の予感

俳句の季語は旧暦で区分されている。旧暦の一月から三月、これが春にあたる。今年は二月三日、節分の日が旧一月一日となっているので、旧暦で言えばすでに春である。

しかし北国に住んでいると、まだ雪は多いし朝晩の寒さはそれほど緩んでいないし「春」という実感は薄い。まして花の便りなどほど遠い。

それでも着実に春が近づいていると感じる。特にこの数日のように日中の気温が上がると陽当たりのよい南側の窓辺はポカポカして、眠気を誘うほどだ。冬至から二ヶ月くらいになるのだから、太陽の高度もだいぶ上がってきたのだろう。日没時間も遅くなってきた。

北へ帰る白鳥の鳴き声こそまだ聞こえないが、もうじき北を目指して飛び立っていく姿が見られるだろう。そうなれば、ようやく「春」である。毎年、すんなり「春」にはなってくれないものだ。必ず何度か、二月下旬や三月上旬、場合によっては四月に入ってからでさえドカッと雪が降ることがある。ただその雪が根雪とならず数日でとけてしまうようになるのも「春」のしるしである。

公立高校の合格が発表となりそれぞれの進路が決まるころは、すっかり早春の光景となっているはずだ。別れの季節である。そしてまた新たな出会いの季節でもある。

十代後半から二十代前半にかけてのころは、この季節が一番厭だった。変わっていく環境に何か追い立てられるような感触がいやだったのかもしれない。モラトリアムの時間を延々と送っていたいという虫の良さから来ていた感じもする。

周囲の人間が一人また一人と自分の進む道を見つけて旅立っていく中、どこへも行けないでいる自分をもてあまし気味だったのかもしれない。そういう憂いの中でじっと季節が変わっていくのを眺めていたように思う。

一歩踏み出すことには勇気がいる。ぬくぬくとした現状維持のなま暖かい空気の中にいたほうが安全ではある。しかし、何も変わらない。輝かしい未来でなくても、そこに何が待っているのか分からなくても、ともかく動き出してみるしかない。動き出せば見えてくる風景は変わる。たとえそれがいつの間にか見慣れたものになってしまうにしても、じっとしたまま壁に囲まれて見ていた光景とは明らかに異なるものであるはずだ。

確実なものなどどこにもないかもしれない。けれど、動き続ける中でしか出会いたい光景には巡り会えないのではないか。春が近づいてくる。変わらなきゃなと自分に言い聞かせる。

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