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2011年1月 7日 (金)

好きな詩人たち・その3

角川文庫に入っていた『谷川俊太郎詩集』を読んだのは、大学受験のため予備校に通い始めた頃だった。『二十億光年の孤独』『六十二のソネット』など主要な詩集が一冊に収められた詩集で、くり返し読んでいた。

中でも『二十億光年の孤独』に入っている詩篇の数々は、そのときの自分にすんなりと受けとめられるものが多かった。「あの青い空の波の音が聞こえるあたりに」で始まる「かなしみ」という詩の透明な喪失感や、「愛された小さな犬に」という副題のついた「ネロ」という詩が大好きだった。

「ネロ」の第二連に列挙される

  メゾンラフィットの夏
  淀の夏
  ウィリアムスバーグ橋の夏
  オランの夏
  そして僕は考える
  人間はいったいもう何回位の夏を知っているのだろう

という一節が妙に印象に残り、どこのことなのか分かっていないのに、その地名の響きがなぜか心地よく感じられてならなかった。

『六十二のソネット』の41番、「空の青さをみつめていると」で始まる詩は、もしかすると一番好きな詩かもしれない。感傷的な響きを保ちながら決して感傷的ではない。透明な悲しみのようなものを感じさせるけれども、理知的な詩である。二十歳になる前の自分が抱いていた世界への違和感みたいなものが、この41番のソネットではっきりと形を与えられたように感じたのかもしれない。

先日、久しぶりに角川文庫の『谷川俊太郎詩集』を引っ張り出してパラパラ読んでみた。いまだに目が止まる詩は変わっていない。成長していないということなのだろう。苦笑しながら本を閉じようとしたら、文庫の紙カバーの折り返しにはさまれていた紙片がハラリとすべり落ちてきた。何だろうと思ってみると、美しい文字で書かれたメモであった。

 「詩集『二十億光年の孤独』より
  ”それらはすべて僕の病気かもしれない”
  角川の谷川俊太郎詩集に入っています」

このメモをもらったいきさつはもうすっかり忘れてしまった。が、その後、立原道造やリルケやランボーやアポリネールの詩を読むきっかけを作ってくれたひとからのメモだということはすぐに分かった。不意打ちのような過去の時間との再会である。

しかし、一つだけ解せないことがある。このメモにある”それらはすべて僕の病気かもしれない”というフレーズは角川の谷川俊太郎詩集のどこを探してもみつからないのだ。記憶違いだったのだろうか。それとも冗談だったのか。今となっては全く知るすべもない。

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コメント

今晩は。
『二十億光年の孤独』には、僕もふか~~い青春の思い出がありますね。
急に読み返してみたくなりました。


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

不意に出てきたメモにはドキリとしました。
まあ、うちのカミさんは私のブログを読んでいないので、安心なのですが…。

投稿: かねごん | 2011年1月 8日 (土) 22時50分

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