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2010年11月14日 (日)

江戸的スローライフのすすめ・その25

前回は「明烏」に登場する真面目で堅物の若旦那を紹介したが、これは例外的な人物設定である。たいがいの若旦那は三度の飯より遊びが好きという放蕩息子である。

放蕩が過ぎると親族会議を開いた上で勘当となる。これは不始末をしでかすような事態になると、監督不行届ということで一家がおとがめを受けるためだ。勘当して縁が切れていれば、不行跡をしでかしても、当家とは一切関係がございませんと知らぬ顔ができた。

さて勘当の身となった若旦那はどうなるのか。代表的な例と思われるものを二つ紹介したいが、まずは「唐茄子屋政談」に登場する若旦那の場合。

吉原での遊びが過ぎて親族会議にかけられた若旦那は「お天道様と米の飯はどこに行ったってついて回る」と啖呵を切って勘当の身となる。最初のうちは、なじみの幇間や芸者の所に転がり込んで居候していたが、そのうちなんだかんだと理由をつけて体よく追い出される。威勢のよかった若旦那も行くあてがなく食べる物にもありつけず、あっという間に物乞い同然の姿に落ちぶれてしまう。啖呵を切って出てきた手前、今さら家にも戻れない。

進退きわまった若旦那は、吾妻橋から身を投げて大川に飛び込もうとする。その瞬間に「ま、まあ、待ちなさい」と後ろから抱き留めてくれた人がいる。ちなみに、身投げを止めるときには、いきなり声をかけてはいけないのだそうだ。身投げしようかどうか迷っていても、声に驚いてドブンと川に落ちてしまうからなのだという。後ろから抱き留めてから声をかけるというのが正解らしい。

親切に止めてくれた人は、「何が悲しくて身投げしようとなさるか分かりませんが…、おや、お前、徳じゃねえか。お前なら止めるんじゃなかった。さっさと飛びこんじまえ」と言う。若旦那徳兵衛の叔父であった。

叔父さん、何でもやりますから助けて下さい。若旦那はそう言って叔父に泣きつく。叔父としても根っから憎いわけでもないので、ひとまず自分の家に連れて帰り飯を食わせる。

翌朝起こされた若旦那は叔父さんに再度念を押される。「お前、何でもやりますって言ったな?」「はい」「じゃあ今日から唐茄子をかついで売って歩け」「えっ?若旦那が唐茄子売りになったんじゃ、きまりが悪い」「嫌ならよせ。その着物を脱いで元のボロに着替えてとっとと家から出て行け」というやりとりがあり、若旦那は初めて天秤棒を肩にあてがって唐茄子を売りに出る。

ところが箸より重いものを持ったことがないので、あっちにふらふら、こっちによろよろしていうるちに石につまずき、売り物の唐茄子を往来にゴロゴロと転がしてしまう。そこへ近所の親切な男が通りかかり、勘当されて唐茄子売りの身の上だという若旦那に同情し、代わりに売ってしんぜやしょうと顔見知りを呼び止めて、あっという間にほとんどを売ってしまう。

「あと二つ残ってるだけだから、売り切ってお帰んなさい」と声を掛けられ、若旦那は天秤棒をかつぎ直して、売り声の稽古を始める。こうしてある裏長屋にさしかかった所で「唐茄子屋さん」と呼び止められ、そこから噺は後半へとなだれ込んでいく。

かわいそうな浪人のおカミさんを助けて、因業な大家を懲らしめる勧善懲悪の展開から最後は御奉行さまから青差し五貫文のほうびまでいただくことになる。その結果、若旦那は勘当を解かれてめでたく家に戻ることができたというハッピーエンド。

五代目古今亭志ん生師匠か六代目三遊亭圓生師匠の演じる噺でじっくり聴かれることをお勧めする。

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