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2010年9月27日 (月)

昨日の「龍馬伝」

大河ドラマの「龍馬伝」も佳境に入ってきた。昨夜の回では、長州が幕府軍に勝った関門海峡の攻防を取り上げていたが、奇兵隊を組織した高杉晋作の姿があまりにカッコよくて、うーんとうなってしまった。

労咳を患って血を吐きながら奇兵隊と共に闘い、味方を鼓舞する。その姿は、チェ・ゲバラの姿にも似ている。ゲバラも丈夫な身体ではないのに、自分のことは顧みず率先して行動し続けた。多くの人間が慕い集まってきたところもよく似ている。長州にこの人がいたことの意義は計り知れないと思う。

この高杉晋作にしろ坂本龍馬にしろ、「龍馬伝」で描かれた通りの人物だったかどうかは分からない。史実に基づいているとはいっても、あくまでも「龍馬伝」という一つの物語の中に虚構化された高杉晋作であり、坂本龍馬である。しかし、それはそれでよいのだとも思う。私たちが「龍馬伝」に見たいのは、こうあってほしい高杉晋作であり、坂本龍馬なのだと思うからだ。

歴史上の実像は、おそらくドラマや小説に描かれてきた姿とは異なるであろうし、それを現代の私たちが正確につかむのは不可能であろう。あくまでも、こういう人であったらしいという所までしか近づくことができない。しかし、実像とは別にこうあってほしい高杉晋作像や坂本龍馬像には、現代を生きている私たちが求めている人物像が反映しているのであり、もしかすると実像よりもこの虚像のほうが大きな影響を与えるのではないかという気がする。

福山雅治が演じる龍馬のような人物がいたら、やはり魅力的だと思うだろう。伊勢谷友介が演じる高杉晋作もまたそうである。こうあってほしい理想像が投影されているわけだから、誰もがあこがれる姿であって当然だ。それは虚像ではあるかもしれないが人々のロール・モデルとなり得る像である。

自分たちの身の回りにも素晴らしい人はたくさんいるし、あこがれの対象となる人物も存在する。しかし現在生きている人物に対して素直に素晴らしさを認めることができなかったり、批判的に見てしまう場合も多いことだろう。それゆえ、龍馬や高杉のような歴史上の人物の虚構化された姿が一層求められることになるのかもしれない。

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