続けていくのは難しい
昨日は記事をアップしないままで終わってしまった。今月に入って三回目の非更新日である。とりあえず毎日書いていこうと思いながら、実際続けていくのは難しい。糸井さんの「ほぼ日刊イトイ新聞」 は、「ほぼ日」という愛称とは違い「きっちり日刊」である。そして糸井さんは、毎日、巻頭のコラムを書いている。
去年の春先に毎日ブログを更新してみようと思い立ち、とりあえず三年くらいは続けてみようと考えていたのだが、一年経過した今年の四月から現在まで毎日書いたのは六月だけである。どうしても書けないと思う日が何回かあり、苦肉の策で「旧稿の虫干し」シリーズなども始めてみた。しかし、その時々に自分が何を考えたり感じたりしていたかを記録しておこうということで続けてきたので、正直なところ、書きためておいたものを更新記事に出すことには気乗りがしない。
というわけで、どうしても書けませんという日が何回か出るようになった。逆さに振っても鼻血も出ないという言い方があるが、あれである。とにかく何か書いて記事を埋めようと思うものの、本当に何も出てこない。書くことを本業にしているプロの作家は大変だろうなあ、と同情しつつ、ふと「ちびやまめさん」のブログ記事にあった井伏鱒二と開高健の対談の話(こちら)を思い出した。
52歳の開高健が、85歳の井伏鱒二に「この年齢になってから、やる気がなくなることがあるのです。何もやりたくない。そんな時どうすれば良いのでしょう」と訊ねる。「ん~、書けばいい、書けば。何枚も何枚も書けばいい」と井伏氏。開高氏が重ねて「それが、全く書けないのですよ。書く気になれない、こんなときはどうすれば良いのですか」と言うと、「何でもイイから書けばいい、何でもイイから」と答えて井伏氏は「イロハニホヘト」でもいいから書け、とアドバイスする。
これは究極のアドバイスだなあ、と思ったが、井伏鱒二は最後には「原稿を催促しに来てもらえばいい、原稿を・・・」と言っていたようなので、やはり原稿の催促が一番ということになるのかもしれない。
ということで、今日は予定分量を埋めることができた。ところで「ちびやまめさん」のブログ記事にあった、開高氏の「良心のような大げさなものじゃありませんが、書くということは○○ですから」という発言の○○には何が入るんだろう。
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