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2010年7月16日 (金)

古典の底力・その20

昨日、大験セミナーの金田先生 から電話があり、慈覚大師円仁の話となった。私も以前から関心があり、少しだけ調べたこともあったのだが、うろ覚えの知識になっていてあまり役に立つようなことは伝えられなかった。その後いくつか確認できたこともあるので、久々の「古典の底力」のネタにしようかと思う。

まず、唐の五台山巡礼を記録した『入唐求法巡礼行記』(平凡社東洋文庫、全二巻)があるのだが、これは未読。いずれ読もうと思ったまま年月を過ごしてしまった。

慈覚大師は最後の遣唐船に乗り込み、短期の留学僧という資格で唐に渡ったため、目的としていた天台山への旅行許可が下りない。これは短期留学僧では日程的に無理と判断されたためのようで、円仁は唐の皇帝に何度も許可を求める。しかし、許可が下りないため円仁は遣唐使の一行から離れ、不法滞在を決意する。ここから紆余曲折があって天台山はあきらめるが、五台山巡礼を果たし9年6カ月の旅を終えて帰国する。

この『入唐求法巡礼行記』は日本人が書いた最初の本格的旅行記のようで、唐の武帝による「会昌の廃仏」の様子を伝える歴史的な資料としても価値があるものなのだそうだ。元駐日大使のエドウィン・ライシャワー氏が英訳して欧米に紹介したことで、広く知られるようになったとも聞く。

それとは別に『今昔物語集』本朝仏法部に慈覚大師の説話が載っている。巻第十一「慈覚大師亘宋伝顕密法帰来語」という話がそれである。史実としては「宋」ではなく「唐」なのだが、直前に載る師の伝教大師最澄の説話より長い話だ。

冒頭は下野国に生まれ、比叡山に上がり得度するまでの話。唐に渡り「顕密の法」を習い極めようと決意し唐に渡ったのが承和二年(835年)となっている。史実では一回目の渡航失敗がこの年なので、それを指しているのであろう。

天台山に登り、五台山に参り…」と続くがこのあたりは史実通りではない。

恵正天子(武帝)と云ふ天皇の代に、此の天皇仏法を亡す宣旨を下して、寺塔を破り壊て正教(仏教の経典)を焼き失ひ、法師を捕て令還俗(げんぞくせし)む。

武帝の「会昌の廃仏」のことに触れる部分である。その際に武帝の命を受けた役人たちが各地の寺を壊し僧侶たちを還俗させ、外国僧は国外追放になった。慈覚大師円仁も役人に発見されて捕まりそうになる。ある寺の堂に入り仏像の間に紛れ、不動明王に助けてくれるよう念じていると、追っ手の役人たちからは新しい不動尊が一体増えたとしか見えなかった。それを役人たちが下ろしてみると元の円仁の姿に戻った。不思議に思った役人たちが円仁に問う。

使、「何(いか)なる人ぞ」と問ふに、「日本の国より法を求めむが為に来れる僧也」と答ふ。使恐れて、令還俗(げんぞくせしむ)る事をば暫く止めて、天皇(武帝)に此の由を奏す。宣旨に云く、「他国の聖也。速に可追棄(おいすつべ)し」と。然れば、使大師を免(ゆるし)つ。

というわけで、慈覚大師は他国へ逃げ出そうとする間、城壁に囲まれたある豪邸に偶然たどり着く。中に招じ入れられ、しばらく滞在するように言われる。あまりに静かなところだが、もしや仏像や教典などがあるのではないかと広い屋敷の敷地を探索していると、後方の建物から人の苦しげな声が聞こえる。はて何だろう。

怪しと思て、臨(のぞい)て見れば、人を縛り上て鉤(つ)り懸て、下に壺を置て、其壺に血を垂れ入る。是を見るに惣(すべ)て不心得ねば、問へども、不答へ。

慈覚大師は別のところへ行き、そこでも青ざめた病人のような人々の姿を目にする。その中の一人を手招きすると、近くにやってきて糸のようにやせ衰えた腕に木片を持ち、地面に文字を書いてこう教えてくれた。

是は纐纈(こうけち)の城也。不知(しらず)して此に来ぬる人をば、先づ物を不云(いは)ぬ薬を令食(くはしめ)て、次に肥ゆる薬を令食む。其後に、高き所に釣り保て、所々を差し切て、血を出して壺に垂れ、其血を以て纐纈を染めて結つつ世を経る所を、…

これに続いて、出された物を食べたふりをし、物が言えなくなった演技をしてうめき声を上げなさいと教えられる。慈覚大師はとんでもないところに来てしまったと思うが、教えられたとおり食べ物を食べたように見せかけ、口がきけなくなった演技をする。その後、比叡山の本尊である薬師如来に助け給えと一心に祈る。すると、どこからともなく一匹の大きな犬が現れ大師の衣を引いて水路に導き、大師は無事脱出するという話である。

なんだか、『西遊記』にでも出てきそうな話だが、「会昌の廃仏」当時の大変さが反映した説話なのであろうと思う。

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コメント

昨日の村上春樹論しかり、今日の円仁にしかり、小林先生のフィールドの深さと広さに脱帽です。
最近本を読まなくなっている私は、小林先生の爪の垢でも煎じて飲まなければなりませんね。まったく自分が情けないです。
ところで、慈覚大師円仁をちょっとだけ調べ始めているのですが、奥が深いというのか天井が高いというのか、とてつもない超人ですね。心して取り組みたいと思います。


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。

慈覚大師に興味を持つ方が増えて、なんだかうれしい限りです。東北には何かと縁の多い慈覚大師ですから、調べていくと親しみが増すと思いますよ。

電話でもお話ししましたが、春先からの天候不順のせいか今年はあまり体調がよくありませんでした。水沢の図書館に本を借りに行ったのも久しぶりのことです。やっとまとまった量の本を読もうかという気持ちになってきたところです。

投稿: かねごん | 2010年7月16日 (金) 22時24分

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