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2010年5月 2日 (日)

眠りと夢番外編・日曜の午睡

今日は授業はないのだが、教室に来てゆっくりしていた。風が少し強いけれど天気がよくポカポカと暖かいので、椅子に座ったまま少しウトウトしているうちに本格的に眠くなってしまった。ソファーとかがないので、パイプ椅子を数脚並べてごろりと横になるとすぐ寝入ってしまった。

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。ふと時計を見ると二時間近く経っている。なんだか切ない夢を見て目が醒めてしまった。よく分からないが、初夏の公園のようなところを一人で歩いている。日差しが強くなってきて汗ばむくらいだ。公園は上り下りの多い、坂道だらけなのだが、日当たりのよい斜面に大勢の人が憩っている。その人々の脇をすり抜け、公園から外へ抜ける細い道へと歩き続ける。

いつの間にか両側に古い土蔵のような建物が建ち並び、日差しが遮られ陰になったところを通り抜ける。なぜかその先に「わが家」があると感じる。何段かの石段を下りようとしたとき、小さな男の子が視界を横切って駆けていく。「息子」だ。小学生の低学年か、あるいはまだ幼稚園のころだろうか、それくらいの年頃の姿をしている。「息子」は私に気付いて立ち止まり、笑顔を見せる。なぜだか分からないが、胸が締めつけられるような気持ちになった。

「息子」は何か言って走り出す。何と言ったのか聞き取れない。石段を下り、「息子」が走り去った先を見ると、大きな蔵の扉が外側へ開かれていて、中で子どもたちが遊んでいる。照明をたくさんつけているのかやたらに蔵の中が明るく見える。「息子」は友だちの一人を見つけて駆け寄っていく。私はその様子を石畳に立ちつくしてぼんやりと眺めている。そこで目が醒めた。

ぷっつりと途切れるような夢だった。目が醒めてなんだか切ない感じだけが残った。現実には息子は中学生で、今日はソフトテニスの大会があって出かけている。カミさんが父母会の役員の一人でもあるので、ほとんど任せきりでめったに試合を見に行ったことがない。後でビデオを見せてもらうのがせいぜいだ。そういう後ろめたさが夢で形を変えて現れたのか。

日頃、息子とは割合あっさりした付き合いしかしていない。息子の人生は息子のものだから、やりたいことが見つかったらそれに向けて自分で歩き出してくれたらいいなと思ってはいるが、だからといってあまりああだこうだと言うことはない。父親と息子の間柄というのはそんなものだろうというくらいにしか考えていなかった。

ところがこんなふうに不意打ちのように、幼い頃の姿の息子が夢の中に現れると、なぜか切ない気持ちになる。これは一体何なのだろう。普段そんなふうに強く思ったことはないのに、やはりわが子はかわいい、ということなのか。帰って試合の様子でも聞かせてもらおうかと思っている。息子の方では面倒くさがるかもしれないが。

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