« 他のだれかではなく | トップページ | 村上春樹をめぐる冒険・その2 »

2010年5月26日 (水)

村上春樹をめぐる冒険・その1

話題の『1Q84』はまだ手にしていない。しばらくしてほとぼりが冷めたら読もうかと考えている。それにしても村上春樹の人気はすごい。これだけ出版不況だと言われながら、新作長編が出ると確実にミリオンセラーとなる作家はそうそういない。しかも必ずしも分かりやすい小説世界だとは思えないのに、なぜ村上春樹だけが爆発的に、なおかつ世界的に読まれるのか。国内で売れる作家なら他にもいるだろう。しかし、世界的に読者が広がっている作家となると村上春樹以外に思い浮かばない。なぜなのか。

のっけから楽屋内をさらしておこう。この問いに対して明確な答えを出すだけの力量は、私にはない。数多く出回っている「村上春樹読本」とか「村上春樹を読む」といったような本を手にしたほうが、よほど参考になるだろう。つまりこれから述べることは私の「たわごと」のごときものなので、あまり真に受けず、与太話の一つぐらいに受け取っていただければ幸いである。

さて、どこから取りかかろうか。そうだ、この間新聞で見たある記事の話からしよう。村上春樹の作品をロシア語に翻訳している数名のロシア人にインタビューして書かれた記事だった。その中の一人の言葉が印象に残った。「村上春樹の『羊をめぐる冒険』を読んだときに、主人公の『僕』って僕に似てるじゃないかと思った」という言葉である。

どうしてもロシア語訳を出したくて紆余曲折を経た後、1998年にロシア語訳を出版する。ロシア語訳の出版のめどが立たなかった頃、ネットに翻訳を載せると反響がメールで寄せられたという。日本人が書いたのではなくロシア人であるあなたの創作ではないのかというメールも来るほど話題になったらしい。出版した1万5千部は半年で売り切れたそうだ。それだけ村上春樹の作品が違和感無く受け入れられたということを示している。

そのロシア人翻訳者が、なぜ村上春樹の作品にでてくる「僕」を自分と似ていると感じたのか。インタビューから引用する。「ソ連が崩壊し自分の頼るべきものが何もないと思われていたときに、村上春樹の『僕』の言葉や感じ方がそのまま自分のことを書いているように感じられた」この言葉に村上春樹が世界で読まれる秘密があるように思う。

キーワードは「喪失感」である。デビュー作『風の歌を聴け』以来、村上作品の中核にあるのはある種の喪失感ではないかと感じていた。この喪失感に共鳴するか、しないかで村上春樹という作家を評価するか、しないかが分かれるように思う。

あるノンフィクション作家は、出版不況に関連した話の中で村上春樹の『1Q84』を取り上げ、「自分は評価しないけれども」と明言していた。なぜ評価しないか、その理由までは語らなかったが、おそらく村上作品の中に底流として存在する「喪失感」に対して共鳴しなかったからだろうと推測する。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 他のだれかではなく | トップページ | 村上春樹をめぐる冒険・その2 »

読書」カテゴリの記事

コメント

小林先生の今日の評論には鳥肌がたちました。
村上春樹に心の奥深いところで共鳴するのは、まさに喪失感なんだろうと思います。
世界が今何かを失い、何かを求めているんでしょうね。


【学び舎主人】
金田先生、コメントありがとうございます。

村上春樹の作品を読むと、自分の中で失われてしまった何かのことを思わずにいられなくなったことが幾度かありました。それが自分だけでなく、ロシア人の読者でも同じなのだというところに面白いものを感じます。

投稿: かねごん | 2010年5月26日 (水) 22時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 村上春樹をめぐる冒険・その1:

» バケツ男逮捕、中身はロシア人イケメン [出来事デキゴト]
ロシアで、青いバケツをかぶって路上歩行していた男が逮捕されたようです。青いバケツはロシアでは、警察に対する抵抗を表わすとか。どんな法律で逮捕されたんでしょうね。まあ、車道に出て車の通行をさえぎったり、バスのダイヤを乱したりしてたようなので、いい迷惑なのは間違いないんだけれど。逮捕されたときにバケツを脱がされたわけですが、中から出てきたのが案外にもイケメンだったというのもなんか笑えます。穴もあ... [続きを読む]

受信: 2010年5月26日 (水) 13時59分

« 他のだれかではなく | トップページ | 村上春樹をめぐる冒険・その2 »