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2010年5月22日 (土)

井上ひさし『吉里吉里人』(新潮社)

うちの本棚には、先日亡くなった井上ひさしさんの『吉里吉里人』が二冊ある。一冊は私が購入し、もう一冊はカミさんが購入したものである。結婚して本を一緒にして並べたとき、ハードカバーの『吉里吉里人』をどちらも持っていたことに気がついたが、そのまま二冊並べて置いてある。

東北のある地域が主権を持ち日本国から独立するという発想も斬新だったが、全編東北弁で語られる科白回しはなんとも面白かった。文芸誌に連載されていたと思うが、単行本になったものはかなりの厚さがある。測ってみたら5センチほどだ。これと同じくらいの厚みがある本は、わが家の本棚では村上春樹の『アンダーグラウンド』と立花隆の『サル学の現在』くらいのものだ。これが二冊並んでいるので、その部分だけ圧倒的に存在感がある。

この『吉里吉里人』を読むと、三十年以上前に聞いた井上ひさしさんの講演を思い出す。大学に入って間もないころだった。井上さんの講演があるという立て看板をキャンパスで目にした。どんな話をするんだろうと期待して、200人ほど入る階段教室に行ってみた。会場となった教室は満席となり、立ち見も出るほどの盛況だった。井上さんは飄々とした感じで正面の演壇に進み、腰を下ろした。

うわあ、本物の井上ひさしだ。「ひょっこりひょうたん島」の脚本を書いたその人が目の前に、すぐ手の届きそうな距離の所にいる。それだけでも感激してしまったが、それから始まった講演にもっと感銘を受けた。ちょうど文芸誌に『吉里吉里人』を連載し始めたころだったのだと思う。井上さんは「日本からある地域を独立させてみようという試みを小説の中でやっております」と話し始めた。「荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、結構本気で独立国を日本の中に作るにはどういう条件が揃えばいいのか、あれこれ思案しているところです」

今から考えてみても、井上さんはかなり大まじめに研究していた印象である。どういう部分で法的な問題が起きるのか。日常はどう変わるのか。たまたま独立を宣言したときにその地域に来ていた「日本国人」はどういう扱いになるか。独立国の政府や代表はどうなるか。まだまだ具体的な形はこれからの連載の中でないと明らかにはできないが、と断りながら考えているところを詳細に語ってくれた。

ユーモア小説の体裁を取っているので、独立する方法を思考実験したものだとはだれも本気で受け取らなかった。しかし、案外井上さんは本気で考えていたのかもしれないなと思う。「ひょっこりひょうたん島」にしてもドン・ガバチョという大統領がいるのだから、一応「共和国」なのではないかという気がするが、井上さんはこういう小さな「共和国」を作って、その中で可能な「国のあり方」みたいなものを実験していたのではないかと思う。

方向性や方法論は違うけれど、村上龍氏の『希望の国のエクソダス』も北海道に独立国をつくる話である。井上さんの『吉里吉里人』と比較して読んでみるのも面白いかもしれない。

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