« 寒い… | トップページ | 知らぬが仏なのか… »

2010年4月17日 (土)

アート・ペッパー

ジャズのアルト・サックス奏者は無数にいるのだが、一番好きなのはアート・ペッパーだ。特に50年代のアート・ペッパーが軽やかに吹きまくるアルバムの数々は、いつ聴いてもいい。キラキラと音が空間に飛び散っていくような華やかさと、後から後からフレーズがわき出てくるような豊かさにあふれている。

しかし、アート・ペッパーが50年代の演奏だけを残してジャズ・シーンから姿を消していたら、おそらくトランペットのクリフォード・ブラウンのように、天才アルト・サックス奏者という名前とともにジャズ史の巨人の一人としてしか認識されなかったかもしれない。

アート・ペッパーの魅力は、全盛期のように吹けなくなり一時は麻薬中毒の療養のため中断した時期があったりしたのに、復帰して最後までプレイヤーであり続けたという点にある。『ストレート・ライフ』(スイングジャーナル社)という自伝を読むとその辺りの事情がよく分かるのだが、ボロボロの状態になりながらもジャズ・シーンに復帰してきたその生き方が、まさにタイトルの通りの「ストレート・ライフ」であった。

あまり物事に後悔しないことにしているのだが、アート・ペッパーに関連して唯一後悔していることがある。それは、亡くなる数年前に山形であったコンサートに行けなかったことである。仙台にいた頃だったのだから、仙山線に乗って行こうと思えば行くことができた。アート・ペッパーが亡くなったと耳にしたとき、もう永久にコンサートで直接聴く機会が失われたのだと痛切に後悔した。それまでレコードでしか聴いたことがなかったからだ。

ついでに言えば、アート・ペッパーが亡くなったことを聞いたのは仙台の国分町にある「Kelly」というジャズ屋のマスターからだった。仕事の帰りに店に寄ってすぐにその話題を聞き、それから後は閉店までぐでんぐでんになるほど呑み、結局マスターに明け方、車で送ってもらった。翌朝出社したときは全くアルコールが抜けておらず、「酒臭いよ」とひんしゅくを買った。昼過ぎまで頭が痛かった。馬鹿な飲み方をしていたものだと思うが、アート・ペッパーの死がそれだけ衝撃だったのだろう。

50年代のペッパー、70年代のペッパー、どちらも同じ一人のジャズ・プレイヤーの在り方なのだと思う。演奏そのものの好みは分かれるだろうが、どちらもいいなという気持ちがこのごろ強くなってきた。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 寒い… | トップページ | 知らぬが仏なのか… »

音楽」カテゴリの記事

コメント

小林先生今晩は。
アート・ペッパーが山形に来たんですか!知らなかった。
行きたかったな。きっと東京でもやったんだろうけれど、忙しくてぴあーなんかをチェックしなかったんだろうと思います。
話は変わりますが、寒いですね。先週の日曜日種まきをしたのですが、明日辺り回復してくれないとoutかも知れません。
神頼みです。


【学び舎主人】
金田先生、こんばんは。
そうなんですよ、実は。たしか山形の「Octet」のマスターの相沢さんが中心になって、山形にアート・ペッパー・カルテットを呼んだのではなかったかと思います。おそらく東京での公演もあったのでしょう。

それにしても本当に寒い。野菜が不足していて高騰しているみたいですが、こんなに四月で寒いと先行きが心配です。

投稿: かねごん | 2010年4月18日 (日) 00時08分

アート・ペッパー仙台公演に足を運んでいた者です。今年(2019年10月25日~30日)仙台メディアテークで「資料で探る仙台と日本のジャズ史」を行うべく準備中です。1970年~1989年にかけ行われたジャズライブ(仙台を含む)の思い出の品々も展示する予定です。お時間がありましたら会場でお待ちしております。岡本


【学び舎主人】
そうですか、仙台でもアート・ペッパーの公演があったんですね。仙台はいつでも行けると思っていながら、なかなか訪れる機会を持てないままです。学生時代から社会人の最初の数年を過ごした忘れられない街なのに、思うようにならないものです。機会があれば仙台メディアテークでの企画、ぜひ拝見したいと思います。お知らせいただき、ありがとうございます。

投稿: 岡本勝壽 | 2019年7月 9日 (火) 04時06分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アート・ペッパー:

« 寒い… | トップページ | 知らぬが仏なのか… »