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2010年2月14日 (日)

江戸的スローライフのすすめ・その18

骨董にからんだ噺が落語にはいくつかある。たとえば「はてなの茶碗」。清水寺の茶店で出された茶碗が腑に落ちないのか、骨董の名人として有名な茶金さんが何度も首をかしげて店を後にする。その様子を近くで見ていたのが、江戸で食い詰め京へ流れて油屋をしている八っつぁん。

あの茶金さんが一度首をかしげただけで数十両の値が付くと知っていたので、茶店の爺さんから茶碗をだまし取ろうとするのだが、茶店の爺さんも茶金さんの様子をしっかりと見ていた。結局商売ものの油もつけて大金をはたいて茶碗を譲り受ける。八っつぁんは、いそいそと茶金さんの骨董の店にその茶碗を持ち込む。ところが番頭が鑑定すると、「これは清水焼の数茶碗で、さらで六文、使い古したものなら一文の値打ちもありませんよ」と相手にしない。肚を立てた八っつぁんは茶金さんに鑑定させてくれと店先で騒ぎ出す。奥から出てきた茶金さんがその茶碗を見てみるが、やはり清水焼の数茶碗でしかない。

「お前さんが何度も首をかしげて見ていたもんだから、なけなしの銭をはたいて茶店の爺さんから買ったんだ」と詰め寄る八っつぁんに、「ああ、あの茶店の茶碗か、これは。なるほど。実はな…」と茶金さんが語る。実は、見たところどこにもヒビや割れが無いのにぽたぽたと茶が漏ってくるので「はてな、どこに穴があるのだろう」と不思議に思って首をかしげていたのだった。早とちりだと分かり、油屋の八っつぁんはがっかりする。しかし気の毒に思った茶金さんの好意で商売の元手を借りることができ、油屋は店を去る。

その後しばらくして、あるお公家さんの茶会の席で茶金さんがこの茶碗のことを話したのがきっかけで話題になり、時の帝が歌を詠んでくれるという騒ぎにまでなってしまう。その茶碗をぜひほしいと望む人間も増え、結局茶金さんは千両でその茶碗を売却する。一文の値打ちもなかった数茶碗が一千両まで値が上がり「はてなの茶碗」という評判を得るという噺である。

「猫の皿」という噺も面白い。江戸の古道具屋が掘り出し物がないかと田舎を回る。なかなかいいものが見つからず、江戸に帰ろうかとある茶店で一息入れる。やたら猫の多い茶店で、店先を猫がウロウロ歩き回っている。おれは猫が嫌いなんだよ、なんでこの店はまた店先で猫なんぞ飼っていやがるんだ。そう悪態をつきながら、一匹の猫がごはんを食べている皿を見て驚く。こいつは高麗の梅鉢じゃあないか。五枚揃えば何百両ってえ代物だ。そうか、知らねえんだな。

応対に出てきた茶店の爺さんに世間話をしながら、古道具屋は猫を一匹譲ってもらえないかと交渉する。タダでもらっちゃあ悪いから三両でどうかと言うと、爺さんは驚いて「そんな大金をいただくような猫じゃありませんよ」と遠慮する。いいってことよ。ところで猫ってやつは入れ物が変わるとエサを食わねえっていうから、この皿も一緒にもらってくぜ。古道具屋がこう言うと、すかさず「いや、その皿はいけません。ご存じないかもしれませんが、その皿は高麗の梅鉢といって五枚揃えば何百両という皿でございます。こちらの木の椀をおつけしますので」と爺さんが断る。

知ってやがるんだと古道具屋は舌打ちし、「なんだってそんな大事な皿で猫にエサなんぞやってやがるんだ」と爺さんにくってかかる。すると爺さんはへへへと笑いながら「その皿で猫にごはんを食べさせておりますと、時々猫が三両で売れるんでございます」と告げるというサゲ。

まだ、いくつかあるのだが長くなったので続きは次回に。

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