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2010年2月23日 (火)

古典の底力・その18

暮れに記事にしようと思ったまま忘れていた古典がある。井原西鶴の『世間胸算用』である。西鶴自身については細かい部分でいろいろと不明なところもあるようだが、この作品に描き出された歳末の風景は興味深い。

現代と違い、江戸時代の人々は日常生活の必需品を「掛け買い」で済ませていた。米は米屋から掛けで買い、魚は魚屋から掛けで買い、蒲団や着物も損料賃を払って損料屋から借りるというシステムができていた。ただ、長屋住まいの極貧の人たちは「掛け買い」ができず「現金買い」だったようだ。

さて日頃そのように「掛け買い」にしていて、ではいつ清算するのかといえば、これが「節季」ごとである。盆と暮れが「節季」となっていたようで、特に暮れは「節季じまい」といって一年の総決算日だったらしい。

暮れの大晦日は朝から「掛け取り」が忙しく駆け回る。歳が越せないぞとばかりに回収する「掛け取り」の方でも力が入る。逆に「掛け取り」に来られても全く支払えないような切羽つまった連中は、なんとかこの大晦日をうまくやりすごすことができないかとジタバタする。また「現金買い」しかできない長屋の極貧住人たちも、質草をなんとか見つけて質屋に持っていき正月支度をするのに必要な銭を借り出してどうにか年越しをする。

たとえば、「長刀はむかしの鞘」という話には長屋住まいの貧乏浪人の女房が出てくる。これまでは武具・馬具を長年質草にして食べ、馬の尾を使って作る鯛釣り玩具を内職で作ったりしていたのだが、その玩具もすたれてしまい、とうとう質草にするものが梨地の長刀の鞘しかなくなってしまう。

質屋の方では「こんなものが何の役に立つもんですか」とロクに見もせずポンと投げ返す。すると浪人の女房は、この長刀の鞘は御先祖が関ヶ原の合戦で手柄を挙げた長刀の鞘じゃ、それを役に立たないと言われては先祖の恥。それをそそぐために果たし合いの相手はお前じゃ、と質屋の亭主に飛びかかって泣き出す。質屋の主は困り果てていろいろ詫びるが、見物に集まった近所の者が「あの女の亭主の浪人はゆすり者だから、聞きつけてやってこないうちに示談にした方がいい」と入れ知恵する。結局、銭三百文と玄米三升でお引き取り願うことに相成った。

また、「門柱も皆かりの世」という話では、長年借金し慣れている男が登場する。大晦日の日中、主は庭に筵(むしろ)をしいて包丁を研いでいる。聞こえよがしに「わざわざ錆を落としても正月用のごまめ一匹切るわけでもないが、人の気持ちは分からぬもの。急に腹を切りたくなったときに役に立つやもしれぬ。もし中京(なかぎょう)のお金持ちがこちとらの掛け買い代金をすっかり払ってくれるなら、身代わりに腹をかき切って死んでもいい。稲荷大明神も照覧あれ」と言いながら、近くにやってきた鶏の首を研いでいた包丁でポンと打ち落とす。この様子を見た掛け取りたちは、びっくり仰天してあたふたと引き返す。

ところが中に十八、九ほどの年若い材木屋の丁稚は逃げ出さない。他の掛け取りがみないなくなってしまった後、主に向かって「さて狂言はお済みになったようですから、うちの売掛代金をいただいて帰りましょう」と言う。主は「狂言とは何だ」とがなり立てる。しかし若い丁稚も負けていない。「私の特技は他の者が取り立てできないところから掛けを回収することです。二十七軒も引き受けて二十六軒は取り済まし、ここだけ取らずに帰るわけにはいきません」と譲らず、「家の改築に使った材木代金を支払わないのであれば、持って帰ります」と言うと大槌で門口の柱をはずしにかかる。さすがの主もこれにはあわてて代金を払わざるを得なくなる。

丁稚は掛け代金を受け取りながら、「あなたのやり方は古すぎます。お内儀によくよく言い含めて大晦日の昼時分から派手な夫婦喧嘩を始め、出て行け、死んでやる、というやりとりをしていればたいがいの掛け取りは帰っていきます」と新しい手口を伝授していく。

このように井原西鶴は『世間胸算用』の中で、掛け買いの支払いに四苦八苦する人々の姿や大晦日の京・大坂のさまざまな光景を取り上げ、元禄のころの経済観念というものを鮮明に描き出して見せる。これを見ると、現代人も江戸時代の人たちも同じようにお金で苦労しているんだなあと妙に親近感がわいてくる。

落語に「掛取万歳」という噺がある。「門柱も…」の話と同じような掛け取り撃退の噺なのだが、長くなってしまうのでそれに関しては別の機会に。

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