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2010年1月16日 (土)

圓生的、志ん生的・その2

五代目志ん生と六代目圓生を対極として落語という話芸を考えてみようという試みの2回目である。二人の落語の異質性は同じネタで比較してみるとはっきりするかもしれない。たとえば「寝床」という噺。

あまり落語をご存じなくても、この噺は知っているという方が多いのではないだろうか。義太夫好きの大店(おおだな)の旦那が店子(たなこ)や奉公人に義太夫を語りたくてうずうずしている。ところが、あまりにまずい義太夫なので誰も聞きたがらない。旦那が義太夫をお語りになる、と番頭が触れ回ってもなんだかんだと理由をつけて店子も奉公人も集まらない。腹を立てた旦那は長屋から店子を追い出せと言い始める。あわてて番頭がまた一回りし、しぶしぶながら義太夫を聞きに人々が集まる。旦那は得意になって語るが、途中で静かだなと見てみると皆居眠りをしているというような展開の噺である。

誰が演じても大差ないような噺に思われるが、志ん生と圓生の噺では印象が違う。もちろん私がたまたま聞いたそれぞれの「寝床」がそうだっただけの可能性もある。だが、それでも二人の違いが端的に表れていると思うので、取り上げてみた。

噺の導入部、マクラと呼ばれる部分が違うのは当然のことであるが、圓生は子ども義太夫語りであっただけに義太夫をうなってみせる部分は本格的である。笑い方も「ちぎって笑う」と実演してみせる。一方の志ん生は娘義太夫というのが流行ったときがあり大変な人気で、ある娘義太夫の太夫などはきれいな人でしたと世間話のようなマクラである。

そこから本編に入り、噺の展開はほぼ同じだ。番頭が店子に触れて回るが誰も来ないし、店の奉公人も何かと理由をつけて聞きに来ないというあたりに変わりはない。ところが旦那が肚を立ててあわてて番頭がまた一回りするあたりから少し違いが出てくる。志ん生の噺では元いた番頭が旦那と差し向かいで義太夫を聞かされ、たまらず旦那の前から席を立って逃げると旦那が後から追いかけて義太夫を語る。番頭さんは蔵の中に入って中から鍵をかけるけれども、旦那は小さな明かり取りから義太夫を語って聞かせる。その後だよ、番頭さんがいなくなったのは。聞けばあの人は今ドイツにいるんだってねえ。

なぜドイツなのか分からない。しかしこの飛躍ぶりは笑える。旦那の義太夫を聞きたくないばかりに店を飛び出した番頭が流れ流れてドイツに暮らす。まったくもって不思議な展開である。都々逸か何かに引っ掛けて言おうとしたのかよく分からないが、むやみにおかしい。この無茶苦茶ぶりは五代目志ん生の真骨頂である。しかも、ここでサゲになる。え、「寝床」という題のもとになる丁稚の定吉の科白「あすこはあたしの寝床なんでございます」まで噺が行く前に終わり!?噺を端折ってしまうことは落語ではよくあるそうだから驚くことではないのだろうが、それにしても肝心の旦那の義太夫語りの場面とサゲの定吉の科白なしというのはすごい。

六代目圓生の「寝床」は人物の描き分けが細かい。しっかりと各人物のイメージが定着され、その人物がぴたりとはまった役柄を演じていく。本当は来たくないのだがやむを得ず顔を出した鳶の頭は、徹頭徹尾がさつな人間として描かれる。奉公人の一人はこれまた旦那の芸につき合わされてほとほとうんざりしてる人物として造型される。どの登場人物も輪郭がくっきりし、旦那の姿にしても救い難いほどの自己中心性が鮮明に浮き彫りとなるよう描かれる。人物設定にあいまいさがないので、誰の科白なのか明瞭である。

この両者の間に八代目文楽の「寝床」を置いてみると、ますます違いと特徴が明らかになる。おそらく文楽師匠の「寝床」が現在演じられている「寝床」の手本になったものだろうと思われるので、スタンダード版の「寝床」と言ってもよいだろう。八代目文楽演じる「寝床」を原点に置くと六代目圓生と五代目志ん生のそれぞれの「寝床」が逆方向の極限へと向かっているのが分かる。

八代目文楽師匠の「寝床」は、きっちりと磨き込まれた噺で無駄な要素がない。導入部にあたるマクラも短くすぐ本編に入る。噺の展開はよどみなく破綻もなく滑らかだ。旦那の義太夫にいかに誰もが迷惑しているか事情がよく伝わってくる。しかし六代目圓生師匠ほどの「劇的な」演出ではない。場面や人物は鮮明に浮かぶが、文楽師匠の人物たちは輪郭が甘く設定されているような感じを受ける。焦点をきっちりと合わせず、オートフォーカスでスナップショットを軽く撮ったような印象である。

この定番とも言える八代目文楽の「寝床」にくらべると六代目圓生のそれは高性能一眼レフで被写界深度を深くして撮った一枚のように各人物が際立っている。五代目志ん生に到ってはピンぼけどころか、そもそもカメラの向いているところが別である。

またまた長くなってきたので、次回へ続く。

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