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2010年1月17日 (日)

大験セミナー、金田先生の来訪

先日、大験セミナーの金田先生が奥州市水沢区の駒形神社に参詣された帰りに、当方の教室に立ち寄って下さった。昨年の暮れに『陸奥話記』の現代語訳を届けに一関までうかがった時は、お互いにあまり時間がない日だったが、今回は少しまとまった時間話ができてよかった。

金田先生は一関の私立高校でも教えていらっしゃるが、その高校で一緒の村上先生がお書きになった『菅江真澄日記/口語訳稿』という大部の著作まで届けていただき、恐縮してしまった。後で読んでみると金田先生と縁の深い金田神社の話も載っており、この神社が源頼義・義家父子の勧請によるものと伝わっていることに驚いた。これまた『陸奥話記』つながりで不思議なものだと思う。

思えば金田先生とは最初に出会ったときから妙にウマが合った。太日通りにあったアパートの一室を借りて開いていた太日教室であれこれ話したのが最初ではなかったかと思う。研修旅行の余興で二人とも白塗りの平安貴族となって歌会などを披露したことがつい昨日ことのように思い出される。

このブログにしても金田先生から勧められなかったら今日のような記事を書いていたかどうか分からない。しかも去年の今頃は月に4本くらいしか投稿しておらず、今のように毎日更新するようになったのも「もっと記事を書いた方がいいですよ」という金田先生のひと言がきっかけだった。ブログを毎日書くようになってから少しずつ自分の中で変化が生まれてきた。新しく知り合いになった方々もできた。何よりブログを書くことで精神的なバランスを保ちながら日々を送れるという思いもつかなかった効果が出てきた。

『陸奥話記』の現代語訳にしても、さまざまなことを考え合わせると、金田先生との出会いが大きく影響している。パソコンでPDF原版を作り自分で印刷できるところまで来ることができた出発点は、以前に書いたことのある頂き物のPCだった。金田先生が「使わないのでよかったらどうぞ」と譲ってもらったPCがパソコン生活の出発点である。今の御時世だからおそらくどの時点かでパソコンを使うようにはなっていただろうが、PCの原理を理解する必要のあるMS-DOSのパソコンが最初だったのは幸運だったと思っている。

そして、黄海や川崎柵は金田先生の地元と言ってもよい所であり、大験セミナーの教室は磐井川のすぐ川べりにある。磐井郡中の関連史跡を案内していただいたことも現代語訳の完成に大きな力となった。

自分が出会うさまざまな出来事やさまざまな人物には何らかの意味があるのだと思う。この世の中で出会うすべてのことで意味のないものはないのだ。いつか、どこかでリンクが一つにまとまり結実する。人が一人では生きられないことの大事な理由がそこにあるように思う。

お互い切磋琢磨できるよう、この先も末永くおつき合い願いたいものだと心から思っている。

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コメント

そうそう平安貴族の歌会のパロディーをやったことがありましたね。へんにノリノリでおかしかったですね。
なんか本当に不思議なと言うか必然的な巡り合わせ、運命を感じます。
うちの女房などは、僕が小林先生やとよ爺先生をはじめ、ブログが縁で知り合った先生方と日々メールをやり取りしている光景をみて、恋人同士みたいねとあきれ返っています。
きっとソウルメイトなのでしょうね。


【学び舎主人】
コメントありがとうございます。
ソウルメイトという表現はぴったりだと思います。キャロル=キングのYou've got a friend.っていう感じでしょうか。
今年もよろしくお願いします。

投稿: かねごん | 2010年1月17日 (日) 00時24分

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