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2010年1月28日 (木)

石川淳雑感・その1

いつかきっちりと書いてみたいと思いながら、石川淳という作家についていつまで経っても書けないままでいる。

坂口安吾や太宰治、檀一雄らとともに「無頼派」(「新戯作派」とも呼ばれる)の一人であり、九十歳近くまで作家活動を続けていた人である。しかも晩年になってからの作品は、とても老齢の作家が書いたとは思えないような驚くべき世界で、不思議なエネルギーに満ちた虚構世界が創り出されている。

日本の作家は一般に老年になると侘び寂びの境地になるのか、妙に老人趣味の話が多くなり、どこそこの蕎麦がうまいとか何とかの庭園は眺めがよろしいみたいな感じになってしまうのだが、石川淳はまったく違っていた。この人は徹底して「文学する人」であった。幾つになっても文学の可能性の探究をやめない、というよりそれなくして何の作家稼業かという趣があった。年齢不詳の摩訶不思議な仙人のような存在だったと言ってもいい。

石川淳の文章を最初に読んだのは、大学受験を目指していた浪人時代である。現代文の文芸評論の問題でお目にかかったのだが、強烈な知的興奮を味わった。たしか南北朝のころの「悪党」の存在に触れ、さらに戦国時代の足軽の持つ歴史的な意義を鮮やかに説き明かした文章だった。まったく知らない作者だったので、一体この人は何者だろうとすぐに書店に向かった。中公文庫の『文學大概』というタイトルを目にしてすぐに購入した。この本、現在は絶版になっているので図書館か古書店で探すしかないと思うが、巻末の解説で丸谷才一が述べるように最高の文学入門書である。

頁をめくって驚いた。作家がこんなに博学でいいのか。和漢洋・儒仏老荘・琴棋詩酒なんでもござれである。なぜこれほど深くいろいろなことを知っているのか。そしてまたその文章の切れ味のよさ、威勢のいい江戸っ子の啖呵を聞いているようなサバサバした語り口にすっかり魅せられてしまった。大学時代に第二外国語にフランス語を選んだのも、日本漢文を勉強しようと思ったのも、そして江戸文学に興味を持ったのも、考えてみると浪人時代に石川淳の文章に出会ってしまったからだった。つまり石川淳のようになりたいという無謀な望みを抱いてしまったのである。

当然のことながら、そのレベルには簡単に到達できないということが早々に分かり、この野望は挫折することになる。しかし、文学に関する大事な部分はすべてこの人の文章から学んだと思っている。二十代後半までとにかく耽読していた。小説も評論も座談も書評も、どれをとっても石川淳の書く文章に「はずれ」のものはなかった。精神の運動の軌跡としての文章。平面上ではなく空間の中を進んでいくベクトル。石川淳の文章は硬質で冷たく光るクリスタルのようでありながら、どこまでも自在に飛翔していくような感触を備えている。

どの文章で読んだのか忘れたが、純度100%のアルコールに限りなく近づける操作に似たものがあると書いていた。夾雑物がほとんどなく純粋な精神の運動を記述した文章。これが石川淳の文章だったと言ってもいい。それゆえにその小説について何か書こうと思うと、自分の能力を遥かに越えていることを思い知らされ、いつも呆然としてしまう。いつまで経っても書けないゆえんである。だからこうしてまずは書けるところから書いていくしか当面は思いつかない。

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