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2009年12月18日 (金)

やっと完成

『陸奥話記』の現代語訳がやっと完成した。足かけ4年。途中1年半ほどはまったく手を掛けずほったらかし状態だった。十月初旬頃の完成を目指していたのが、結局十二月上旬に脱稿。校正作業を重ねてプリンタで印刷し、最終製本は専門の製本屋さんにお願いして出来上がった。

しかし、予算の都合で本当にわずかな部数しか作ることができなかった。知り合いやお世話になった方々に配布しておそらく手許に残らなくなると思う。製本に使用したPDFの原版があるので、もし読んでみたいという方がいらっしゃったら、メール添付またはダウンロードできるような形での公開を考えている。

若い頃、『陸奥話記』の現代語訳を見つけることができず、自分で訳そうかと思ったのが始まりだった。だが、二十代のうちは他のことに気を取られてなかなか現代語に訳す作業に集中できず、そのうちすっかり忘れ去ってしまった。四十代も半ばを過ぎて自分が何も為すことなく年月を経てきたことに、ある日愕然としてしまった。ちょうどその頃、大験セミナーの金田先生 が一関で開かれたライブコンサートも大きな刺激になった。自分も何かできるはずだ。さて何だろうと思ったときに、『陸奥話記』の現代語訳に使っていたノートを偶然見つけ出した。(金田先生、ブログで写真入りでの紹介ありがとうございます)

そこから一字ずつ漢和辞典に当たりながら訓読と意味を確定し、少しずつ少しずつ作業を進めてきた。大きな転機はちびやまめさん の「ブログかメールマガジン」にしてみたらというひと言だった。私的なメールマガジンとしてたった一人の読者に向けて不定期に送り続けて、現代語訳と基本的な注釈作りの作業が完了できた。ちびやまめさんという読者がいなかったらたどり着けなかった地点である。あらためてありがとうございますと感謝したい。(ちびやまめさん、ブログで写真入りで紹介いただき、ありがとうございます)

そのころはまだ冊子にするつもりはなかった。しかし、その後もさらに細部を調べる作業を続けていくとまとまった分量になってきた。これくらいなら、少しは本みたいな体裁にはなるだろう。そんなふうに思い始めたときに本という形にするという目標が新たに生まれた。

ただし、そこからが長かった。途中で勤めていた学習塾が消滅し、「学び舎」という自分の塾を開くことになり、最初に書いたように一年半ほどの中断をはさんでたどり着いた。やっと終わったという気持ちが半分。まだまだ調べることが相当残っているし、後三年の役関連を調べる作業もあるし、いろいろとやり残している作業があるなあという気持ちが半分だ。一区切りであり、一段落ではある。背負っていた荷物をやっとおろした感じはするが、まだ途上だなという気分も強い。出来上がりに不満がないわけではないが、まずはこれを里程標に次の作業に向かいたいと思っている。

いろいろな面で支えていただいたみなさんにあらためて感謝申し上げます。本当にありがとうございます。

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陸奥話記関係」カテゴリの記事

コメント

完成おめでとうございます。

手にした瞬間、ミスター塾長の思いが伝わってくるような気がしました。

お正月にじっくりと読ませて頂こうと思っています。
星吉昭さんの曲をBGMにして・・・。
安陪氏や奥州藤原氏の時代を思い浮かべる時は、なぜか星さんの曲が浮かんできます。

今年も残すところわずかとなりました。
健康に留意されてご活躍ください。


【学び舎主人】
星吉昭さんは、中尊寺か毛越寺でよくコンサートを開いていらしたのではなかったでしょうか。岩手に腰を落ち着けてからの活動も長かったですね。
たしかに安倍氏や藤原氏の時代とリンクするような音楽活動でした。

ちびやまめさんも血圧に気をつけて年末年始お過ごし下さい。
また、年が明けてからでも寄らせてもらいますので、よろしく。

投稿: ちびやまめ | 2009年12月19日 (土) 10時40分

小林先生の陸奥話記の現代語訳完成飲み会をやりたかったのですが、腰痛と多忙さゆえやれずじまいで年を越してしまいますが、新年会は是非やりましょう。


【学び舎主人】
そうですね。新年会やりたいですね。
まずは腰をしっかりと療治なさって下さい。腰の痛みは耐えがたいものがありますので。無理をせず、体を大事にされて下さい。

投稿: かねごん | 2009年12月19日 (土) 22時48分

学び舎先生、こんばんは。
ブログの記事で分かるのですが、さぞ素晴らしい内容のものなの
でしょうねえ。
あのかねごん先生の褒め様を読むと素晴らしい出来映えだと思
います。

これから忙しくなります。
お身体をくれぐれもご自愛下さい。


【学び舎主人】
とよ爺先生、コメントありがとうございます。
実はとよ爺先生の許にも一部送らせていただきました。
サプライズにしようと思ったのですが、この際ですからあらためてお伝えしておこうと思います。

いろいろな意味でお世話になったとよ爺先生へ、お礼の意味を込めて送らせていただきます。お楽しみにお待ち下さい。

先生も冬期講習や受験期を控え、お忙しいことと思われますのでご自愛ください。

投稿: とよ爺 | 2009年12月21日 (月) 00時07分

コメント欄にすみません。
先生の力作は本日届きました。
今は忙しいので、ゆっくりと読めませんが、落ち着いたら、読ませ
ていただきます。
本当に有り難うございました。


【学び舎主人】
とよ爺先生、ご連絡ありがとうございます。
歴史が専門ではなかったので、我流の「前九年の役」研究ですが、専門の研究者が触れていない独自の観点をいくつか盛り込むことが出来たと自負しております。
と言いつつも、現状ではこのレベルが手一杯です(笑)。

相模国は源頼義の任国の一つでもありましたし、鎮守府軍監として頼義と共に国府軍の中核にいた佐伯経範も相模国の人です。国府のあった場所の候補はいくつかあるようですが、先生のいらっしゃる平塚市に関連した遺跡があるのではありませんか?源頼義が相模守だったのは前九年の役が始まる約二十年前のようです。

投稿: とよ爺 | 2009年12月22日 (火) 01時14分

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