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2009年11月 5日 (木)

那須与一宗高

中2の生徒といっしょに「扇の的」を読んでみた。『平家物語』の中でも有名な一節のひとつだろうと思うが、よく知っていると思っていた文章をいっしょに読んでいくと、意外に情景をつかんでいなかったことに気がついた。つまり、「知っているつもり」で教えていたということになる。

まず「みな紅の扇の日出したる」を、一面が赤い扇で白く日の丸の形を抜き出した扇だと思い込んでいたが、岩波の「新日本古典文学大系」の『平家物語・下』の注を見ると、「扇の地紙全体を赤い漆で塗り潰した上に、日の丸のかたちを金箔で押して浮き出させたもの」とある。あ、白じゃなくて金の日の丸だったんだ。

それから那須与一が弓につがえた鏑(かぶら)矢は「十二束三ぶせ」とあって、これは長い矢のはずだなあと思っていたが、同じ古典大系の注に「にぎりこぶし十二と指三本分の長さ。普通の矢は十二束(約九二センチ)とされているので、それよりやや長いが、大兵のつわものは十五束もの矢を射るから、長大とは言いがたい」とある。そうなんだ。遠い沖の上に浮かんでいる舟の上の扇をねらうのだから、一番長い矢をつがえたのだろうと思っていたが、それほど長いわけではなかったのだ。

みごと扇を射きったあと、平家の舟の中から五十ばかりの男が「白柄の長刀」を持ち、扇を立てていたところに立って舞を舞う。これも「白柄の長刀」だったんだ。漆などを塗っていない白木のままの柄だというイメージがなかった。しかも、扇を立ててあったところで舞ったという印象が全く残っていなかったのだが、そういうことであったか。

古典文学大系の注を見ると、沖の舟までの距離は二〇メートル弱のようだ。意外に近い。百メートルほど先に扇があるのだと思っていたが、これもまた思い違いだった。二〇メートル弱ならすぐそこという感じではないか。野球で言えば、マウンドのプレートからホームベースまでが十八メートルちょっとだ。サッカーだと、ペナルティエリアのところにあるペナルティ・アークという弧の所からゴールラインまでが二十メートルほど。いくら、的になる扇が小さくて舟の上で揺れているとはいっても、はずす距離なのだろうか。それとも平家物語に載る「七段」という距離が、誤って伝わったものなのか。

那須与一宗高という名は、この扇の的のエピソードで弓の名人として歴史に刻み込まれることになる。落語の「やかん」の中で、川中島の合戦なのに「さてそこに登場したのが、弓の名人那須与一宗高」とご隠居が言うと、聞いていた熊さんがすかさず「那須与一ですかい?時代が違いやしませんか?」とつっこむ。あわてずご隠居が一言。「那須与一くらいの名人になるとどこにでも顔を出す」

「やかん」のご隠居みたいな説明にならないように、気をつけなきゃいけないなと思うこの頃である。

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