たまには遠回り
昨日は記事に書いたように、白ゆりプレテストがあったので昼過ぎまで試験監督をし、解答用紙他を宅配便に頼んで午後の早い時間に仕事が終わった。宅配業者の集配所に直接持っていたため、いつもと違う帰宅ルートとなった。
金ヶ崎町を通る県道へと車を入れ、胆沢城跡のすぐ脇を過ぎ鎮守府八幡神社の大きな立て看板と鳥居を横目に北へ向かった。胆沢川にかかる橋を渡る直前、左斜め前方に視線を向けると国道4号線の向こう側に鳥海柵跡の林が目に入る。鎮守府のあった胆沢城から数分の胆沢川のほとりまで来ると、対岸にそびえ立つ鳥海柵がかつては見えたはずだと思う。
『陸奥話記』の中で、源頼義が清原武則の援軍を受けて鳥海柵に入ることができたとき、「長年、鳥海柵の名は聞いていましたが、その実際を見ることはできませんでした」と武則に向かって告げる場面がある。当時すでに胆沢城の建物は無くなっていたという説を聞いたことがあるのだが、鎮守府の府務を行うためにやって来た陸奥守源頼義がどこにやってきたのだろうと疑問に思ったのは、胆沢城と鳥海柵との近さからだった。建物が無くなっていたとはいえ、鎮守府のあった胆沢城の所在地へ足を運んでいたのであれば、胆沢川の川岸に来るだけで鳥海柵は目に入ったはずなのだが。頼義はここまで来ていなかったのではないのか。それとも武則に感謝の意を込めて、誇張して言っただけなのだろうか。
金ヶ崎本町に入るとすぐの信号を右折して北上川に向かう。金ヶ崎本町から奥州市江刺区へ向かう橋を渡る。前からも後ろからもやってくる車がないので、スピードを落としてゆっくりと景色を眺めながら橋の上を走らせる。北上川がヘアピンのように大きく湾曲した所にかかっている橋なので、いい眺めだ。渡りきったところから数分で、いつもの帰宅路と交差する地点にさしかかる。一旦いつもの帰宅路に入り、新幹線の高架と平行する道をふだんのように走る。日曜日の午後だから、私が帰る平日の深夜とはくらべものにならないくらい交通量がある。
北上市の展勝地が近くなると、紅葉した低い山が連なって目に入ってくる。前から一度走ってみたかった山へ向かう道へ右折する。男山の南隣にある低山だが、上り道だけをいつも見ているだけで実際に入ってみたことがなかった。ところが右折して右カーブの上り道を登り切ると人家が並ぶ集落があり、道はすぐ平坦になり、下りとなり別の道へつながるT字路に出てしまうだけだった。これでは肝心の山の上の方へはいけないではないかと思い、T字路を左折し山の上の方を目指す。道はアップダウンを繰り返すが、知っている道であった。
まっすぐ進むと一遍上人の訪れた「聖塚」、左折すると国見山という十字路に出る。左折して国見山方向へと車を走らせる。そのまま国見山方面に進んだのでは知っている道なので、国見山の東側に連なる山の方へ向かう道を走ってみた。正面の山はみごとに紅葉している。車がほとんど走っていないので、ゆっくりと景色を眺めながら走る。道路案内の表示も少ないのだが、大体こちらの方向だろうという道へ車を入れていく。結局、国見山の一帯をぐるりと迂回する形で、東陵中学校下を通って北上市内へと向かう国道107号線に出た。
見知らぬ道をゆっくりと走りながら、紅葉した低い山並みを眺めるのはいいものだ。午後に入って空が晴れてきたことも幸いした。西へ傾いていく秋の日差しに黄や赤や茶に色を変えた木々の葉が照らし出され、ああ秋が深くなったなあとしみじみ季節の移り変わりを実感した。ほんのちょっと脇道に入って遠回りしただけなのに、見知らぬ土地を走るような小旅行気分を味わうことができた。
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