吉野弘「冬の陽ざしの」
吉野弘さんの詩に「冬の陽ざしの」という題のものがある。
最初の連は冬の陽ざしがさす海の波打ち際で、瀬戸やガラスがしずかにもまれている様子が描かれる。水際のほっそり丸い青い石は実はガラスだったと次の連が続く。「洗われて高雅にやせたかけら」とそのガラスは表現される。そのかけらを見て
かけらにも
することがあったなんて。
と驚きをこめた発見が語られる。次の第四連では「とんがった 若い気鋭のかけらたち」が波にもまれる様子に、芸術を志す若者たちの姿をだぶらせる。そして
かけらでおしまいになれないなんて。
それでおやすみできないなんて。
と続く。この「かけらにも することがあったなんて。」「かけらでおしまいになれないなんて。 それでおやすみできないなんて。」という二つの連を目にすると、夢や希望が砕かれてもそれでお終いになるのではないという暖かな励ましを感じる。
かけらになっても波に洗われたり、風に吹かれたりして磨かれることは続いていく。これで終わりということがないのだ。自分を磨くことには終わりがない、ということなのだろう。どんな状況にいても、どんな逆風の中にいてもそこでどのようにして自分を磨いてきたかでその次の状況は違ってくる。
最終連の穏やかなあたたかさがいつ読み返しても心に残る。
こわされても
こわされても そのたびに
かけらには
新しい未来がふりあてられ
おだやかな冬の陽ざしが また
こぼれ落ちてくるなんて。
(思潮社、現代詩文庫『吉野弘詩集』所載)
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