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2009年10月30日 (金)

きのこ採りの記憶

秋が深くなると、父親が山に行ってきのこを採ってくるのが常だった。登山用の大きなリュックを背負い、その中に全部きのこが詰まっている状態で帰ってくるのだが、子どもの頃はよその家の父親もそうしているのだろうと思い込んでいた。

家に戻ってくると、広げた新聞紙の上にリュックサックの中味をあける。さまざまな種類のきのこ、きのこ、きのこであった。天然のナメコをご覧になったことがあるだろうか。ふつう、ナメコといえばみそ汁などに入るカサの小さなものしか思い浮かばないかと思われるが、父親が山から採ってくる天然のナメコはカサの直径が3、4センチ以上ある大きなものが多かった。大きくてもナメコはナメコである。みそ汁の具に入るとやはりナメコ汁であった。

その父親に連れられてきのこ採りに行ったことが何回かある。近くの雑木林に行ったのは、たぶん小学生のころだった。下草をかき分けるようにして歩き回り、大量にきのこの生えている場所で山のようにきのこを採った記憶がある。

本当の山に分け入ってきのこを採るのにつき合ったのは、たぶん一度か二度しかない。急な斜面を登ったり下ったりして、父親が知っている「ポイント」へと向かった。何の木か覚えていないが、大きな倒木がある平らなところで、「ほら、そこだ」と指さされた。見ると、その倒木のところに栗色のきのこが密生していた。種類は覚えていない。採っても採っても全く減らない。どんどん背中のリュックが重くなっていくのが分かった。

どれくらい、その場所にいたのだろう。小一時間くらいは居たのかもしれない。まだいくらか残っていたが、次の場所へと移動した。移動した場所にも一面にきのこがあった。今から思えば、父しか知らない場所だったのかもしれない。ほかのきのこ採りの人とは全く出会わなかった。私はどんどん重くなるリュックが肩に食い込んで、いい加減うんざりし始めた。まだ帰らないのだろうかと思い始めた頃、やっと「そろそろ終わりにするか」と父親が言い、山を下りた。

きのこ採りは少量なら楽しいだろうと思う。大量にきのこを背負って山の中を歩き回るのは、大変だった。そしてまた、帰ってきてから一、二週間はきのこ料理のみとなるのもつらかった。「え、またきのこ?」と言いたくなるのが毎回だった。ある意味ぜいたくな話である。天然のマイタケや天然のシイタケやナメコが飽きるくらいふんだんに食べられたのだから。しかし、物事にはやはり限度というものがある。

足が悪くなってから父親は山へ行けなくなり、以来山菜もきのこも採りに行くことはなくなってしまった。だから、今では天然物のマイタケを食べる機会もなくなってしまい、スーパーで買ってきたパック入りの栽培もののマイタケしか食べたことがない。しかし、栽培ものには「香り」がない。天然のマイタケの持つ強い「香り」が抜け落ちている。歯触りは同じだが、まったく別物を食べているような気持ちになる。

子どもの頃の大変な印象ばかりが強かったので、結局私はきのこ採りも山菜採りもすることがない。父親は場所を知らないからと松茸は採ってこなかったが、天然のマイタケやシイタケやナメコは、一緒に採りに行って場所を教わっておけばよかったと思う。父親に聞けば今でも場所は覚えているはずである。しかしおそらく教えてもらっても、現地に足を運んでここだと教えてもらうわけではないので、私一人で歩き回ることなど到底出来ないとも思う。天然物のきのこを食べる機会が減ってしまったのは、ほんの少しだけ寂しい気持ちがする。

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