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2009年10月29日 (木)

読書週間に入ったのですか・その2

読みたい本をさがす手段は、いろいろあると思う。その一つがブックガイドや書評集だ。以前の記事でも、米原万里さんの書評集を紹介した。斎藤美奈子さんの書評も毎度お世話になっている。テーマがはっきりしていれば、それに沿ったブックガイドを読むのが読みたい本を見つける一番速い方法だろう。

最近読んだ中で、久々に背筋を伸ばさなければと思ったのが、岩崎稔・本橋哲也 編『21世紀を生き抜くためのブックガイド … 新自由主義とナショナリズムに抗して』(2009年、河出書房新社)という1冊。

「はじめに … この本の使い方について」という序文で両氏が述べている。

 本書とともにみなさんには、いったん一九九八年の時点に戻っていただきます。映画だったら巻き戻しをして、そこからこの十余年の間に何が起こり、何が問題となってきたのかを再検証する…そんなことのためのブックガイドがこれです。…(中略)…しかし、いまから振り返って気がつくのは、まるで崩れていくようなこうした過程であっても、手をこまねいて見ているだけではなかったということです。何が起こっているのか、どうあらねばならないのか、そのことの意味をちゃんと考えようとする社会科学的・人文学的な書籍、雑誌、映像などがそのつど生み出され、適切な分析と指針が模索されていました。そうした過程を、本書はきっちりと整理しています。つまり、私たちが生き抜くために何をどう読まなくてはならないのか、そのための有益な手がかりが、ここには詰まっています。

収録されているのは『週刊読書人』誌上で、1998年から2008年までの間に行われた「年末回顧」座談会である。編者である両氏にもう一名論客を呼び、三人でその年ごとの問題をえぐり出すという形式で議論が進められる。両氏が自ら言うように、ある意味「アナクロな」硬派のスタイルだと思う。

目次に並ぶ各年ごとのタイトルを一覧していくだけでも、この11年の間に日本の社会がいかに変容していったのかが見えてくる。2001年の「絶望の中でいかに希望を語るか」というタイトルは、9.11後の世界に生きなければならなくなったわれわれの姿を思い出させてくれる。2006年の「「ネオリベ」との対峙の中で」、2007年の「貧困、脱国民化、歴史への問い」というタイトルからは明確化していく貧困化の問題が浮き上がってくる。

こうした問題をどう考えていけばいいのか。正面からそれを取り上げた書籍が鼎談の中で一つ一つ取り上げられていく。ほとんど読んでいないものばかりだ。社会問題に深く切り込んだものや、その背後にある思想に踏み込んだ考察など「硬派」の本が多い。

ときどきこういう「硬派」の本を手にとって、自分がいまいる地点がどこなのか振り返ることは大事なことだと思う。社会から隔絶した個人というものはありえない。社会的な問題に関心があってもなくても、否応なくわれわれは社会の変化や変容に巻き込まれていく。つまり、社会的な問題に「無関係」であることは不可能なのだ。いつの間にそんなことになっていたのか、と驚いたときにはすでにものごとが進んでいて、既成事実化しているものが大手を振ってまかり通っていることだってある。

毎日の暮らしは社会の流れと直結している。その社会の流れを作ってきたものが何なのか、この十年余の日本の社会を動かしてきたものは何だったのか、いくつも注目すべき問題があるのだと目を開かせられた。

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