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2009年8月26日 (水)

江戸的スローライフのすすめ・その15

前回は「鼠穴」だけで長くなってしまい、「夢金」や「夢の酒」や「御慶(ぎょけい)」といった、夢が重要な役割を果たす他の噺に触れることができなかった。今回はできるだけ簡略に紹介しながらまとめてみたい。

まず「夢金」である。聴いたのは古今亭志ん朝が演じたものだった。雪の降る夜遅く、若い娘を連れた浪人風の男が船宿に来て、一艘出してもらいたいと告げる。船宿の主は船頭がいないのでと断るが、そのとき二階で眠っていた強欲な船頭の寝言が聞こえてくる。あの者でもよいという男に強欲な奴だからと主は再び断るが、結局二階で寝ていた船頭が起こされて船を出すことになる。

浪人風の男とその妹だという若い娘が不釣り合いなので、船頭は途中で男を強請(ゆす)っていくらかせしめようと決める。娘が船の中で眠っているときに船頭が男に話をしてみると、案の定、兄妹というのは嘘であった。恋人に会いたい一心で家を飛び出してきた商家の娘が、癪(しゃく)を起こしているところに通りかかり懐に金があると分かったので、どこかで殺してそれを巻き上げようという魂胆だという。その上、船頭にも殺しを手伝えと迫る。船頭は逆に脅されながら一計を案じ、船を中州に着ける。ここで殺してしまえば分かりませんぜと男に勧め、先に中州に降りさせ船を出してしまう。泳げない男は中州に置き去りにされる。

船頭は娘の実家である商家へ連れていき、御礼に「切り餅」と呼ばれる五十両包みを二つもらう。ところが実は船を出すために起こされたと思ったところから御礼の百両をもらったところまでが、船頭の見た夢だったという噺。オチは面白いのだが下ネタなので詳述できないのが残念。

二つ目の「夢の酒」は、八代目桂文楽師匠が演じるものを聴いた。この噺は大店(おおだな)ののんびりした雰囲気が全編に漂い、なんともほんわかした後味のいい噺である。

ある大店の若旦那が、昼寝をしていて面白い夢を見たと年若い妻に話す。どんな夢でした?それがね、雨宿りした先の家がうちのお得意でまあ上がって一杯どうですとなったんだ。だってあなたは下戸で飲めないじゃありませんか。それがね、一杯だけだからと勧められて飲んでみたら飲めたんだ。それで?そうしたらね、飲み過ぎて気持ちが悪くなってしまって気がつくと布団に寝かされていたんだよ。それで、どうなさったんです?

夢の中の話ではあるが、女性宅でお酒をごちそうになり介抱されたという話に若い妻はやきもちで泣き出してしまう。そこへ大旦那がどうしたんだいと顔を出す。実は若旦那がこれこれこうでという嫁の話を聞き、大旦那は息子を叱る。大笑いして若旦那は夢の話ですよと父親の誤解を解くが、嫁はがまんできない。どうか若旦那の夢の女性に意見してきて下さいと言う。そんなことができるはずがなかろう。いえ、淡島様の上の句を詠んで、どうか誰それの見た夢を見させて下されば下の句も詠みましょうと願えば、できるそうでございます。というわけで大旦那は若旦那が見た夢の女性宅を訪れるという噺。酒好きの大旦那が酒の燗ができるのを待てず目が覚めてしまい、ああ冷やでもよかったというオチ。

最後の「御慶(ぎょけい)」は、「夢金」と同じく古今亭志ん朝の演じたもので聴いた。富くじに入れ込んでいる男が夢で当たりくじのヒントを見る。鶴が梯子の先にとまっている夢だから「鶴の八百四十五番、つるのはしご」ってやつをくれと富くじ屋に言うが、たった今売れたばかりだという。ついてねえやとぼやきながら帰る道で手相見に呼び止められ、夢で見た話をする。手相見はそれは素人の見方で、梯子は下から上にのぼるものだから「鶴の五百四十八番」が正しいと言う。なるほどうめえことを言うと男が富くじ屋に引き返してみると、今度はその番号が残っていて買うことができる。

男は夢見の通り一番富を当ててしまう。すぐ持ち帰るなら千両ではなく八百両ですがどうしますと聞かれ、今すぐ八百両くれと家に持ち帰る。そこからまたてんやわんやの展開となるのだが、夢に関わるのはここまでなのでこの先は省略。

前回の「鼠穴」ではジェットコースター的展開を演出するのが「夢」の役割だったが、今回紹介した噺では少し違う。「夢金」は「鼠穴」と同様、相当長い部分が夢の中の話だが、それほど劇的な人生の有為転変を感じさせる夢ではない。うまくできた夢の話ではあるが、あくまで強欲な船頭の都合のよい夢でしかない。

「夢の酒」で若旦那の見た夢は少し艶っぽい内容だが、その若旦那の見た夢の中に入って大旦那が女性の家を訪ねていくというのが面白い。「淡島様の上の句」というのが実はよく分からない。いずれ調べてみなければと思っているが、そういう俗信があったというのは興味深い。酒の燗ができるのを待ちきれず目が覚めてしまい、ああ、冷やでもよかったというのは他の噺でも使われることのあるオチだ。五代目古今亭志ん生が演じた「らくだ」の長い方のバージョンで同じオチを使っている。文楽、志ん生どちらも酒飲みだったようだから、実感がこもっているのだろう。

「御慶」は夢判断の話で、夢の解釈の仕方をめぐるやりとりがなかなか面白い。そして「夢占」という夢のお告げを信じている男の姿は、ある程度現代でも共感が得られるのではないかと思う。正夢や夢のお告げには何となく信じたくなるところがある。潜在意識にあったものが形を取って解決策などを示してくれると感じるからかもしれない。

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コメント

凄い内容で、言葉もありません。
10まで一気に読ませていただきました。
かねごん先生が岩手県ナンバーワン塾ブロガーの座を奪われる
と脅威を感じているのがわかります。

架空対談もそう、坊ちゃんの記事も、サリンジャーの記事も、先
生のお書きになる記事にはインテリジェンスが溢れていて、どん
どん先生の世界に引き込まれていきます。
今日もまたたくさんの勉強が出来ました。有り難うございました。


(学び舎主人)
いつもコメントありがとうがございます。

とよ爺先生に激賞されると、なんだか面はゆいです。当方はお気楽に好き勝手なことを書き散らしているだけでして。サブタイトルに掲げているとおり、"My favorite things"の寄せ集め以上のものではないなあと思います。

でも、少しでも面白がってくださる方がいると張り合いが出ます。楽しんでいただける記事を更新できるよう、こちらも精進いたします。

投稿: とよ爺 | 2009年8月26日 (水) 14時52分

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