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2009年8月

2009年8月31日 (月)

政権交代

第45回衆議院選挙の開票が進んでいる。日付が変わる前のどのテレビ局の開票予測を見ても、自公大敗、民主圧勝の様相を示している。このままいくと民主党の300議席が現実味を帯びてきそうだ。投票率は70%近くになりそうだという。現行制度での衆議院選挙で過去最高の投票率のようだ。

このまま民主党が予測通り議席を取ると、政権交代が実現し、衆参両院で政権与党が過半数を持っている状態となり、いわゆる「ねじれ国会」は解消される。自民党大敗の原因はいろいろあるだろうが、やはり現政権に対する国民の不満がストレートに投票行動に表れたということなのだろう。

圧倒的多数を取る民主党が「数の論理」で独断専行しないことを願う。民主党を選んだ国民は手放しで民主を支持したわけではないと思う。自公現政権に対するノーとして票が集まったのだろうから、安定過半数を確保したから何でもできると勘違いすると来年の参院選でしっぺ返しを受けるだろう。

選んだ国民は新しい政権が誕生したら、しっかり見続ける必要がある。本当にマニフェスト通りに政策を実現できるのか。国民の政治に対する失望や不満を解消できるのか。これからの社会に希望が持てるのか。そういったさまざまな不安に新しい政権は答えていく必要がある。だめだった場合はどうなるのか分からない。政治に対する不信が一挙に拡大し、ニヒリズムが蔓延するかもしれない。あるいはダメなら別の政権を選択しようという健全な判断が大勢を占めるかもしれない。いずれにしても、選んだ以上、その後の成り行きを見守ることはわれわれ国民の義務である。

300議席を衆議院で越えて獲得したからといって、国政に対するフリーハンドを与えたわけではないという意識を有権者は持っている必要があると思う。

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2009年8月30日 (日)

古典の底力・その15

前回に続き『大鏡』に見える、藤原氏のエピソードを中心に紹介していきたい。

「三平」と呼ばれた基経の息子たち、時平、仲平、忠平のうち忠平のエピソードを取り上げたいと前回の最後に触れた。それは藤原北家の中で冬嗣-良房-基経-忠平と続いてきた系列の次に、師輔-兼家-道長-頼通という摂関政治全盛期を形作る藤原氏の主流派が連なるからだ。

この摂関家の本流にいる中心人物に関する叙述を見ていくと、興味深いことが浮かんでくる。まず、忠平から取り上げよう。

藤原冬嗣が筑紫から勧請した宗像三神(宗像明神)を、忠平は邸内に祀っていた。その忠平に、宗像明神が実際に話しかけるという話が取り上げられている。普通、祀られている神様は、夢の中などに現れてお告げを聞かせたりすることはあっても、直接姿を現して話しかけるということはしない。そういう点からこれは希有なことである。

もう一つ、忠平と南殿の鬼のエピソードも興味深い。醍醐帝か朱雀帝の頃、南殿(紫宸殿)の御帳(正面の玉座)のうしろを忠平が通ったとき、鬼が忠平の太刀の石突(刀剣の鞘の先を包んだ飾り)をつかまえた。しかし忠平は、ひるむことなく太刀を引き抜き鬼の手をとらえた。すると鬼は手を放して鬼門へ逃げてしまったという。

次に忠平の息子、師輔もおもしろい話を持つ。百鬼夜行(やぎょう)にあう話は特に興味深い。「百鬼夜行」とは種々の妖怪が夜間列をなして歩くことをいう。師輔が九条邸に向かい東大宮大路を南へ下り、二条大路と大宮大路の四つ角(あははの辻)にさしかかったとき百鬼夜行にでくわす。師輔は、鬼の難を逃れるという「仏頂尊勝陀羅尼経」を車中で読経し、半時(約一時間)ほどして難を逃れる。

また同じ師輔の話に、冷泉帝の大乗会の御禊のとき、師輔が守護の霊となって守ったというものがある。ここでは藤原元方と桓算供奉(かんざんぐぶ)の物の怪が出ている。桓算供奉は前回も触れたように三条帝の目が見えなくなった原因として挙げられている僧侶である。よっぽど藤原氏に恨みがあったのだろうか。

藤原元方は同じ藤原氏ではあるのだが、主流派の北家ではなく南家の人である。娘の祐姫の腹に生まれた広平親王(村上帝の子)の立太子に敗れ、大納言藤原元方とその娘祐姫の霊は冷泉帝に祟る。冷泉院が幼少から心身とも病弱であるのは、二人の物の怪によるものだと信じられていた。こういうドロドロした権力争いの話がつきまとうのはやむを得ないことなのだとは思うが、どうにもおどろおどろしい。

さて師輔の息子の兼家の場合はどうか。兼家の別邸は東二条院という。この別邸で、月のすばらしい晩に、目には見えない鬼が格子をばたばたと全部下ろしてしまうという悪さをする。兼家は太刀を引き抜いて一喝し、見えない鬼にまた格子を上げさせたという話がある。

兼家は亡くなる二日前に東二条院を仏寺となし、法興院と称した。気味の悪い所で、物の怪が恐ろしい所という評判の立っていた別邸でもあった。自分の死後、寺にでもしなければいっそう気味の悪い「悪所」となるとでも考えたのだろうか。

ここまでの忠平-師輔-兼家の三者が鬼や百鬼夜行や物の怪にまさっている姿は、偶然に取り上げられたのではないと思う。これはみな道長の豪胆さを強調し納得させるための布石となっている。『大鏡』の中のよく知られた章段の一つである「肝試し」の部分で、兄たちの道隆や道兼とは比較にならない道長の豪胆さが示される。この道長の胆力を父祖から受け継いだ資質と納得させるため、忠平から兼家までのエピソードにこの手の話が集中しているのだと思う。

つまり、いかに道長が常人離れした存在であるかということを読み手に印象づけるための手口だと言ってよいだろう。全ては道長の栄華を強調するため。そう考えると『栄華物語』とは異なるものの、『大鏡』も道長の権勢に合わせて叙述している部分が意外にあるということなのだろう。

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2009年8月29日 (土)

手書き?それとも直接入力?

大験セミナーの金田先生は、ブログ記事の手書き原稿を書いてから入力されると以前の記事に載せていた。原稿用紙にすると数千枚になるそうで、なんともすごいものだと思ってしまった。

私の場合は、基本的に直接入力で、ココログの「作成」画面上で直接文章入力しながら記事を書き上げている。下書きの原稿を用意する方が少ないのだが、その場合もテキスト文書で入力する方が多く、手書きは滅多にない。

実は先日の「『坊っちゃん』を読み返す・その1」は、手書き原稿を作った数少ない記事の一つである。「その2」の方は直接入力である。微妙に感触が違うのかも知れないが、よく分からない。ただ、手書き原稿のときによいと思っていた表現が、入力してみるとよくなかったということはしばしばある。

手書き原稿と言っても、私の場合はA4サイズの裏紙を半分に折ったものによく分からないような字で走り書きしたものである。消したり足したりグチャグチャしているし、急いで書くので判別しにくい字が多く入力時に首を傾げることもある。だが、手書き原稿の方が流れはよくつかめる。A5サイズに折った紙の原稿はパッと見て全体が入ってくる。直接入力の場合はスクロールしなければ全体が見えないことがある。それともう一つ。手書き原稿のよいところは、とりあえず「書ける」ということ。パソコンでキーボードに向かって一行も浮かんでこないときでも、手書き原稿だとなにがしかの文章が書けることが多い。筆記用具と紙の間に生じる「抵抗感」みたいなものが刺激となるのかもしれない。

テキスト文書で入力した下書き原稿を用意するのは、「架空対談」シリーズを書くときだ。これはテキスト文書にしておいた資料を参照することが多いためで、以前紹介したことのある「Lyre(リラ)」というタブ型のテキストエディタでタブを切り替えながら、資料と原稿を往復して書く。

「架空対談」シリーズ以外で下原稿を入力するのは、時間があって記事のネタを思いついたときだ。後で書こうと思うと忘れるので、とりあえずテキスト文書にしておくというわけだ。しかし事前に入力しておいた原稿をコピーしてココログの作成画面に貼りつけてみると、これがまた微妙に違って見えてくる。そこで、足したり引いたりの推敲作業となるのだが、この整形作業が実は一番好きなのかもしれない。

基本的に直接入力が多いのも、推敲の回数が増えることを期待しているからなのだろう。ざっと削りだしたものを、推敲していくとだんだん自分の言いたかったことに近づいてくる。この作業が好きなので、何度も「作成」の入力画面と「確認」という実際の文字表示に近い画面とを行ったり来たりすることになる。さらに、これでよしと記事をアップした後も必ずブログのトップページを出して、再読する。この時にまた推敲できる部分を見つけて手を入れ、再更新することも多い。我ながらしつこいというか偏執的なこだわりだとは思うものの、やめられない。推敲作業大好き人間としては一番楽しい時間なのだ。

さて、今日の原稿は1)手書き原稿、2)テキスト文書の下原稿、3)直接入力のどれでしょうか?当たっても何も賞品は出ません、念のため。

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2009年8月28日 (金)

そうだ、選挙に行こう

「そうだ、京都へ行こう」というJR西日本(?)のCMが昔あったが、それをそっくり頂いたタイトルである。

総選挙の投票日が近い。新聞等の予測では、民主党が300を上回る議席を確保しそうだということだ。実際にそのくらいの議席になるかどうかは別として、政権交代が実現しそうな気配が濃厚になってきた。しかし、財源をどうするのか。しつこいくらいに何度でも取り上げたいが、自民党でも民主党でもどこでもいいが、マニフェストに載せた政策を実現するための財源は一体どこにあるのか。

国と地方をあわせて800兆円以上の借金があり、これを返していくのは私たちの子どもや孫の代までかかるだろう。誰がつくった借金なのか。借金しなければやっていけない国や地方にしてしまった有権者にも半分責任がある。政治や財政のことは難しいから分からない。分からないからとりあえず分かる人に任せておけばいいだろう。私自身、その程度の意識しかなかった。しかし、これ以上借金が増えたらどうなるのか。

日本は事実上財政破綻した国と見られてもおかしくない。明確な財源論議がないまま、各党ともバラ撒きとも取れる政策が並んでいる。実現しようと思ったら予想以上に財源が足りませんでした、ではお話にならない。ギリギリでもいいので、明確な財源を示してほしいものだと思う。そうでなければ絵に描いた餅で終わる可能性だってあるのだ。

もう一つは長期的な財政再建をどうするつもりなのかという点。どうやって財政破綻している財政を立て直すのか。消費税の引き上げが必要なら、なぜ必要で、どのくらいの率まで上げないと必要な財源が確保できないのか。一般会計の数倍もある特別会計をどうするのか。このまま特別会計の膨大な枠組みを維持していくつもりなのかどうか。こういった疑問に明確な答えがほしいのだが、選挙にマイナスになるような内容には極力触れないようにするんだろうな、たぶん。

それでも、投票には行くつもりでいる。たとえ自分の一票がどれほど無力で軽いものに感じられても、これは国民がしっかり行使すべき権利なのだから、投票によって意思を表示しなければならないと思う。以前にも書いたように、誰も投票したいと思える候補者や政党がないのであれば「白票」を投じるべきだ。「信任するにたる人物、政党なし」という意思表示が「白票」だと思う。棄権と同じようでいてその意味はまったく違う。本当は、「白票」が何%を超えたら無効選挙でやり直しとかなっていれば面白い。それとも公職選挙法に規定があるのだろうか。そうしたら各党ともマニフェストの実現可能性を、もっと真剣に有権者に伝えようとするのではないかと思うのだが。

しかし、できることなら投票する候補や政党を決めて一票を投じてきた方がいいと思う。その後の開票速報や議席数の獲得状況やらを楽しめるからだ。やはり自分の投じた一票分はどこにどうなったかと追いかけた方が、その後の展開に関心を持てる。不謹慎かもしれないが、選挙を面白く思えなければ政治への無関心はますます広がる一方だろうと思う。

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2009年8月27日 (木)

甲子園の余韻

25日に花巻東の選手一行が地元に帰ってきた。到着したときの様子と報告会の映像が夜のニュースで流れた。

声を掛ける地元の人たちの多さに、バスを降りた選手たちは少しとまどい気味のように見えた。だが、報告会で壇上に並んだ選手の顔はどれもみな晴れやかで、決勝まで行けなかったものの十分に力を出し切ったという表情が浮かんでいた。

準決勝で中京大中京に敗れた後、号泣する姿が印象的だった菊池君も、すっかり吹っ切れたようなさわやかな表情だ。体調が万全ではなかったということで悔やまれるところはあるのだろうが、もうこれから先のことへしっかりと目を向けているようだ。

このニュースを見た同じ日の午後、いつものように教室へ向かう途中、友だちと野球をしている小学生の姿を見かけた。一方がグラブをはめてピッチャーになり、もう一人がバットを構える。どちらかの自宅と思われる家のすぐ横に空き地があり、そこで二人だけのゲームをしていた。

最近見かけなくなった光景だが、微笑ましかった。昔は草野球をしている子どもたちがいっぱいいたものだ。「ドラえもん」でも、ジャイアンやスネ夫がのび太を空き地での草野球に引っ張っていくシーンがよくある。長嶋選手や王選手が現役で、巨人が一番強かった頃だ。

スポーツ少年団やリトルリーグで野球をしている子どもたちは大勢いるのだろうが、こういう草野球が見られなくなったのは、子どもたちを巡る環境が変わったことがあるのだろう。子どもだけで安心して外で遊べない状況というのは、都市部でも田園地帯でも変わらない。交通事故の心配や不審者の出没などなど、全国どこでも昔とは比較にならないものがあるのだろう。

そして長嶋選手や王選手に匹敵する、子どもたちの「あこがれる選手」が少なくなっているのも草野球衰退の理由の一つかもしれない。あんなふうになりたい、と思わせる存在がいればそれを真似たくなるのが子どもの心理ではないか。

花巻東の甲子園での活躍が、「野球っていいなあ」という気持ちや「あんなふうになれたらいいな」というあこがれを子どもたちに芽生えさせたのだとすれば、喜ばしいことだ。身近な高校チームの活躍は、自分たちもいつか全国で何かできるかもしれないという希望を、多くの小中学生や高校生に与えてくれたと思う。大人があれこれ言葉を費やすよりも、高校球児の全力を尽くしている姿の方が、子どもたちに与える好影響は大きいような気がする。

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2009年8月26日 (水)

江戸的スローライフのすすめ・その15

前回は「鼠穴」だけで長くなってしまい、「夢金」や「夢の酒」や「御慶(ぎょけい)」といった、夢が重要な役割を果たす他の噺に触れることができなかった。今回はできるだけ簡略に紹介しながらまとめてみたい。

まず「夢金」である。聴いたのは古今亭志ん朝が演じたものだった。雪の降る夜遅く、若い娘を連れた浪人風の男が船宿に来て、一艘出してもらいたいと告げる。船宿の主は船頭がいないのでと断るが、そのとき二階で眠っていた強欲な船頭の寝言が聞こえてくる。あの者でもよいという男に強欲な奴だからと主は再び断るが、結局二階で寝ていた船頭が起こされて船を出すことになる。

浪人風の男とその妹だという若い娘が不釣り合いなので、船頭は途中で男を強請(ゆす)っていくらかせしめようと決める。娘が船の中で眠っているときに船頭が男に話をしてみると、案の定、兄妹というのは嘘であった。恋人に会いたい一心で家を飛び出してきた商家の娘が、癪(しゃく)を起こしているところに通りかかり懐に金があると分かったので、どこかで殺してそれを巻き上げようという魂胆だという。その上、船頭にも殺しを手伝えと迫る。船頭は逆に脅されながら一計を案じ、船を中州に着ける。ここで殺してしまえば分かりませんぜと男に勧め、先に中州に降りさせ船を出してしまう。泳げない男は中州に置き去りにされる。

船頭は娘の実家である商家へ連れていき、御礼に「切り餅」と呼ばれる五十両包みを二つもらう。ところが実は船を出すために起こされたと思ったところから御礼の百両をもらったところまでが、船頭の見た夢だったという噺。オチは面白いのだが下ネタなので詳述できないのが残念。

二つ目の「夢の酒」は、八代目桂文楽師匠が演じるものを聴いた。この噺は大店(おおだな)ののんびりした雰囲気が全編に漂い、なんともほんわかした後味のいい噺である。

ある大店の若旦那が、昼寝をしていて面白い夢を見たと年若い妻に話す。どんな夢でした?それがね、雨宿りした先の家がうちのお得意でまあ上がって一杯どうですとなったんだ。だってあなたは下戸で飲めないじゃありませんか。それがね、一杯だけだからと勧められて飲んでみたら飲めたんだ。それで?そうしたらね、飲み過ぎて気持ちが悪くなってしまって気がつくと布団に寝かされていたんだよ。それで、どうなさったんです?

夢の中の話ではあるが、女性宅でお酒をごちそうになり介抱されたという話に若い妻はやきもちで泣き出してしまう。そこへ大旦那がどうしたんだいと顔を出す。実は若旦那がこれこれこうでという嫁の話を聞き、大旦那は息子を叱る。大笑いして若旦那は夢の話ですよと父親の誤解を解くが、嫁はがまんできない。どうか若旦那の夢の女性に意見してきて下さいと言う。そんなことができるはずがなかろう。いえ、淡島様の上の句を詠んで、どうか誰それの見た夢を見させて下されば下の句も詠みましょうと願えば、できるそうでございます。というわけで大旦那は若旦那が見た夢の女性宅を訪れるという噺。酒好きの大旦那が酒の燗ができるのを待てず目が覚めてしまい、ああ冷やでもよかったというオチ。

最後の「御慶(ぎょけい)」は、「夢金」と同じく古今亭志ん朝の演じたもので聴いた。富くじに入れ込んでいる男が夢で当たりくじのヒントを見る。鶴が梯子の先にとまっている夢だから「鶴の八百四十五番、つるのはしご」ってやつをくれと富くじ屋に言うが、たった今売れたばかりだという。ついてねえやとぼやきながら帰る道で手相見に呼び止められ、夢で見た話をする。手相見はそれは素人の見方で、梯子は下から上にのぼるものだから「鶴の五百四十八番」が正しいと言う。なるほどうめえことを言うと男が富くじ屋に引き返してみると、今度はその番号が残っていて買うことができる。

男は夢見の通り一番富を当ててしまう。すぐ持ち帰るなら千両ではなく八百両ですがどうしますと聞かれ、今すぐ八百両くれと家に持ち帰る。そこからまたてんやわんやの展開となるのだが、夢に関わるのはここまでなのでこの先は省略。

前回の「鼠穴」ではジェットコースター的展開を演出するのが「夢」の役割だったが、今回紹介した噺では少し違う。「夢金」は「鼠穴」と同様、相当長い部分が夢の中の話だが、それほど劇的な人生の有為転変を感じさせる夢ではない。うまくできた夢の話ではあるが、あくまで強欲な船頭の都合のよい夢でしかない。

「夢の酒」で若旦那の見た夢は少し艶っぽい内容だが、その若旦那の見た夢の中に入って大旦那が女性の家を訪ねていくというのが面白い。「淡島様の上の句」というのが実はよく分からない。いずれ調べてみなければと思っているが、そういう俗信があったというのは興味深い。酒の燗ができるのを待ちきれず目が覚めてしまい、ああ、冷やでもよかったというのは他の噺でも使われることのあるオチだ。五代目古今亭志ん生が演じた「らくだ」の長い方のバージョンで同じオチを使っている。文楽、志ん生どちらも酒飲みだったようだから、実感がこもっているのだろう。

「御慶」は夢判断の話で、夢の解釈の仕方をめぐるやりとりがなかなか面白い。そして「夢占」という夢のお告げを信じている男の姿は、ある程度現代でも共感が得られるのではないかと思う。正夢や夢のお告げには何となく信じたくなるところがある。潜在意識にあったものが形を取って解決策などを示してくれると感じるからかもしれない。

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2009年8月25日 (火)

『坊っちゃん』を読み返す・その2

きのうに続き、『坊っちゃん』の読み返しの話。

さて、マドンナにポイントがあると書いたが、どういうことか。マドンナは昨日の記事でも触れたように、人々の会話の中に登場することは多いのに実際の描写は一箇所しかない。「ハイカラ頭」の「色の白い」美人であるということから洋装の女性だろうと思われる。

このマドンナという存在が象徴しているのは、漱石の目に映った当時の「日本」の姿なのではないか。終盤で日露戦争の祝勝会の場面があることから、明治38年ころに年代が設定されていると分かる。維新から四十年近く経っているわけだ。日本が急速に近代化を推し進め、日清・日露の戦争を通じて産業革命が進行していく時期である。人々の暮らしにも「近代化=洋風化」が定着していく。

坊っちゃんが新たに下宿することになった萩野家のおばあさんの話をまとめると、マドンナは「遠山の御嬢さん」で、うらなり君こと古賀さんの所へ嫁に行く約束ができていたらしい。それが古賀さんのお父さんが亡くなって急に暮らし向きが思わしくなくなり、お輿入れが延びている所へ、教頭が出てきてぜひお嫁にほしいということになったという。

近代洋風文化を受け入れ変わっていく「日本」。それがマドンナの姿に象徴的に表されているように思う。教頭の赤シャツは、あだ名のもとになった「赤シャツ」から分かるように洋服をいつも着ている。洋風に染まりきっている人物である。うらなり君を捨てて赤シャツになびいたマドンナは、江戸時代から続いていた日本の文化をすてて洋風に飛びついた日本の姿そのものだ。

坊っちゃんの義憤は、マドンナを嫁にしようと思っている一方で「小鈴(こすず)」という芸者ともつき合っている赤シャツのダブルスタンダードに向けられている。建前としては洋風文化、本音としては従来の日本文化。こういう使い分けがいかにも欺瞞に満ちたものに思えてならなかったのではないか。

マドンナや赤シャツに向けられた憤りとは逆に、坊っちゃんが恋しく思う下女の「清(きよ)」は没落した「士族」の出であるように設定されている。伊予での不愉快な思いがつのるたびに、坊っちゃんが恋しく思い出すのは、この清のことであり東京のことである。古き良き江戸の日本。坊っちゃんは年齢からして維新後の生まれで江戸時代は体験していないわけだが、「旗本」だった父親を持っていることから江戸の遺風の中に成長したと想定できる。

しかし、その清も坊っちゃんが東京に戻って迎え入れてから間もなく亡くなってしまう。つまり『坊っちゃん』という話は、清が亡くなってから坊っちゃんが回想しているという設定で書かれているのだ。せっかく東京へ帰ってきたのに、清が亡くなり、坊っちゃんには心安らぐ場が永遠に失われてしまう。古き良き日本の消滅していく姿が重なっているようだ。失われてしまったものは戻らない。漱石の『坊っちゃん』という小説はユーモア小説と思われていて、確かに明るい印象を受けるが、そこにはなかなか苦い漱石の現状認識が盛り込まれている。

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2009年8月24日 (月)

有終の美

決勝戦にふさわしい好ゲームだった。

中京大中京が10-2と大きく日本文理を引き離したとき、ああこれで勝負がついたなと思った。途中までテレビで見て、残りはラジオで聞いた。

9回表、日本文理の攻撃を聞いているうちにどんどん点差が縮まり、中京大中京は再登板した堂林君からまた森本君へ投手を交代した。ついに10-9。これは勝負が分からなくなった。同点で延長か逆転勝ち越しという場面もある。

しかし2アウト一、三塁で最後の打者がライナーで倒れ試合終了。劇的な幕切れだった。高校野球は最後まで分からない。準々決勝での花巻東対明豊の逆転試合を思い出す。勝利は紙一重の差でしかないという気がした。敗れた日本文理も優勝した中京大中京も、全力を出しきった。いい試合だったと思う。

中京大中京の堂林君が試合直後のインタビューで、「最後まで投げきることができなくて申し訳ない」と涙していた。エースナンバーの重みを背負っているがゆえのひと言だと思った。最後までマウンドを守りきれなかったという悔しさは残るかもしれないが、これから成長する大きな糧になるのではないだろうか。

今回の大会に、全国で4041校が参加したという。当たり前のことだが、優勝した中京大中京以外は敗れ去った学校だ。しかし、敗れるということは意味のないことなのだろうか。勝つことだけがいいことなのだろうか。

全力を尽くしてもなお、越えることのできなかった壁。そういうものがあったとしたら、次の年度の後輩たちが挑戦していけばいいのではないだろうか。技術が不足していたのなら技術を、メンタル面の弱さがあったのならそれを克服するための方策を、というように具体的な課題がそれぞれに出てくると思う。そのくり返しや連続の中に敗れた先輩たちの思いが生きて積み重なっていけばいいのではないかという気がする。

一丸となり全力を尽くす各チームの姿には、勝っても敗れても大きく心を揺り動かされた。高校野球のよさというものをあらためて感じた大会だった。

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『坊っちゃん』を読み返す・その1

先日、息子の読書感想文を手伝うバカ親になってしまったという記事(こちら)を書いた。

息子の策略にまんまと乗ってしまった私が愚かだった。このままではくやしいので、『坊っちゃん』を読み返して気がついたことを記事にしようと思う。

坊っちゃんが校長や赤シャツ、野だいこに対して反発するのは、『坊っちゃん』の設定の必然性から来ているのではないか。息子には「坊っちゃんは本音と建て前を使いわける赤シャツや野だいこのような連中が嫌いなんだよ」と説明しておいたが、そう話しているうちにもしかして漱石の人物配置に関係があるのではないかと気がついた。

坊っちゃんは、話の始めの方で「旗本」の出で、清和源氏多田満仲の後裔であると告げている。維新で転変や没落を味わった「士族」しかも「旗本」の家柄なのである。

坊っちゃんの盟友とも言うべき数学教師の山嵐はどうか。会津出身であることが終盤で示される。会津藩といえば戊辰戦争で旧幕府側の中心である。維新後も新政府から派遣された県令の支配を受け、それに反抗して福島事件が起きたりした土地柄である。

では赤シャツに婚約者のマドンナを奪われてしまった英語教師のうらなり君はどうか。彼は地元松山の人である。伊予松山藩は親藩であり、長州征伐の際も先鋒となった藩であった。そのため維新を迎える幕末の鳥羽伏見の戦いでは「朝敵」とされてしまう。ところが松山藩は新政府軍に対し、武力による抵抗をすることなくおとなしく白旗をかかげる。

一方、校長の狸や教頭の赤シャツは出自こそ示されていないものの、旧制中学の管理職であることから明らかに新政府側の薩長土肥出身者であろうと推測される。

野だいこは東京出身で「江戸っ子」と自称しているが、坊っちゃんのような「旗本」「御家人」の出であるとは書かれていない。画学の教師である点から推測しても、どこかの藩の江戸留守居役クラスの家柄で、維新後も東京に住み続けた家庭の出身ではなかろうか。

だから、旧伊予松山藩の地でくり広げられるこの『坊っちゃん』という話には、旧幕府側だった人間と新政府側の人間との対立という、戊辰戦争の再現みたいな人物設定がなされているのだろうと思う。伊予松山の人であるうらなり君が無抵抗でおとなしいのも当然のことなのだ。

しかし、漱石が描きたかったのはそういった単純な対立の構図ばかりではなかっただろうと思う。

ポイントは、うらなり君の許を去って赤シャツになびいてしまったマドンナにあると思う。『坊っちゃん』の話を思い浮かべるときマドンナは必ず誰のイメージにも出てくる登場人物であろう。だが、小説の中でのマドンナは会話の中によく出てくるだけで、直接描写は一箇所しかない。

これは今回読み返して驚いたことの一つだった。遥か昔、NHKで『坊っちゃん』をドラマ化したとき、マドンナは頻繁に登場した。その時の印象が強かったためか、マドンナの登場場面が多いはずだと思い込んでいた。だが、実際は温泉に向かう汽車を坊っちゃんとうらなり君が駅で待っている場面に登場するだけだ。その場面でさえ「色の白い、ハイカラ頭の、脊(せい)の高い美人」「おれは美人の形容などができる男でないから何にもいえないがまったく美人に相違ない。何だか水晶の珠(たま)を香水で暖(あつ)ためて、掌(てのひら)へ握ってみたような心持ちがした」と描写されるだけで、実にそっけない。

しまった、またまた長くなりそうだ。今日はここまで。

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2009年8月23日 (日)

敗れゆく者たちへ

中京大中京と花巻東の試合は、11対1という大差がついてしまった。菊池雄星投手が万全だったらもっと違った試合展開だったろうと思う。しかし、それも含めて高校野球なのだ。

試合の始まりは、模擬試験が終わり生徒の帰った教室で聞いた。花巻東の守備となり、先発は甲子園初先発の吉田君。1回に1点は失われたが2回、3回のピッチングはなかなか落ち着いていたのではないだろうか。

しかし劇的な場面は4回の裏に訪れる。花巻東の吉田君が中京大中京の磯村君にホームランを打たれる。これで2-0。それでもこのまま抑えてくれれば打線に期待することが出来る。次の打者を一塁ゴロに打ちとったときはそう思っていたが、連打を浴びてしまう。ここで準々決勝で登板した猿川君に交代。だが、前回のようなねばり強さがなく1点を追加され3-0。2アウト満塁で球場にどよめきがあがる。菊池君が猿川君に代わって投げるようだ。車のラジオで聴いていたので、それぞれの選手がどんな表情をしていたのかは分からない。

菊池君は、2球目の140キロも出ていないストレートを中京大中京の河合君に打たれ3塁打。走者3人が帰って6-0。この時点で勝負がついたという気がした。エースが投げて打たれた。最後の切り札だったが、万全な体調ではなかった。

終わってみれば大差の試合だった。しかし、花巻東の選手たちは最後まで全力を尽くしたと思う。7回以降は家に帰ってテレビで見たが、一緒に見ていた息子が「ぶざまな負け方して」と言うので、「それは違うだろ。菊池君が万全でなかったことも含めて高校野球じゃないか」と一喝する。息子は不満だったようだが、言い返さなかった。

中京大中京は万全の態勢で準決勝まで勝ち上がってきた。一方の花巻東はエースの菊池君が故障を抱えながら満身創痍でここまでやってきた。コンディション調整や二番手、三番手の投手をうまく育成できるかどうかも含めて高校野球なのだと思う。それがうまく行かなかったのは、花巻東というチームの限界なのかもしれない。

しかし、大量差で負けたという結果で全てを評価すべきではないと思う。花巻東という岩手の高校の春夏を通じた活躍に、どれだけ多くの人が励まされ、勇気をもらったことか。岩手の高校野球チームでも全国で勝てるということが、どれだけの希望を生み出してきたことか。

それを思うと、息子の「ぶざまな負け方をして」というひと言は、私には聞き捨てがならなかった。お前、それは違うだろ。結果が全てか?プロセスはどうでもいいのか?じゃあ、お前も結果だけ見てそんなふうに言われてもいいのか?実際は先に挙げたように一喝しただけで何も言わなかったが、そう思いながらの一喝であった。言い返さなかったのは何か息子も考えるところがあったのだろう。後で時間をおいて聞いてみたい気がする。

「刀折れ矢尽きて」という言い方がある。今日の花巻東の試合を見ていると、それが自然に浮かんできた。やれることは全てやり尽くし、もう何も残っていない。それでも最後まで試合を投げたりはしなかった。中京大中京も適当なところで手を抜いたりしなかった。得点できる限り得点しようという姿勢は、相手に対する礼儀なのだろう。

敗れたことで君たちの夏は終わってしまった。しかし、多くの人がその姿を覚えているだろうと思う。本当はあと一試合できたらと思いもするが、それでもよくやったと声を掛けたい。記録に残らなくても記憶に残るチームだったと私は思う。

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白ゆりプレテスト(中3・第2回)を実施しました

今日は朝から天気が良くなり、日中の気温も少し高かったようですが、中3生対象の白ゆりプレテスト第2回を実施しました。

衆議院選挙の選挙期間中なので、選挙カーが試験中に回ってくるのではないかと心配していました。多少の物音はやむを得ないですが、英語のリスニングテストの時だけは聞き取りのじゃまが入らない状態で受けさせたい。そう思っていましたところ、ちり紙交換屋さんも竿竹屋さんも回って来ず無事に終了することが出来ました。

第1回と同じように、塾生は模擬試験として受けてもらいました。学校で受ける実力試験より難しいという印象を受ける試験ですので、なかなか思うように解けない問題が多かったようです。

ただ、夏期講習を受けて夏休み明けの実力試験があったばかりですから、第1回のプレテストに比べて解けたという手応えのある教科もあったのではないかと思います。

第3回以降の日程は、プレテストのチラシにある日程通り

  • 第3回   …  11月8日(日)
  • 第4回   …  12月6日(日)
  • 第5回   …   1月9日(土)

以上の予定です。いずれも午前中の試験を予定しております。

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2009年8月22日 (土)

奇跡を目にする

昨日の準々決勝第一試合、花巻東と明豊の対戦はすごい試合だった。

序盤に花巻東が4-0と明豊をリードし、春の選抜大会の再現のようだなと思いながら試合を見ていた。明豊高校は先発の今宮君、継投したエースの野口君が早い回に打たれ、三番手の2年生投手山野君に望みを託した。春に対戦したときも花巻東をしっかり押さえた実績があるだけに、途端に花巻東の得点が入らなくなった。

加えて5回裏の明豊高校の攻撃時、花巻東の菊池投手に異変が起きた。腰の辺りに手をやり苦しそうな表情が浮かんでいる。球速110キロ台の球しか投げられない。変だなと見ているうちにピッチャー交替、猿川君が急遽マウンドに上がった。菊池君はレフトの守備についたが、それはこの回限りだった。次の回の守備に菊池君は出なかった。ベンチに下げるくらい悪いのか。何となく不安なムードが広がる中、逆に明豊高校は息を吹き返したようにみごとな攻撃を繰り広げ、気がつくと4-6と試合をひっくり返してしまった。

8回表の花巻東の攻撃からは、水沢の教室へ向かう車のラジオで聞いた。正直に言うと、終盤に2点差がついてしまうと先攻の花巻東は心理的にも不利になり、勝つことができないのではないかと思っていた。

ところが9回表に同点に追いついてしまう。これには驚いた。エースの菊池君が故障でベンチに下がってしまい、その後マウンドに登った猿川君は明豊打線に打ち込まれた。勝てる可能性がどんどん低くなっていくように思えたのに、ここ一番で追いつくとは。延長に入ってからも勝負は分からないと思ったが、水沢の教室に着いたときにちょうど勝ち越しの1点が入った。

高校野球は最後まで何が起きるか分からない。4-6で負けていたときは、花巻東の夏はこれで終わったなと思い込んでしまった。しかし、選手も監督も最後まで勝利をあきらめなかった。どちらに勝利が転がってもおかしくない試合だった。菊池君のあとを引き継いで投げ抜いた猿川君の自分との闘いは立派だったと思う。スライダーが決まらない分をストレートでカバーする投球は苦しかったはずだ。敗れた明豊の今宮君の投球もすばらしかった。特に再登板してきっちり花巻東打線を押さえたときの投球は忘れられない。最速154キロ出ていたのではないか。150キロ台の速球でピタリと封じた投球はみごとだった。

最後まであきらめてはいけない。劣勢にあるときほど、あきらめてはいけないのだ。昨日の試合を見て強く心を揺さぶられた。奇跡は起きる。

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2009年8月21日 (金)

いよいよ準々決勝

東北高校との東北勢対決を制して花巻東がベスト8進出を決めた。

菊池雄星投手の球速154キロの投球に場内がどよめくシーンが二度ほどあった。しかし、菊池君の速球だけでなく、花巻東の機動力を生かした攻撃とエラーのほとんどない守備のみごとさが光った試合だったと思う。

できれば東北勢対決はベスト4くらいから上の試合で見たかったのだが、東北高校に負けない岩手県代表のチームというのは、実際に勝った今でも半分信じられないくらいだ。東北の中で高校野球と言えば東北高校か仙台育英高校で、この二校に胸を借りて挑戦していく立場がこれまでずっと続いてきた。それが試合前から東北高校相手でもたぶん勝てるのではないかと期待を持てたのは、やはり春の選抜大会準優勝の実績があるからだろう。

佐々木監督は以前「うちは守りのチームですから」と口にしていた。その言葉通りの堅守が光った試合だった。長打が出なくても足で稼ぐことができるという見本のような攻撃だったと思う。

今日の準々決勝は、春の大会でも対戦したことのある大分の明豊高校が相手だ。春は2回戦で対戦し4-0で勝っている。もちろん夏に向けてどのチームも練習を重ね、研究もしてきているだろうから春の選抜の再現とはならないと思う。それでも花巻東が勝ってくれると期待している。菊池君1人が光るチームではなく、全員が一丸となって勝利を目指す全員野球のチームだからだ。エラーを出さず、ワンチャンスに機動力で勝つ。そういう試合を望んでいる。

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2009年8月20日 (木)

父親と息子の会話・その3

シリーズ化しそうなこのタイトルを書き入れて、はてカテゴリーを何にしていたっけと前回の「その2」を見てみたら、何と「父親と息子の会話」というカテゴリーをしっかり作っているではないか。ということは、前回の記事を書いた時点でシリーズ化しようと目論んでいたわけだ。うーむ、そうであったか。

さて、今回は夏休みの宿題となっていた読書感想文をめぐる会話である。前回に書いたように珍しく息子が本を読んでいて何だろうと思ったら、夏目漱石の『坊っちゃん』だった。どういう風の吹き回しかと思っていたが、何のことはない読書感想文を見越して読んでいただけのことだった。

ところが、である。肝心の読書感想文をさっぱりと書かない。はて、いつになったら書くのだろう、そろそろ夏休みも終わりだがと思っているうちに夏休みの終わる一日前となってしまった。岩手の中学校は夏休みが短く、8月17日で息子の通う中学は夏休み終了だった。どうするんだよ、一体。「行列ができる法律相談所」なんか見ている場合じゃないだろ。

カミさんが「読書感想文は書いたの?」と追い込む。「まだだよ」と息子。「じゃあ、今日はお父さんが早く帰ってきてるんだから、お父さんに手伝ってもらって書いちゃいなさい」えっ?おれが手伝うのかよ。冗談じゃないよ、小学生じゃあるまいし。いいのかなあという顔をしている息子に、カミさんが「お父さんは国語の先生なんだから、見本を書いてもらえばいいでしょ」と畳みかける。お前なあ、ふだん中学生に教えている立場上それはマズイだろ。第一、お前さんのとこに授業に来ている生徒には何て言ってるんだ、一体。まさか夏休みの宿題はうちの人に手伝ってもらって終わらせればいいなんて言ってるわけじゃあないだろう。と父親の毅然とした姿を見せたかったのだが、「えっ、なに、おれが見本書くの?それってまずいんじゃないの?」とうろたえてしまった。(ちなみにカミさんは自宅で中学生を教えている)

息子はパッと明るい顔になって「お父さん書いてくれるの?助かるなあ」と言う。あ、馬鹿者、おれはまだ書くとも書かないとも言ってないだろ。「あのなあ、なんでおれがお前の感想文を書かなくちゃいけないんだよ。おれの宿題じゃなくて、お前の宿題だろ」「でもさあ、感想文出さないと国語の成績に響くよね」と息子。あ、こいつ落語の「真田小僧」や「雛鍔」の金坊みたいなこと言いやがる。悪知恵のはたらく奴だ。

書き出しがどうしても分からないというので、しぶしぶ書き出しの三行だけ作ってやることにした。「で、この先は?」「お前が考えるんだよ、そこからは」「え、だってこれに続けて何を書けばいいの?」「あのなあ、なんで坊っちゃんは赤シャツや野だいこが嫌いなんだ?」「何でかなあ?」「それを考えれば続きが書けるじゃないか」「ふーん、そうなんだ」「何で嫌いなんだと思う?」「ええと、なんでなの?」息子はどこまでも考える気がない。だんだんこちらの我慢が限界に近づいてくる。「赤シャツや野だいこは心の中で思ってもいないようなことを平気で口にするだろ、それが坊っちゃんには我慢できないんだよ」「ふーん」「坊っちゃんは本音と建て前とか、そういうややこしいことが嫌いなんだ。思ったままをすぐに口にしてしまう。だから、赤シャツや野だいこのような存在は許しがたく思えるのだよ」「なるほどね、で、ここまでどう書けばいいの?」

すっかり息子の術策にハマって、利用されてしまったバカ親であった。

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2009年8月19日 (水)

今日も無事に記事の更新

毎日記事を更新しようと決めてからもう五ヶ月が過ぎた。早いものだ。

最初は、毎日更新することなど無理だと思っていた。大験セミナーの金田先生とよ爺先生 のように毎日更新することは、特別な人にしかできないことなのだと思い込んでいた。自分には到底できない。実はそう思っていたから更新できなかったのだと今では分かる。

毎日更新しようと思えば更新できるものなのだ。朝起きて顔を洗って歯を磨いて朝食を食べてといったことと同じように、習慣化できるものだった。とよ爺先生が「今日は『塾の日』」 という記事の中で自主学習や受験勉強のメカニズムにふれて、10分でも構わないから一歩を踏み出せばいいのだということを書かれている。まったくその通りで、ブログも同じように一行でもいいから書き始めれば継続していけるものなのだと思う。

更新し始めると妙なもので、更新しない方が「非日常的」な行為になってしまう。だから大験セミナーの金田先生が一時期ブログを更新できない期間があったときには、どんなにか記事を更新したいだろうにと人ごとでなく思えた。

書くという行為は、わたしにとって唯一の自己表現の手段である。楽器も弾けないし、絵が描けるわけでもなく、身体パフォーマンスがすぐれているわけでもないので、自己を表現するものは文章しかない。若い頃からそういう意識が強かった。それゆえ余計に文章を書く段になると身構えてしまうところがあったのかもしれない。

しかし記事を毎日更新するようになって、まとまった分量の文章を来る日も来る日も書いていると、そういう身構えた部分がどんどん抜け落ちていくのが分かる。とにかく書こうという気持ちの方が先になるので、まずは書いてしまおうと書くことに集中する。書いた後で読み返し手を入れる。このくり返しである。

後からどの文章を読み返してみても、文章には自分というものが否応なく出てしまうものだなと思う。軽い記事にも重い内容の記事にも笑いにも怒りにも、当たり前の話だが、自分という人間が出ていないものはない。そう考えると小さな塾屋がブログを書くというのは、一番の宣伝になるのかもしれないなとあらためて感じる。うちの塾はこんな塾ですとシステムの広告を出したり合格実績を大々的に載せるより、ブログを読んでいただければどんな人間が教えているか分かりますからそちらをご覧ください、と言った方が話が早いような気がする。

逆にこのブログの支離滅裂ぶりに、「だめだコリャ」と思う保護者の方がいても不思議はないわけで、それはそれでもっともなことだと思う。全ての生徒や保護者の方と知り合うことは不可能なので、このブログを読んで何かしら波長が合うと感じられた生徒や保護者の方が、連絡や問い合わせをしてくださったほうが私としてもうれしい。縁があれば出会うし、縁がないものは無理に集めてもうまくいかない。

岩手の小さな町の小さな塾だが、小さいからこそ提供できるものもある。ものを教えることには「効率的」に進まない部分がある。「非効率的」であるがゆえに、「手づくり」のような感覚で接している私のような塾にも存在意義があるのだろうと思っている。

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2009年8月18日 (火)

第45回衆議院選挙公示

昨日、日本記者クラブで6党首による公開討論が開かれた。途中から聞いたので各党首の考えを十分に把握できなかったが、こういった公開討論をどんどんしてほしいものだと思った。

お盆休みのときに某テレビ局で行われた6党首討論は中途半端なものだった。放送時間の長さも不十分、各党の政策の根本思想を問うようなツッコミも不十分、党首同士の質疑応答も不十分で見終わったときにイライラしてしまった。筑紫哲也が健在だったらきっとNews23に6党首を呼んで、鋭い質問を浴びせたんだろうなとつくづく惜しまれる。せっかく6党首を呼んでおきながら、なぜ司会役のアンカーマンがイニシアチブを発揮しないのか。どうして本質的な質問をして、各党の哲学やどういう日本にしていくのかというビジョンを問題にしないのか。非常に不満に思った。

われわれ有権者がほしいのは、各党の明確な旗色の違いである。揚げ足取りに終始するような些末なことはどうでもいい。これからの日本をどういう日本にしたいのか。どういう社会を目指そうとするのか。これを明示し、実現するための具体的な方策をアピールしてほしい。特に財源をどうするのかハッキリ示さないと、素晴らしい政策も絵にかいた餅で終わる。

某テレビ局の6党首討論があまりにお粗末だったので、テレビでは十分に分からないと痛感し、各党のマニフェストを読み始めた。マニフェストはWeb上でも入手できるから、投票日までには一通り眺めておこうと思っている。政策を実現するための財源をどうするかも含めて、慎重に各党の内容を吟味して一票を投じたい。

公民で選挙の部分を取り上げるとき、生徒たちには選挙権を持つようになったら必ず投票に行けよと話している。社会に対して不満があるなら投票を通じて意思を表示すべきで、自分が投票しなくても世の中変わらないよというのは違うと思う。有権者の六割を切るような投票率で過半数を集めた政党が政権に就いても、有権者全体から見たら三割弱の支持でしかない。政治家に判断を丸投げして白紙委任するつもりなら棄権してもいいが、やはり自分が任せられると判断した人を代表として国政に送り込むべきだろう。

特定政党の応援を書くつもりは全くない。とにかく投票率が上がることを期待したい。

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2009年8月17日 (月)

江戸的スローライフのすすめ・その14

眠っているときに見る夢が重要な役割を果たす噺が落語にはいくつかある。

まるで「杜子春」や邯鄲の夢の「沈中記」のような人生の転変を味わう「鼠穴」。欲深い男が欲深さゆえに儲け話の夢を見る「夢金(ゆめきん)」。幸福な商家のちょっとしたファミリーアフェアをさらりとしたタッチで描く「夢の酒」。この他にも富くじにはまっている男が夢で見た内容をもとに富くじを買ってみごと一番富を当てる「御慶(ぎょけい)」などという噺もある。

いずれの噺でも夢が重要な役目を負っているが、印象深さという点ではやはり「鼠穴」だろう。立川談志、弟子の立川志の輔が演じたものをそれぞれ聞いたことがある。こういう噺である。

江戸で商売に成功し自分の店を持つ兄の所へ、田舎から弟が頼ってくる。父親から継いだ田畑を元手に兄は江戸へ出て商売を始め成功したのだが、弟は遊興に使ってしまい一文無しになる。兄に泣きついて勤め口を紹介してもらおうと訪ねてみると、兄は自分が元手を貸すから商いをやってみろと勧める。喜んだ弟は兄から借りたお金で商売を始めようと包みを開けて驚く。中には三文の銭しか入っていない。弟は兄を人でなしと恨むが思い直す。その三文でワラを買って銭を通す「サシ」を作って売りに出る。

それから十年、弟は寝る間も惜しんで働き、蔵が三棟もある大店(おおだな)の主になる。結婚し「花」という娘も生まれ、立派な商人として成功をおさめる。ある風の強い日、弟は番頭に三文の銭を包ませ、それとは別に五両を包ませたものを用意させる。兄の所へ十年前に借りた商いの元手を返しに行くという。風が強いから留守の間火事に気をつけろ。蔵のすき間を塗り込める「目塗り」をしっかりしなけりゃいけないが、その時に「鼠穴」も忘れずに目塗りしろと弟は言い置く。

十年ぶりに再会した兄は、なぜあの時三文しか元手を貸さなかったか訳を話す。遊興の癖が抜けきらない様子の当時の弟にまとまった金を貸しても、遊びに使って一文も残らないだろう。ならばと心を鬼にして三文しか渡さなかったと真情を打ち明ける。

弟は兄に対する誤解も恨みも忘れ、兄弟仲良く酒を酌み交わす。夜遅くなり帰ろうとする弟を、久しぶりに再会したんだから今夜は兄弟水入らずで積もる話をしようと兄が引き留める。弟は蔵の鼠穴が気になって仕方ないのだが、火事で焼け出されたら身代をそっくりお前にゆずって自分は番頭になってもいいとまで兄が言うので、結局は泊まることになる。

その晩火事が起こり、方角を聞くと弟の店のある界隈だという。あわてて弟は自分の店に戻り、番頭に蔵の目塗りをしたか尋ねる。しましたという返事に、「鼠穴は?」と重ねて尋ねると番頭はハッとする。鼠穴の目塗りはしていません。あれ程言っておいたじゃないか、と言う間もなく一つの蔵から火が出る。あっという間に三つの蔵が全て焼け落ちる。

焼け出された弟は裏店(うらだな)を借りて住むが、火事のショックもあっておかみさんが病気で寝込んでしまう。弟は九歳の娘、花の手を引いて兄の許へ商いの元手を借りに行く。

五十両貸してほしいという弟に、兄は貸せないと断る。今のお前に貸しても元が取れなかろうと言う。話が違うじゃないか、兄さんが引き留めるから泊まったのにと恨み言をぶつけても、兄は受け付けない。弟は捨てゼリフを吐いて娘と兄の店を出る。

途方にくれた父親に娘の花が、自分を吉原に身売りして商いの元手を作ればいいとけなげなことを言う。孝行娘のかいあって五十両を借り入れた弟は、一人吉原を出る。土手から娘を置いてきた吉原の灯をぼんやり眺めていると、どんと突き当たった男がいる。「気をつけやがれ」と悪態をついて男が去る。ハッとして懐をさぐると五十両を奪われている。

娘に申し訳が立たないと絶望した弟は、死のうと覚悟して枝振りのよさそうな木をみつけ、帯を枝に結びつけてぶら下がる。あまりの苦しさにうなっていると「目を覚ませ」と兄の声がして弟は起こされる。実は火事が起きて蔵が焼けたところから死のうとぶら下がったところまでが夢だったという噺。

「杜子春」や「沈中記」のようなジェットコースター的ストーリー展開である。おそらくこの「鼠穴」という噺一つで、優に映画一本撮れるのではないかと思われるドラマ性がここにはある。

成功することも転落することもどちらも一睡の夢のようなものだ、それがこの噺のテーマなのだろう。人生の深い断面がみごとに切り出されているように思われる噺である。

しまった。「鼠穴」だけで長々書いてしまい「夢金」や「夢の酒」に触れることができなくなってしまった。続きはこのシリーズの次回に。

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2009年8月16日 (日)

白ゆり中2プレテスト実施しました

今年から実施されることになった、中1・中2向けプレテストの第1回を今日16日に実施しました。中1は受験者なしだったので、午後の時間を中2の試験にあてました。

まだ試験を実施していない協賛塾もあると思いますので、試験問題の内容等については触れませんが、予想していたより早く解き終わる生徒が多かったように思います。もう少し問題の分量が多くても良かったのかもしれません。

中1・中2の場合は協賛塾それぞれの日程で一定期間内に実施することになっていますので、早めに実施した当塾は問題も回収しました。答案用紙と成績表が返ってきたときに合わせて問題を渡すことにしております。

各協賛塾に日程をまかせたのはおもしろい試みだと思います。もちろん問題漏洩を防ぐため問題回収等の手間はかかりますが、夏期講習などと重なる時期だけに一律の実施でなくてよかったと思っています。

学び舎では、第2回の中1・中2白ゆりプレテストは3月14日に予定しております。実施期間の最終日となりますが、それ以前は高校受験の中3生の指導にかかりきりですので、どうしても公立入試の後でなければプレテストの実施日を取れそうにありません。申し込みは早めからでもかまいません。詳しくはお電話でお確かめ下さい。

  学び舎  0197-23-2315  (14:00~21:30は確実に在室)

なお、来週の日曜日23日は中3の白ゆりプレテスト第2回の実施日となります。

暑い中最後まで問題を解いてくれた中2生のみなさん、ご苦労様でした。

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古典の底力・その14

前回取り上げた『大鏡』は、帝や藤原氏をめぐるさまざまなエピソードが満載で面白い。

たとえば、語り手である二人の老人、大宅世継(おおやけのよつぎ)と夏山繁樹(なつやまのしげき)はともに百歳を超えるスーパー爺さんたちなのだが、夏山繁樹は養父に七条辺りで実母から買い取られたという話をする。なぜそうなったかというと、繁樹の父親が四十歳のとき五月に生まれたためだという。これは「四十二のふたつ子」という俗信によるらしい。父親が四十二歳の時に二歳になる男児は、父子の歳を加えると四四、つまり死に通じるため嫌われたということのようだ。また五月に生まれた子は成長して父母を害すると信じられていたようである。この五月生まれ云々については漢籍の典拠があるらしいのだが、未確認。

夏山繁樹の場合は、この二つが重なっているため実母は災厄が降りかからないうちに手放そうと思ったのだろう。それにしても七条辺りで養父に買い取られたというのもすごい設定だ。

帝のエピソードでは、朱雀帝が菅原道真の怨霊を恐れ、三歳まで格子を上げず、昼も灯をともして御帳の内で養育されたというのが興味深い。道真公は今では学問の神様として有名だが、最初は祟りなす怨霊を鎮めるために天神様として神様に祀りあげられた。この朱雀帝のエピソードなどを見るといかに藤原氏が道真の祟りを恐れていたかうかがえる。また、この帝の在位中に平将門・藤原純友の乱があり、乱平定の報賽に天慶五年(942)石清水八幡宮の臨時の祭が始まったという。

『蜻蛉日記』の作者、右大将道綱母のもとに通った藤原兼家を外祖父にもつ三条帝のエピソードにも不思議な話がある。三条帝は上皇になってから(実際は譲位する前から)目が見えなくなったらしく、その原因を桓算供奉(かんざんぐぶ)という僧侶が物の怪となって目を見えなくさせているからだという話が出ている。目の病だったのであろうが、物の怪の存在がリアルに感じられる時代だったからこのようなエピソードが残ったのだろう。

さてさきほど朱雀帝の話が出たが、朱雀帝の外祖父が藤原基経であり、その息子たちに「三平」と呼ばれる時平、仲平、忠平がいる。

この三人の息子のうち、左大臣時平が讒言によって右大臣菅原道真を大宰府に左遷し、後に祟られることになる。その道真の神霊が雷となって清涼殿に落ちかかったとき、時平が太刀を抜き放って「次位のものが秩序を乱してはならぬ」と一喝すると、雷となった道真の霊がおとなしく退散したという話も出ている。怨霊となってからも位階序列を乱さない道真の妙な律儀さが印象的な話である。

時平には笑い出すと止まらなくなる癖があったようだ。太政官の主典(さかん)である「史」(書記官)が時平に文書を差し出すとき、屈んだ拍子に放屁して時平を笑わせるという話がある。どうも時平という人はよく分からない人物だ。実際の人物はどのような人だったのか興味深い。

「三平」の中のもう一人、忠平のエピソードを紹介しようと思ったが、例によって長くなりそうなので、次回の「古典の底力」にて。

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2009年8月15日 (土)

秋来ぬと…

カレンダーを見たら「立秋」を過ぎていることにハタと気が付いた。今年は八月七日がそうだったらしい。暦の上ではもう秋である。

    秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

古今集、秋の冒頭に載る藤原敏行朝臣の歌が思い浮かぶ。詞書(ことばがき)にも「秋立つ日、よめる」と短く書いてあるとおり、立秋の日のさりげない感懐である。

この歌は学生の頃から好きだった。まだ暑い盛りで、暦の上で秋と言っても実感は全くないのだが、それでもお盆が終わるころになると朝晩の空気が少しだけひんやりとしてくる。実り始めた稲田の上を渡る風の音もこれまでとは違う感じがする。目には見えないけれど耳は秋の微かな訪れをとらえている。そういう微妙な季節の移ろいを、これ以上ないほど簡潔な表現で定着してみせた歌だと思う。

窓の外から蝉の声が聞こえる。日中のアブラゼミの声は暑苦しいが、夕方になり遠くから聞こえてくるヒグラシの澄んだ声を聞くと、敏行朝臣の歌と同じように夏の終わりを感じさせられる。日暮れどき、一日の終わりという感触が重なるからなのか、よく響くヒグラシの声は微かな寂寥感がつきまとう。

蝉の関連で思い出したが、それにしても松尾芭蕉が山寺こと山形県の立石寺(りっしゃくじ)で詠んだ句はすごい感覚だ。

    しずかさや岩にしみ入る蝉の声

山形の立石寺は鬱蒼とした杉木立の中を石段が続いていく。堂のあるところまで登るのはなかなか大変な石段であるが、そこを登りながら杉木立に響く蝉の声を「しずかさや」と表現したのは芭蕉だからできたことかもしれない。杉木立にすだく蝉の声は、確かに最初はうるさいほどだったのだろうけれど、絶え間なく蝉の声が響くと耳が慣れてきて音がしていることが意識にのぼらなくなる。蝉の声以外に音がしないからいっそうシーンとした感じになる。それを「しずかさや」の一言で切り取って見せてくれたといえるのではないか。

「古典の底力」は『大鏡』の続きを書こうと思っていたので、今日は番外編みたいな記事になってしまったが、敏行朝臣のように季節の移ろいを風の音で感じるのは日本的な感性なのか、それとも普遍性があるものなのか、いつかまた考えてみたい。

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2009年8月14日 (金)

お盆休みの一日

今年は水沢区の各中学校の夏休みが16日までなので、明日15日から通常教室に戻る。16日の午後には中2プレテストを実施する予定である。そういうわけで今年のお盆休みは昨日13日と今日14日の二日だけ。ここ数年で一番短いお盆休みだ。

今朝目が覚めたのは8時過ぎだった。久しぶりに八時間くらい眠ったことになる。いつも六時間くらいの睡眠時間だから、ちょっと長く眠っただけなのだがかなり長く眠ったような気分だ。

目が覚める少し前に夢を見た。以前の記事(こちら)に書いたことのある、中学時代の同級生の夢だ。お盆だから夢に現れたのだろうか、と目が覚めてからぼんやりした頭で思う。明日仕事に向かう前に墓参りに行こうと思っていたのだが、今日行くことにしようと決めた。

朝食を食べて午前10時になると、カミさんが家電量販店にSDメモリーカードを買いに行こうというのでつき合う。特売で2GBのSDカードが580円だという。私も教室用に1枚買うことにする。ついでにぶらぶら店内の家電品を眺め、地デジ対応の液晶テレビのコーナーで店員さんからレクチャーを受ける。あまりに詳しく分かりやすい説明に、「名刺いただけますか」と思わず言いそうになってしまった。大いに勉強になる説明の仕方だった。

うちに戻ると11時半を過ぎていた。一人で近くのスーパーに向かい、ビールのミニ缶と花を買い求め友人の眠る墓へ向かった。田んぼに囲まれた墓地にある友人の墓はいつもと変わりない様子だった。風が強くロウソクに火がつかない。墓石の台座の陰で線香になんとか火をつけ墓に供え手を合わせた。ビールの口を開けて少し墓石の周りにそそぎ、じゃあまた来るよと心の中でつぶやいて杉の木の下に停めた車に戻った。

墓参から戻ると息子がソファーでグダ~っとしているので、「なにかすることはないのか?」と声を掛けると「そのうちなにかするよ」と相変わらずのマイペースな返事。ふだん接する時間が少ないので、今日はこのあと高校野球でも見ながら親子の会話を試みようかと考えている。

と、ここまで打ち込んで保存する前に「記事一覧」を参照しようとうっかりクリックしてしまった。あ、しまった。まだ保存していなかった。ガーン、ここまで書いた記事が…。気を取り直して記憶をたどりながら記事を復元したのがこの記事である。暑さにぼうっとしていたとはいえ、書き込んだ記事が一瞬で消えるとショックが大きい。実はこれで三度目くらいである。たしか以前は保存していない記事から別項目のタブをクリックしようとすると「保存していない記事がありますが」という警告が出たような気がするのだが。いずれにしても転ばぬ先の杖で、途中でこまめに保存するのがいいという教訓になった。

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2009年8月13日 (木)

ライ麦畑のつかまえ人・その3

成熟することを拒み、大人になることへ異議申し立てをするということは、現実には手厳しいしっぺ返しを受けることを覚悟しなければならない。

「もっと大人になれ」という妥協を強いる叱声を甘んじて受けなければならないということだ。きれいごとや正論だけで世の中を渡っていけると思ったら大きなまちがいだ。何度もそういう言葉を聞かされた。確かに現実の社会で生きていくのには妥協や馴れ合いが必要なことなのかもしれない。しかし、そのように言う「大人」たちの顔がいっこうに楽しそうでなく、人生の肯定的側面をいきいきと語ることなど耳にすることがなかった。

むしろ、ひと言もそのようなことを言わなかった大人たちの方に魅力的な人が多かった。以前の記事(こちら) で紹介した仙台のジャズ喫茶Countのオーナーの福原さんや同じく仙台のジャズスポットKellyのマスターである松田さんは、自分で人生の楽しみを見つけることを知っている人たちだった。こういう大人になれたらいいなというお手本であり、こんなふうになるなら大人になることも悪くないなと感じさせる人たちだった。

「子どもの目」と「子どもの心」を失わずに生きていくことがいかに難しいことか。あきらめや無力さや徒労感といった負の感情が酸のように日々心に浸透してくる。現実に毎日子どもたちと接する仕事をしていなかったら、たぶん負の感情に浸食されてボロボロになっていたかもしれない。違和感に耐えきれず自分の殻に閉じこもってしまうか、苦虫をかみつぶした大人の論理の軍門に早々に下って要領よく立ち回るか、いずれにしても自分の望まない生き方を選ばざるを得なかったかもしれない。

だが幸いなことに、あるいは必然的にと言うべきなのだろうか、私は子どもと接する仕事に就き「ライ麦畑のつかまえ人」であり続けることが可能になった。四半世紀もそうやって暮らしてくることができた。子どもの世界と大人の世界の境界に立ち、大人の側からはちょっと「変わった人」、子どもの側からは「変な大人」と見られているのだろうと思う。

美しいものを見ると何であれ心がときめく。肩書きや役職には興味がない。その人の「核」にしか興味がない。見た目の奇抜さや目新しさに惑わされず、ものごとの本質だけに目を向けていたいと思う。よけいな前置きなどなくいきなり核心部に切り込んでいきたい、表層の奥にある哲学を、根源の思想を知りたいと思う。

先入観や経験値に曇らされることなく、むき出しの新鮮な経験としてものごとに接することができたらと望んでいる。「慣れ」ることで「馴れ」てしまいたくない。初めて世界に触れる子どものような新鮮なまなざしで人やものごとに向き合いたい。

「ライ麦畑のつかまえ人」でいられるのは、何よりも子どもたちがいてくれるからだ。彼らがいなければ、私は自分の望んでいたような生き方を手にすることができなかっただろうと思う。これまで近くにいてくれた子どもたちにも、これから出会う子どもたちにも深く感謝したい。君たちのおかげで私は私でいることができる。ありがとう。

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2009年8月12日 (水)

ライ麦畑のつかまえ人・その2

二十歳を迎えた日、私は故郷から離れた街に一人暮らしていた。故郷で行われた成人式の集いは、大学の冬休みが明けたことを理由に出なかった。中学、高校時代の同級生たちと顔を合わせることがなんとなく気が重かったのだ。友だちの少ない孤独な若者だった私は、一人で映画館に行き、ライアン・オニールが主演した派手なカーチェイスシーン満載の映画を観た。イザベル・アジャーニが出ていたので観ようかと思ったのだった。見終わって映画館を出ると近くの大きな書店に入った。二十歳の記念に一冊の本を買おうと思った。

じっくりいろいろなコーナーを行ったり来たりして手に取ったのがジャン・コクトーの『オルフェ』だった。モスグリーンの箱に入った戯曲で、目に入った瞬間手を伸ばしていた。箱から本を取りだし表紙をめくり、献辞に目を留めた。コクトーが友人の子どもたちに触れてこう書いていた。

彼らがいつまでも子供らしさを失わないようにとせつに祈り、…

『ライ麦畑…』のホールデン・コールフィールドの決意があらためて重なってくる。私は迷わずその本を買い求めた。

コクトーの『オルフェ』はオルフェウス神話をもとにした戯曲だ。黄泉の国まで亡き妻をたずねていく話は古事記の話に似ていて、文化や民族をこえた神話の類型性を感じさせる。その戯曲そのものも面白かったが、やはり献辞に書いてあったひと言がいつまでも心に残り、折にふれて浮かんできた。

子どものような好奇心を持ち続けること。子どものように柔らかな心を失わないこと。子どものように物事の本質に目を向けること。功利や打算に馴れてしまわず「王様は裸だ」といつでも言える状態でいること。そういったことが私の望むものになっていった。

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2009年8月11日 (火)

ライ麦畑のつかまえ人・その1

サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の原題は"The Catcher In the Rye"である。主人公のホールデン・コールフィールドが物語の終盤近くで妹のフィービーから兄さんは何になりたいのと聞かれ、「ライ麦畑の"つかまえ人"、そういうものに僕はなりたいんだよ」という箇所がある。

しかし『ライ麦畑のつかまえ人』では、日本語タイトルとしてどうか。どうも間の抜けた感じのものになってしまう。だから訳者の野崎孝さんは『ライ麦畑でつかまえて』としたのだろう。

村上春樹氏の新訳が出たことはだいぶ以前に耳にしていたが、最新長編『1Q84』ともども読んでいない。ただ、村上氏も『ライ麦畑でつかまえて』のタイトルはそのまま踏襲していたように思う。

『ライ麦畑…』を最初に読んだのは大学生の頃だった。一読してすぐJ・D・サリンジャーの世界に引き込まれてしまった。ああだこうだグズグズ言いながら逃げ回っている主人公のホールデン・コールフィールドの姿は、モラトリアム状態にある学生の自分と重なりあい、その心理の微妙な揺れに妙に共感を覚えた。

前述した「ライ麦畑のつかまえ人」になりたいというホールデンの科白は、なぜか頭の片隅に居座り続けた。広いライ麦畑で小さい子どもたちが遊び回っている。その子どもたちがライ麦畑から危険な世界に転げ落ちていかないように、僕はライ麦畑の境界に立ち「そっちに行くとあぶないよ」と子どもたちをつかまえる人間になるんだ、そうホールデンはつぶやく。

大人の世界と子どもの世界の境界で生きていこうという決意の宣言みたいなものだ。成熟することの拒否。大人になることへの異議申し立て。ホールデン自身は決してしっかりした人間でもなければ、強い人間でもない。だが、「つかまえ人」になるのだという決意は揺るがない。この一点においてホールデンの選択は、私自身の選択と重なっていく。

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2009年8月10日 (月)

うーむ、これは…

以前の記事で書いたように、今年は遠隔地からの問い合わせが多い。

過去に金ヶ崎中の生徒が在籍していたので、金ヶ崎の生徒や保護者の方から連絡をもらうことはこれまでもあった。しかし、それ以外の遠い地区の生徒から問い合わせが来ることはほとんどなく、地元東水沢中か水沢南中の生徒が大半を占めている。

それがどういう訳か、この夏は衣川中や南都田中など教室に一度も在籍したことのないところから受講しに来ている。チラシも出していないし、このブログくらいしか宣伝媒体のない私の塾になぜまた遠くから?

衣川中は同じ奥州市とはいっても、すぐ隣は平泉で、水沢区の塾を選択するより近いところの塾を選択する方が多いのではないかと思う。それが立て続けに夏期講習の受講者や問い合わせが来るようになり、ありがたい話だが面食らっている。もしかすると安倍宗任氏が「架空対談」出演のお礼に生徒を紹介してくれているのだろうか、と冗談のようなことまで思い浮かぶ。なんといっても衣川といえば安倍氏の本拠地である。

いずれにしても今まで在籍したことのない中学の生徒がいると、いろいろ刺激になって面白い。各中学の独自色というのか微妙にささいなことが違うので、ふーんそうなんだ、と興味を引かれることも多い。地元の東水沢中の生徒にとっても、刺激になることがあるだろうと思うのでさまざまな中学校の生徒が混在している状態は面白いかもしれない。

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2009年8月 9日 (日)

わが相棒

高校教室の数学指導を除き、中学生と高校英語・古典・小論文の指導は私が一人で担当している。事務の仕事も経理の仕事も雑用もすべて私が処理している。個人事業主とはこういうことなのかと独立したばかりのころは思ったものだが、一人でやっている気楽さもある。

その私の片腕となって大活躍してくれているのが、京セラのレーザープリンタEcosys LS-6950DNである。このプリンタはすごい。モノクロプリンタで1枚0.6円というトナー代も安いが、何よりもプリンタドライバがよくできている。

たとえばA4サイズ原稿2枚をB4サイズ1枚に縮小して集約し、両面印刷するとかはプリンタドライバからの指示で簡単にできてしまう。しかも部数単位での印刷にしておけば、そのまますぐに綴じることができる。2枚いっぺんに紙が送られたり印刷ミスしたりということがないので、使い方に慣れると作業効率が飛躍的に上がる。

用紙サイズの選択だけはうるさいので、これをまちがえると機嫌を損ねてしまう。このコツを飲み込むのに少し時間がかかった。プリンタドライバの設定はかなり細かいさまざまなところまで指示できる。きちんと整合性のある指示を出す点だけ気を付ければ、プリンタドライバのもつ能力は相当高い。

夏期講習時の必要プリント類ももちろんこの京セラのプリンタで作った。とにかく作業は楽だった。私はプリントアウトされたものを1冊ごとにホチキスで留めていくだけ。バラバラに印刷したものを1つにまとめる作業がないというのは本当に楽である。

このプリンタは、以前在籍していた生徒のお父さんが扱っていた製品で、「いいですよ、このプリンタは」というひと言に乗せられてリース契約したものだ。まだリースは残っているが、もう他のプリンタは使えないかもしれないと思うくらい満足している。といって別に私は京セラの回し者でもなく、お金をもらっているわけでもない。しかし、コピー機が1枚6円だったことを考えるとその10分の1の経費で済むのもありがたいなあと本心から思っている。

現在コピー機はファクス受信機として主に使っている程度だ。数学の講師にはコピー機を使ってもらっているが、私自身はコピーのためにコピー機を使わなくなってしまった。パソコンの原稿は当たり前として、コピーの必要なものはスキャナで読み込んでプリンタで印刷という手順を踏んでいる。一度読み込んでしまえば何度でも同一原稿をプリントアウトできる点も便利だ。唯一の難点はスキャナの読み取り速度が遅いことだが、まあこれも程度問題である。最近では私の方がスキャナの速度に慣れてしまって遅く感じなくなってしまった。

家電量販店で店頭に並んでいるA3モノクロレーザープリンタと比較すると、単純に5倍くらい価格は高い。だから購入するのはためらわれるかもしれないが、リース契約であればコピー機よりもはるかに短い期間ではるかに安くリースできる。プリントアウトの枚数が多いところには向いているのではないかと思う。かなり酷使してもびくともしない堅牢な設計もうれしい。

とにかく自分が思ったとおりの印刷物を作れる点が何よりである。サイズ、両面、集約印刷とイメージしたとおりのプリントになる。そういう意味でこのプリンタは私のよき「相棒」である。相当重いので、いざというときに持って逃げるわけにいかないのが残念である。

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2009年8月 8日 (土)

あ、本田先生の本だ

親父ギャグそのままのタイトルをお許しいただきたい。ブログを通じておつき合いいただいている山口のみかみ塾-本田屋の本田先生が本を出された。『君の成績をぐんぐん伸ばす7つの心のつくり方』(本田篤嗣 著・総合法令出版)である。

こういう本を待っていた。大人に向けたさまざまな啓発書は山のようにある。しかし、中高生が読むことを前提に、「成績を伸ばす」ために必要な「心の持ち方」や「ものごとのとらえ方」にポイントを置いて書かれたものはほとんどないのではないだろうか。

この本田先生の本がすばらしいのは、単なる技術や表面的なノウハウを教えるのではなく、技術を使う前提となる「考え方」や「こころの持ち方」をどのようにして身につけていけばいいのかを具体的に教えてくれるところだ。

さまざまな啓発書に盛られている内容を、教室に来ている生徒に形を変えて伝えたいものだと思ったことがある。系統もなく断片的に、しかも散発的に話をしたりすることもあったが、なかなか子どもたちにうまく伝えることができなかった。この本はまさに欲しかった一冊である。ここのところ連日、暇さえあれば本田先生のこの本からそのまま抜き出してトークに使わせていただいている。保護者へ連絡する文章にも利用させていただいている。そのくらい、至るところに的確なアドバイスが多く載っている。

『7つの心』のうち、前半の4つは具体的な話で、中高生には分かりやすく実践しやすいスキルが紹介されている。しかし真骨頂は後半の3つだと私は思う。「言葉」「感謝」「信念」に支えられてこそスキルは生きるのであって、スキルだけ独立してあるのではない。いや最初はスキルだけから入ってもいいのかもしれない。スキルから入っても本田先生の説くところは「言葉」「感謝」「信念」というものへ結びついていくので、単なるテクニックだけを覚えるような薄っぺらなものにはならない。

さまざまな国際的意識調査の結果などを見て、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが気になっていた。自分のあり方に誇りが持てない、自分が好きになれない、そんな子どもが増えているのは悲しむべきことである。この本を読んで自分のことを信じる気持ちを持つ生徒が一人でも多く増えてくれたらいいなと思う。

だれもがイチローのようになれるわけではない。それでもイチローが自分自身を信じて結果を出してきたように、自分自身を信じることはできるはずだ。私たちがともすれば教えることを忘れがちな「誇り」の大切さをこの本は教えてくれる。

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2009年8月 7日 (金)

花火の記憶

昨日は奥州市水沢区の花火大会の日だった。去年ブログに「遠い花火」 という記事を書いてからもう一年になるのか、と教室の窓から花火を眺めながら思っていた。

一関市川崎地区の花火大会が経済情勢の厳しさを受けて今年は取りやめになったと聞く。奥州市水沢区も景気がいいわけではない。どうだろうと思っていたが、例年通り上がっている。去年より心なしか上がる数が多いような気さえする。景気がよくないときだからこそパアッと景気づけに、ということで多くなったのだろうか。少し早めに終わったようではあるが、雨にもあわずまずまずの花火大会だったのではなかろうか。

雲間隠れに満月が見え、その下に大輪の花火が開いていく様子は何とも不思議な眺めだった。晴天の夜、降るような星空に上がる花火を眺めるのもいいものだが、昨夜のような曇天の花火も風情があるものだ。

花火を一番最初に見た記憶はいつだったろう。おそらく小学校の一年生くらいのころではなかったか。秋田の母の実家をお盆で訪れたとき、横手の花火大会を見に行ったのだと思う。大工の棟梁だった母方の祖父が健在のころだ。私は初めて見る花火に興奮していた。大勢の人ごみの中、迷子にならないようしっかり手を握ってもらい、大きな音と空気を伝わる振動とともに大輪の花火が開くのを飽きずに眺めた。

歩き疲れた私を途中から祖父が背負ってくれた。祖父にとって私は初孫だった。もちろん外孫ではあるが、初孫であることで私は母方の祖父母からかわいがられた。祖父は口数の多い人ではなかった。それでも私や妹にはいろいろな話をしてくれた。今思い返すと、とても大事にしてもらったのだとよく分かる。

花火大会が終わって母の実家に戻るときも私は祖父に背負ってもらったままだった。たぶん途中で眠ってしまったのかもしれない。それでも花火の記憶は鮮明だ。夏休みの図画の宿題にも迷わず、横手の花火大会の絵を描いた。

それからいくつもの花火を見てきた。忘れがたい花火の一つは、産婦人科の窓越しに見た花火だ。私の住む北上市は8月に「みちのく芸能まつり」と銘打って毎年、郷土芸能の公演パレードを中心とした夏祭りを行っている。この祭りは三日間続くのだが、最終日に北上川で花火大会が行われる。子どものころから何度も見てきた花火だ。川面には無数の灯籠が流される。以前はお盆の時期に行われる花火大会だった。

その年の夏、身ごもった妻が流産のおそれがあるからと産科に入院することになった。私は以前勤めていた塾の夏期講習を終えて、妻のいる産婦人科へ向かった。ちょうど花火大会の日だった。病室で話をしていると花火の上がる大きな音がし始め、そうだ今日は花火大会だったと思い出した。帰りがけに2階の廊下の窓から、打ち上げられる花火を眺めた。暑い夏だった。窓を振るわせて大きな花火が夜空に開いていく。子どもが無事に生まれてきますように。ぼんやりと花火を眺めながら、それだけを祈っていた。妻は暑い夏の時期を産科で過ごし無事に退院できた。

頭上に大きな音とともに開く花火を見上げるのもいいし、遠くに上がるどこかの花火をぼんやりと眺めるのもいいものだ。生徒がみな帰ってしまった教室からぼんやりと花火を眺めていると、さまざまな思いが去来して感傷的な気分になる。花火を見るといつもどこか少し寂しくなってしまう。ああ、もうじきお盆になる。夏が少しずつ過ぎてゆく。花火が闇の中にすうっと消えていく様を見ながらそんな思いに包まれる。一年が過ぎ、季節は確実に動いている。

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2009年8月 6日 (木)

なんといきなり長崎勢

夏の甲子園の3回戦までの組み合わせが決まった。花巻東高は三日目に長崎代表の長崎日大高と対戦する。

春の優勝校長崎・清峰高を破った長崎日大高といきなりの対戦だ。清峰高の今村君に勝った長崎日大の打線は「派手さはないが好機に強い」という。ワンチャンスあればしっかり集中して点を取れるチームのようだ。

岩手県大会の準決勝で盛岡中央高に勝った後、花巻東高の佐々木監督は「うちは攻撃のチームと思われていますが、守りのチームです」とインタビューに答えていた。花巻東高も打撃が売り物のチームではなく、チャンスできちんと取れるチームだと思う。

となると長崎日大高との対戦は、投手戦の様相を見せるかもしれない。1点を争う緊迫した試合展開になるのではないだろうか。当日は朝から夏期講習で教室にこもりきりなので、試合は見られない。が、春の準優勝チームと優勝校に勝ったチームの対戦はいい試合になるだろと期待できる。

東北勢初の優勝旗は、東北人の悲願である。花巻東高には大きなプレッシャーがかかるだろうが、春の大会以上に楽しんできてほしいと思う。一戦勝ちあがることにじわりじわりとその強さを示した春の選抜大会のように、のびのびと自分たちの力を示してきてほしい。

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2009年8月 5日 (水)

曜日の感覚がない

今日から、夏期講習期間の折り返しに入る。7月29日の水曜日に中1・中2のゼミが始まり、中3のくり上げ講習も始まって昨日でちょうど一週間。来週の火曜日、8月11日で終了となるので、やっと後半戦突入だ。

それにしても曜日と日付が分からない。ええと、今日は水曜日なんだっけ?昨日は高校教室があったから、そうだ火曜日だ。ということは今日はまちがいなく水曜日だな。教室には4枚もカレンダーがあるのに、夏期講習が始まるとみごとに曜日の感覚がなくなっていく。

思うに朝から夜まで一つの教室にいて、缶詰状態で指導しているからなのではないか。窓の外の明るい暗いで時間の経過を知るのだが、日差しが強くなる昼過ぎぐらいからはブラインドを降ろすので、ますます外の時間変化と切り離された感じが強くなる。

この時期になるといつも曜日感覚がなくなってしまい、うっかり勘違いしてご迷惑をおかけすることもある。生徒や保護者の方に連絡するときは、何度も確認してからでないと安心できない。

さて、あと一週間。後半戦もしっかり乗り切らないと。

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2009年8月 4日 (火)

Spider's Thread

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」でお釈迦様は一言もことばを発しない。カンダタが「この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ」と言いながら下りろとわめき散らし、ぷっつりと蜘蛛の糸が切れて真っ逆さまに地獄に堕ちていくときも何も言わない。

考えにくいことだが、カンダタが後からのぼってくる罪人の連中に「お前たちもいっしょに極楽へ行こうな」と声をかけていたらどうだったのだろう。おそらくその時点で仏性を認められて即座に極楽へ引き上げられたのではないか。

ところがカンダタは根が救いがたい悪党である。どうみてもそのようなことは言いそうにない。とすればお釈迦様は、最初からカンダタがこういう行動に出ることまで織り込み済みでわざと蜘蛛の糸を降ろしたのだろうか。それならお釈迦様も人が悪い。可能性は低いが、とりあえずちょっと試してみるか。そんな感じがしないわけでもない。

お釈迦様か神様か分からないが、時折何者かに試されているのではないだろうかと思うことがある。逆境にあるときはもちろんだが、順境にあるときも何かだれかに試されているような感じを持ったりする。順境だと思って少し図に乗るとカンダタのようにプツッと糸を切られる。順境のときは順境のときでどう過ごすのかが問われているのだろう。持ちつけないお金を持った成金のような心持ちで順境にふんぞり返っていると、足許をすくわれるよ。そんな声がしそうである。

逆境のときはもちろん自分が試されているからこうなんだと考える余裕などない。後から振り返ってそう思うだけだ。いくらもがいても前に進まない。やることなすこと裏目裏目に出る。なぜ自分だけこんな目にあうのか。そう思いたくなるのが逆境なのだろう。だが、そういうときこそ、できることやすべきことを地道に重ねていくべきなのだと思う。植物が地下に根を伸ばしていくように、深く深く確実に自分を支える土台をつくる。意味のないものや意味のないことはない。どこかで反転したとき深く地に張りめぐらされた根が順境に入った幹を支え、揺るがない姿を作り出す。

ところで、お釈迦様の降ろした蜘蛛の糸はカーボンナノチューブでできていたのだろうか。ふと余計なことまで想像してしまう。

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2009年8月 3日 (月)

架空対談:藤原経清氏と振り返る「前九年の役」・その11

(「架空対談」の全文はこちら
(前九年の役の概略は「架空対談をお楽しみいただくために」をご覧下さい)

学び舎:少し間隔が開いてしまいましたが、今日も経清さんと宗任さんをお迎えしております。どうぞよろしく。
宗任 :この前が衣川関陥落の話で、今日は何だっけ?
学び舎:ええと、鳥海(とのみ)柵の件です。
宗任 :なんか負け戦の話だからなぁ、盛り上がりに欠けるんだよね。
経清 :何から話せばいいでしょうか。

学び舎:まず国府軍は旧暦九月七日に胆沢郡白鳥村に入り、続いて大麻生野柵と瀬原柵を落とします。九月十一日の夜明けに国府軍は鳥海柵へ押し寄せてきますが、白鳥村から鳥海柵までって距離にして二十㎞あるかどうかの近さです。それなのに四日もかかっているのはなぜなんですか?
経清 :おそらく兵粮の関係だと思います。衣川関を破った後、これから「奥六郡」と呼ばれた安倍の本拠地内部に踏み込んでいくわけですし、十分な兵粮を確保しておかないと北上するのが難しいと考えたのでしょう。
宗任 :まあ、磐井郡までとは話は違うわな、そりゃ。
学び舎:なるほど。すると兵粮を整えるのに数日かかったということですか。
経清 :後方からの輜重隊を待ったのかもしれません。

学び舎:さて鳥海柵ですが…。
宗任 :鳥海柵跡にさ、行ってみた?
学び舎:ええ。何度か行ったことがあります。
宗任 :東北自動車道のすぐ近くだろ?国道4号線の金ヶ崎大橋からの眺めがいいよなぁ。
学び舎:よくご存じで…。
宗任 :あそこはいい柵だったのよ。何といってもこの宗任さんの守る柵だからねぇ、そんじょそこらの柵とはわけが違う。
経清 :深い堀もあり、台地状の土地にそびえる大きな柵は壮観でした。
学び舎:相当大きな柵ですが、この柵が安倍氏の政治・経済・軍事の中心的な柵だったのではないですか。
経清 :そうです。鎮守府の建物はとうに無くなっていましたから、鎮守府が持っていた統治機能は鳥海柵と安倍が肩代わりしたようなものです。
宗任 :親父が安倍富忠の伏兵に深手を負わされ、運び込まれて亡くなったのもここだった。

学び舎:そうでしたね。その鳥海柵に国府軍が攻め込んでみると中はもぬけの殻。これはどういうことだったんですか。
宗任 :わざと明け渡したんだよ、無傷で。
学び舎:え?だって鳥海柵は安倍氏の最重要拠点じゃないんですか?
宗任 :だから明け渡したのよ。お前さんも、のみ込みの悪い野郎だねぇ。いいかい、この柵には有りとあらゆる書類やら台帳やらがあったんだ。一時明け渡しても、いずれ俺たちは取り返すつもりでいたから、そのままにしておいたんだよ。ここを戦場にして小松柵みたいに灰にしてみろ、取り戻してからが大変だろ。だから無傷のまま一旦将軍さんに貸しとこうかって思ったわけ。
経清 :主戦論ももちろんあった。鳥海柵を一戦もせずに明け渡すという法はなかろうという強硬な声も上がったが、私たちが説得したのです。
宗任 :「私たちが」って、ほとんど俺が説得したんじゃねえか。
経清 :お前一人ですべて事を運んだわけじゃないだろ。あちこちに声を掛けたのは私も同じだ。
宗任 :ああ、そうですか。そいつはご苦労様でしたね。へっ、せっかく酒を用意させてひと騒ぎしてから離れようと思ったのによ、国府の連中が迫ってるから早く抜け出せってうるさく言いやがって。
経清 :あ、お前そんなケチなことを根にもってたのか?どうしようもないね、まったく。
宗任 :長年世話になった鳥海柵に別れを告げる前に、みんなでドンチャンやりてえってのは当たり前じゃねえか。それを、やれ急げ、遅れると大変だぞとか触れ回るからみんなあわてたんだ。
経清 :実際すぐそこまで来ていただろうが。
宗任 :だけどよ、何もみすみすうまそうな酒を国府の連中に飲ませることはなかっただろって話だよ。

学び舎:源頼義将軍は酒に毒が仕込んであると思ったようです。
宗任 :せこい爺さんだよ、全く。毒味かなんかさせたんだろ、きっと。
学び舎:いえ、それが雑用係の連中がうまそうな酒に我慢できず、飲んでみたらしいんです。ところが何ともないので、それじゃあみんなで一杯やろうかということになったようですよ。
宗任 :ふーん。ほんとに毒でも仕込んどけばよかったな。
学び舎:その時に頼義将軍が清原武則さんに向かって「長年、鳥海柵の名前は聞いていたがその実際を見ることが出来なかった」と感謝の言葉をかけているんですが、鳥海柵を見たことがないというのは本当だったんですか?
宗任 :たぶん本当だろうな。頼義のおっさんが陸奥守の任期が終わる間際に鎮守府の府務を処理しに来たときも、鳥海柵周辺は見せなかったのよ。
学び舎:そんなことが可能だったんですか。陸奥守で鎮守府将軍が見たいといったら見せないわけにはいかなかったと思うんですが。
宗任 :ところがさ、そんときは親父が接待攻勢に出て将軍にも部下の連中にも十分すぎる鼻薬をかがせてやったから、言い出しにくかったんだろ、きっと。金やら馬やら琥珀やら山と積まれてしまったら無理に見せろとはねえ、言えねえだろ。
学び舎:なるほど。
宗任 :それもあったから、鳥海柵に入ったときはよっぽどうれしかったんじゃないの。

学び舎:その後、勢いがついた国府軍は、正任さんの黒沢尻柵を落とし鶴脛(つるはぎ)柵・比与鳥(ひよどり)柵と立て続けに攻め落としていきますが。
経清 :鳥海柵を手放した時点で決戦の地は厨川柵と決めていました。貞任殿には迎え撃つ支度をお願いして先に入ってもらっていましたし、他の柵を死守するつもりはありませんでした。
宗任 :お前は柵主じゃねえから、あっさり「死守するつもりはありませんでした」なんて涼しい顔で言えるだろうけど、正任にしたってその部下の連中にしたってだれ一人好きこのんで柵を手放した奴はいねえんだぜ。鳥海柵みたいによ、後から取り返すことが決まっていたっていい気持ちがしなかったんだ。まして明け渡した後どうなるか分からない柵を守っていた連中の気持ちになってみろってんだ。
経清 :私だって平気だったわけじゃない。しかし戦況を見渡してみたら、戦力を各柵に分散しておくより厨川柵に集結して守り抜くという策しか思いつかなかったのだ。
宗任 :言いたいことは分かるさ、俺にもな。だけどよ、理屈で分かることと気持ちで分かることとは違うんだよ。頭の中じゃ、仕方がないと思っている。でもな敵が攻め込んできて自分の柵が奪われていくのを黙ってみていろって方が酷じゃねえのか。
経清 :分かるけれども、それを認めるわけにはいかなかった。厨川柵には将兵だけが逃げ込んだわけではないんだ。我々を信じて付き従ってくれた民を守らねばならなかったのだ。
宗任 :知ってるよ。鳥海柵を明け渡す前に策を練ったとき、散々議論し尽くしたことだからな。お前の考えの方が冷静に考えれば正しいんだろ、たぶん。それでも肚の底から納得できねえ奴もいたってことよ。口惜しいじゃねえか。むざむざとよ。
経清 :(学び舎に向かって)今日はここまでにしませんか。
学び舎:そ、そうですね。では、次回からいよいよ厨川柵の攻防に入ります。またよろしくお願いします。
宗任 :厨川柵か、ついに。
経清 :では、また。

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2009年8月 2日 (日)

毎年のことではあるのだが…

以前勤めていた塾の夏期講習が終わったとき、ある若い講師が「こんな修行僧みたいな毎日をいつも続けているんですか?」と言ったことがある。

当時の夏期講習も、朝8時過ぎくらいに教室に入り中3の指導が終わると続けて中1・中2の指導に入り、さらに講習を受けていない生徒がいれば普段の教室時間に通常教室の生徒もやってくるという状態だった。まるまる12時間くらい教室にいて、昼食時の数十分(40分くらいだったろうか)が唯一の休憩時間だった。

個別形式ではなく、一斉授業で夏期講習を開いていた時期もあったが、基本的に少ない講師数でカバーするため一人当たりの負担が大きかった。そこで上記の感想となったわけだ。

今の教室で個別形式の夏期講習を開くようになってからも、朝から晩まで教室に入り浸りである点は変わらない。基本的に私が一人で教えているので、だれかに指導を変わってもらうわけではない。朝8時過ぎに入室して夜10時近くまで13、4時間教室で指導したり、雑用を片付けたりしている。

エアコンが効いた教室の中で過ごすのだから文句は言えないが、そもそもエアコンが嫌いなので体調が微妙にずれてくる。大都市のとてつもない暑さにくらべたら、岩手の夏はお話にならないくらい「涼しい」のかもしれない。それでも自転車をこいできた生徒や暑がりの生徒は、エアコンの設定が高めだと「先生、あつい~」とブウブウ言う。本当は窓に簾でも下げて自然風を入れて涼みたいくらいなのだ。ただ、夜になると照明器具に無数の虫が集まってくるので、どうしても窓を閉め切ってエアコンの世話になる。

この一、二年は自分があまり体力的にきつくない人数の生徒しか見ていないので、「修行僧みたいな毎日」ではなくなっている。それでも夏期講習が始まると、普段より目を配らなければならないことが増えるので、物事の処理や判断はいくらか速くなる。朝から晩まで夏期講習のこと以外は手をつけられないし、そもそも教室から出られない。

今年は少し空き時間が出来ると、ブログの原稿を打ち込んだりしている。というかブログの原稿を書くために空き時間を見つけているという、困った状態だ。まだ始まったばかりで、これから十日以上夏期講習期間が続く。生徒はところどころで休講日があるが、私は休み無し。これも毎年のことではある。

今日は午前の授業がない数少ない午後入室の日なのだが、早朝に地区の道路清掃がありゴミ拾いをして歩いた。少し休んでから教室に向かうつもりでいる。

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2009年8月 1日 (土)

古典の底力・その13

清少納言が仕えている一条帝中宮定子のもとへ、時折兄弟の伊周(これちか)と隆家が遊びに来る話は『枕草子』にも出てくる。定子も伊周、隆家もみな関白道隆の子どもたちである。特に漢学の才豊かな定子は一条帝に愛され、道隆存命中はそのうしろだてもあり、中宮定子周辺は活気のあるさまを呈していた。

ところが、父道隆が急逝し、一条帝の母詮子の支持を取りつけた道長が権力争いに勝つと入れ替わって道長の娘彰子のサロンに優秀な女房たちが集められ、一条帝のお出でになる機会も多くなる。

この道隆の急逝に関しては、『大鏡』によると当時蔓延した流行病ではなく、酒の飲み過ぎ(あるいは糖尿病とも)で亡くなったらしい。小一条大将済時(なりとき)、閑院大将朝光(あさみつ)らが飲み仲間で、大酒していたようだ。ただ、道隆は酔いから覚めるのも早かったというエピソードも載っている。その道隆がいよいよ臨終という時、飲み仲間の済時や朝光らも極楽にいるだろうかと言ったそうで、いやはや何とも心配する事柄が違うだろうとつっこみをいれたくなる。

道隆が関白だったころ、不遇だった道長がふらっと道隆邸に現れ、伊周の主催した二条邸南の院での弓遊びに加わるという話が『大鏡』にある。教科書にもよく載っている競射のくだりである。ここでの道長はふてぶてしいまでの自信にあふれ、いずれ自分が権力を握るのだというギラギラした意志をむき出しにする。

道長の矢数が伊周を二つ上回ると、関白道隆はあともう二回延長なさいと横車を押す。不満に思いながらも道長は「ならば、延長なさい」と同意する。しかし、射る段になると「道長の家から、帝や后がお立ちになるはずのものならば、この矢当たれ」と言って射る。放たれた矢は的の真ん中にあたる。伊周はその勢いに臆してとんでもないところに矢をはずしてしまう。その次の矢を射るときにも道長は「自分が摂政・関白になるはずの運命なら、この矢当たれ」と言い、的が破れるばかりに同じ真ん中に当ててしまう。思わぬ事態の展開に関白道隆は蒼白になり、矢を射ようとする伊周を「なんで射るのか、射るんじゃない」と制し、興ざめした雰囲気のうちに競射は取りやめとなる。

『大鏡』ではこういう描写である。ところが、この話は二人の年齢差から現実性に欠ける話で、伊周の卑小さ、道長の豪胆さが誇張増幅されて語られているのだそうだ。女院詮子の石山詣での際の伊周と道長のやり取りなど、他の話でも道長と対照的に伊周が卑小化されている。しかし伊周の実像はこれらと異なり、朝廷の評議の場である「杖座」で道長と激論を戦わすなどの一面もあったという。

赤染衛門が書いたと言われる『栄華物語』であれば、中宮彰子付きの女房が書いた話だから道長びいきの記述に傾くのはやむをえない。しかし道長に対しても少し距離を置いて批判的に見ているとされる『大鏡』でさえ道長の姿を誇張し大きく描くとなると、藤原氏の頂点に立った道長の権力の大きさが影響しているのだろうかと思ってしまう。

『大鏡』には、道長と伊周の確執を描く話がいくつか載っているが、その他にも藤原氏にまつわるさまざまなエピソードが面白い。長くなるので、他のエピソードの紹介は次回の「古典の底力」で。

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