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2009年7月25日 (土)

花巻といえば

昨日の高校野球岩手県大会は、花巻東が盛岡一に2-1で逆転勝ちし甲子園への出場権を手にした。選抜の時と同じように、花巻東には旋風を巻き起こしてほしいと思う。

ところで岩手以外の人にとって「花巻」と聞くと何を思い浮かべるのだろう。

やはり宮沢賢治だろうか。それとも花巻温泉。地元に住んでいるとどちらも近すぎてうまく距離が取れない。大学生のころ、岩手の出身だと告げると「じゃあ宮沢賢治や石川啄木のことは詳しいよね?」と必ず訊ねられた。詳しいも何も、こちらはきちんと読んだことがなく、いつもしどろもどろになりながら言葉を濁していた。

全国には驚くほど熱心な宮沢賢治のファンがいることも、そのころ初めて知った。さすがにこれはマズイとあわてて文庫本の宮沢賢治童話集を買ってきて読み始めた。読み進めるうちに、ああ、これは知っている話だというものが多かった。小学校、中学校を通じて賢治の作品に接する機会が実は多くあったのだ。

それは国語の時間だけに限らず、たとえば中学の美術の先生は、賢治の童話を題材にわれわれに絵を描かせたりした。小学校の遠足で花巻へ行き、昔の小さな記念館で手帳の頁に鉛筆で書かれた「雨ニモマケズ」の直筆原稿を見学したりもした。現在は花巻郊外の胡四王山(こしおうざん)に立派な賢治記念館ができており、その直筆原稿もそちらに収められているはずだ。

賢治童話の中から一つ挙げなさいと言われたら、大概の人は「銀河鉄道の夜」と言うかもしれない。確かに「銀河鉄道の夜」の透明な悲しみのようなものは忘れがたい印象を残す。賢治=「銀河鉄道の夜」と誰もが反射的に連想しても不思議はない。しかし、私は一つだけと言われたら、ためらうことなく「グスコーブドリの伝記」にする。

二十歳になったばかりのころ、私は家庭教師のアルバイトで、ある小学生の姉弟を教えていた。大学の先輩から紹介され、週に二回ほど授業をした。といっても上のお姉ちゃんは小学5年生で弟は小学3年生だったから、教科を教えるのは半分くらいで後の半分は遊び相手のようなものだった。忙しく商売をしている家で、夕食後も両親は仕事場に行ってしまう。そうすると子どもたちだけになるので、その相手をしながら勉強も見てくれればいいという話だった。ガリガリ勉強させてくれということではなかったので、ノンビリと話を聞いたりゲームにつき合ったりしながら勉強もするという感じだった。

姉弟のうち弟の方は、週に何回か絵の教室にも通っていた。少し内気な子だった。それでもだんだん慣れてくると自分の描いた絵を何枚か見せてくれた。いい絵だった。五月の鯉のぼりを描いたものだが、鯉のぼりの大きな頭部や吹き流しが画面を埋め尽くすかのように前景に描かれ、その鯉のぼりの合間から家々の屋根がのぞいて見える。とても力強く、元気な絵だった。繊細な感じのする男の子だったのだが、その絵を見たら、ああこの子は大丈夫だなと妙な納得の仕方をした。

ある時、お姉ちゃんの授業が終わり弟の番になったとき、少し疲れているように見えた。絵だけでなくいくつか他の習い事もあるようで忙しかったのかもしれない。勉強の雰囲気ではないなと思った私は、たまたまカバンに入れていた宮沢賢治童話集の文庫本を取り出した。「今日はね、お話の時間にしよう」そう告げて、私は朗読し始めた。その時読んだのが一番好きな「グスコーブドリの伝記」だった。小学生向けにリライトしたものではなかったから少し難しいかもしれないと思ったが、構わずに読み聞かせた。話が進むにつれて、男の子がどんどん童話の世界に引き込まれて聞いているのが分かった。

グスコーブドリはイーハトーブのカルボナード火山を噴火させるために最後まで火山に踏みとどまる。そして自分の命と引き替えに噴火を成功させ冷害から人々を救う。そこには悲愴感も勇敢さもない。淡々とごくあたりまえのことのように踏みとどまることを決意するブドリがいる。究極の自己犠牲の姿かもしれないと私はぼんやり考えていた。読み終えると、男の子はほおと小さく息を吐いた。私は何も解説しなかった。感想も聞かなかった。それでも確実に何かが伝わったという感触が残った。

その後2年ほど経って、私の事情で家庭教師を後輩に代わってもらうことになった。最後の授業の日、お姉ちゃんはさばさばしたものだった。弟は3階にある自宅から下の駐車場まで降りてきて、自転車で帰る私を見送ってくれた。残念そうにいつまでも立ち尽くしていた。あれから一度も会ったことはないが、今でも鮮明に覚えている。

自分の為すべきことをせよ。「グスコーブドリの伝記」を読むといつもそんなふうに思う。自分に与えられている役割は何か。自分の為すべきことは何か。誰かにものを教えた最初の経験と切り離し難く結びついている童話であり、原点を見失いそうなときに思い出す作品でもある。

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