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2009年7月11日 (土)

三遊亭圓朝『怪談 牡丹灯籠』

暑くなってくるとやはり、怪談話である。稲川淳二である。と、今ならいうところだろう。古典的な怪談といえば『四谷怪談』か『牡丹灯籠』がどなたも浮かんでくるだろう。

後者『牡丹灯籠』は明治落語中興の祖と言われる三遊亭圓朝が書いた噺で、二十一回にも及ぶ長編である。落語の高座にかけられるときは、「お露新三郎」や「お札はがし」など一部だけだ。だからついつい牡丹灯籠といえば、例のカランコロンという駒下駄の音とともに新三郎のもとへ訪ねてくるお露と女中の米の噺しか思い浮かばない。

ところが「お露新三郎」の話はほんの一部で、お露の父親飯島平左衛門と草履取りの孝助の奇縁に始まる別のストーリーが、新三郎の世話をしている伴蔵・おみね夫婦の話に複雑に絡んでいくさまは、まさに因果は巡るなんとやらという感じである。あれよあれよというストーリー展開で、展開が速い最近のジェットコースター・ドラマも顔負けのすごさだ。

ご都合主義的なストーリー展開だともいえるが、話としては何と言っても後半の方が面白い。前半の「お露新三郎」はおまけみたいなものである。後半の話は人間の愚かさやいやらしさがとことん描かれているので、かなりえぐい話になっている。前半の「お露新三郎」だけなら清涼剤のような(?)怪談話で終わるのだが、後半は結構ドロドロした人間関係が描き出され、欲に翻弄される人間の姿がこれでもかと描かれる。そういう意味では、いわゆる「牡丹灯籠」の話として知られている部分より、なお一層「恐い」と言えるかもしれない。

やはり、何といっても生きている人間が一番恐いということか。

付記:  宝島社から宝島MOOK「名作 落語CD BOOK其の壱」として出ている本には、五代目古今亭志ん生の演じる「お露新三郎」と「お札はがし」の二席が入ったCDとともに、三遊亭圓朝の原作が載っている。落語と原作の両方が楽しめてお得である。 

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