« 架空対談をお楽しみいただくために | トップページ | 基礎教養の差 »

2009年6月 6日 (土)

1984といえば…

村上春樹の5年ぶりの長編「1Q84」が売れ行き好調のようだ。私はまだ実物を手にしていない。広告で見る限りではジョージ・オーウェルの「1984年」が村上春樹の念頭にあるらしい。

このオーウェルの「1984年」は、印象深い小説である。現実の1984年は過去のものになってしまったが、小説が執筆された当時は近未来が舞台という設定だった。イギリスは全体主義国の一部になっていて、国民はみなテレスクリーンと呼ばれる双方向モニターに監視されている。モニターには「ビッグブラザー」と呼ばれる独裁者が現れ、絶えず国民にメッセージを投げかける。そのころの世界は三つの大国に分割され、その中のどこか二つの国が同盟したり離れたりを繰り返している。つい先日までの同盟国がある日を境に敵国となり、それ以降は以前同盟国であった事実が全ての文書から抹消される。新聞のバックナンバーを調べても改竄されてしまっている。

そのような監視社会、全体主義の社会で従順な市民を装いながら主人公は党の方針に疑問を持ち始める。主人公は同じ考えをもつ仲間を見つけ出していく。だが、政府の監視の目に捕捉され、主人公は逮捕されてしまう。逮捕された後に待っているのは、拷問だ。この拷問シーンは非常に印象的である。たとえば生爪をはがしたり眠らせないといった、何かの映画で見たことがあるような拷問ではない。肉体に痛みを与えるものではない。精神に与える恐怖感を利用した拷問で、これはきついだろうなと思った。具体的には書かないが、主人公はそれによって仲間を裏切って告発してしまう。

国家と個人、裏切りの問題、監視社会。さまざまなものがぎっしりと詰まっている小説だった。文庫本で読んで、その後どこかにしまってしまったのか「1984年」が見当たらない。「カタロニア賛歌」や「オーウェル評論集」の方はすぐ見つかるところにあった。「1984年」だけ出てこない。

現在イギリスの街角には通りを監視するカメラが至るところにあるという。これは犯罪防止用の監視カメラなのだそうだ。「1984年」の世界とは違って、自由な社会ではあるが監視カメラがいたるところに必要な世界になってしまったという皮肉。

街の中だけの話ではない。今や衛星からの画像を利用して、世界の至るところを上空から眺めることが可能になってしまった。googleの衛星画像を見るとピョンヤンの街の様子だって眺めることが出来る。これは非常に不思議な気分だ。street viewにしてもそうだ。どの街の通りであっても大きな都市の通りならパソコンで見られる時代になってしまった。さながら「ビッグブラザー」がそれぞれのPCの前に分散してしまったかのようである。

ネットワークの発達によって全体主義的なものが発生しにくいようにも思える現代に、村上春樹は「1Q84」で何を問い掛けようとするのだろう。早く読みたいような気もするが、その前にオーウェルの「1984年」を再読したい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 架空対談をお楽しみいただくために | トップページ | 基礎教養の差 »

読書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 1984といえば…:

« 架空対談をお楽しみいただくために | トップページ | 基礎教養の差 »