« 思いを形に | トップページ | 二つの問い »

2009年5月16日 (土)

歩く旅

アスファルトやコンクリートに覆われた道を車で走りながら考える。この道の表面を一枚はぎ取れば、その下には土の道がある。視界に入るショッピングモールや銀行の建物は数年前には無かったものだ。時代をどんどん遡れば、ここは何もない一面の原中が広がっていただろう。

土の道の上を、ある者は自分の足で、ある者は馬や駕篭で通っていった。日が暮れれば真っ暗な闇が一面をのみ込んでしまったはずだ。家の中に入っても行灯やロウソクの明かりだから薄暗かったと思われる。

おのずと活動できる時間は限られてくる。日の出とともに起き出し、日の暮れとともに休む。自然の時間の流れが人の時間の流れと一致していた時代。おそらく不便きわまりなく映るであろう、現代からすれば。しかし反面、ゆったりとした時間の流れであるがゆえに現代では想像もつかないようなことがごく当たり前に行われていた。

たとえば伊勢参り。江戸時代、私の住んでいる辺りから伊勢参りに行って帰ってくるのには三ヶ月近くかかったようだ。旧暦の十一月下旬に出発し大晦日に伊勢に到着して、大晦日と元日の二回拝む。「二年詣り」と称したらしい。伊勢から熊野権現や高野山、四国の金比羅、戻る途中で長野の善光寺と各地を参詣して二月頃に帰ってきたという。

地域史の資料によると費用は当時米で十駄(七石)かかったらしい。現在で言えばどのくらいの金額になるのか。一石で銀百匁(もんめ)ほどとして、七石なら銀七百匁になる。金一両=銀六十匁で換算すると十一両半ちょっと。金一両を約11万6千円としておよそ136万円ほどだ。豊作の年が何年も続かないと行けなかったというから、今の世界一周旅行以上の旅だったのかもしれない。(金一両の金額は法政大学の田中優子教授の考えに基づく。以前の記事

てくてく歩き、宿屋に泊まり、遙か遠くまで旅を続けていく。今のわれわれには想像もつかないことである。実際に少しでも歩いてみれば分かるが、数時間歩き続けるだけで足が痛くなってくる。それを昔の人は歩いたのだ。幕末の志士たちも同様だろう。馬や駕篭で移動していたわけではあるまい。ひたすら歩いて同志を集めていったのだ。そう考えるとなんだか気の遠くなるような話に思える。

しかし、歩いたからこそ見えたものも多くあったのかもしれない。単に目的地に着くことだけでなく、そこへ行き着くまでの旅そのものが楽しみでもあったのだろう。便利になって点から点への移動という感覚しか持てなくなってしまったわれわれには、実感しにくくなっていることであるが。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ 教育ブログ 塾・予備校教育

人気ブログランキングへ 人気ブログランキング(教育・学校)

|

« 思いを形に | トップページ | 二つの問い »

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 歩く旅:

« 思いを形に | トップページ | 二つの問い »