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2009年3月19日 (木)

古典の底力・その5

百人一首というものがある。「小倉百人一首」と呼ばれているものが一般的だと思うが、カルタ取りを連想される方も多いであろう。

私の高校時代の友人に百人一首好き、つまりはカルタ好きな一家の男がいる。お父さんも本人も弟も妹もみな理系の一家である。まちがっても文学部などは選択しないというお宅なのだが、どういうわけかカルタと百人一首は必須教養になっている。文学部でしかも国文科であるにもかかわらず百人一首を知らない私は、その友人宅では格好の餌食にされていた。「国文科で百人一首を知らないっていうのは、どうなんだろうね」とお父さん。「はあ…」と私。まったく一言もない。覚える機会がなかったものは今さらジタバタしてもしょうがない。「まあ、百人一首を覚えなくても単位は取れますから」とごにょごにょ言葉を濁すのが関の山だった。

この友人から教わった一首で印象深いのが崇徳院の詠んだ
    瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末にあはんとぞ思ふ
流れが速いので岩に隔てられて分かれてしまうように、あなたと別れ別れになっても末にはきっと一緒になろうと思います、という歌だ。一体何のきっかけでこの歌が出てきたのか覚えていないが、歌だけはずっと記憶している。

この歌に引っ掛けた落語に「崇徳院」という噺がある。若旦那の恋わずらいを心配した大旦那から頼まれた熊さんが、大声で「瀬をはやみ~」と触れ回りながら相手のお嬢さん捜しをする笑える噺だ。江戸人の文学教養は古今集と唐詩選であると喝破したのは石川淳であったが(『文學大概』所載「江戸人の発想法について」を参照下さい)、この「崇徳院」の噺などを聞いていると、歌を元に落語ができるくらい一般に本歌が知られていたのであろうと思わないわけにはいかない。百人一首を知らない私からすれば「みなさんよくご存じで」としか言いようのない教養がごく当たり前にあったということになる。そういえば「千早振る」という落語もあったなあ。これまた百人一首にある「千早振る神代も聞かず龍田川から紅に水くくるとは」という在原業平の歌の内容を聞かれてご隠居がいい加減な解釈をするという内容だ。

実は息子がまだ小さかった頃、百人一首を覚えようと思ったことがある。家内が面白がって息子と一緒に覚えようとしたのだが、私も含めてみな途中で飽きてしまい、結局ものにならなかった。我が家で唯一ほぼ全部の歌をそらんじているのは、若い頃から百人一首に親しんでいた私の父親だけである(ただし家で百人一首のカルタ取りをしたことは一度もない)。いつ、どんなきっかけで百人一首を覚えたのか尋ねたことがないので、なぜ父親が知っているのかは不明である。

和歌の素養というものはもはや廃れかけたのかと思いきや、実は新聞の歌壇への投稿は活況を呈しているのをご存じだろうか。特に朝日新聞の朝日歌壇への投稿者で、どうやらホームレスの境遇にある方の歌が毎週選に入って話題になっている。「天声人語」にもその方へ呼びかけた記事が載っていた。どのような身の上の方なのか不明だが、自分の置かれている境遇を題材とした歌は厳しい現実を映し出しながらも何か凛とした気配を漂わせている。短歌がその方の支えになっているのだろうと何か切なく思わずにいられない。

百人一首には入っていないのだが、この時期になると志貴皇子(しきのみこ)の詠んだ
    石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上のさわらびの萌え出(い)づる春になりにけるかも
を思い浮かべる。早春の情景である。滝のしぶきと芽を出したばかりのワラビの柔らかな緑色がすがすがしく感じられる歌である。

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