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2009年3月28日 (土)

「吐く」「吸う」どちらが先?

きのうに続き「息」の話。

五代目古今亭志ん生の落語のマクラで、ケチな人間を取り上げて「ケチな人ってえのは、自分とこに入ったものは息でも出したくない。だけど出さないと苦しいから少しずつ出す。トゲだって何だって身に入ったものは、いついつトゲ入りって帳面に書いておく」というのがあった。

息を吸うから吐くのか、吐くから吸うのか。ニワトリと卵の関係みたいな気もする。読書メモで「息の発見」という五木寛之と玄侑宗久両氏の対話集を紹介したときに、生まれてくるときは最初に息を吸うのか吐くのかという議論を取り上げた。五木寛之は息を吐くのではないかと考え、玄侑宗久は産道を通るときに息を吐ききって生まれてくるのでまず息を吸い込むという医者の説を引用していた。

どちらなのかなかなか決めがたいような気もするが、呼吸が始まってしまうと実は吸う方より吐く方にポイントがあることに気がつく。しっかり息を吐ききらないと十分な吸い込みができない。最近のさまざまな呼吸法でも吐く方に重点を置いているようである。取り込むよりも吐き出す方に気を付けなければいけないという点が面白い。

「出納帳」であるし「Give and take」なのであって、その逆ではない。つまり出ていく方が先で取り入れる方が後である。これはなにか象徴的でもある。何かを得ようと思ったら、まず与えなければならないということなのだろう。求めてばかりいても欲しいものは手に入らない。それよりも先にまずは自分が他の人の欲するものを与えることが必要だ、ということか。

水が一杯に入ったコップにはそれ以上水は注げない。一度中の水をあけてしまわないと入らない。空きができなければ後のものは入らない。当たり前の話なのだが、持っている上にさらに多くを望むのが人間の常となってしまい、当たり前のことになかなか気付きにくくなっている。

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