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2009年3月

2009年3月31日 (火)

古典の底力・その6

講談社学術文庫の一冊に藤井貞和の著した「古典の読み方」という本がある。古典を本格的に読もうと思う方には最良の入門書になると思う。この本の冒頭に面白いことが書いてある。

…『源氏物語』を読んだ方がよい読者などというものが現代社会にはじめから存在しているとは考えられない。「何々を読んだほうがよい」という考え方こそ、古典を求道書か、さもなければ受験参考書かにおしこめる端緒となるものではなかろうか。(中略)現代における悩める精神の持ち主は、現代社会に立ち向かうことによってのみ健康になるのでなければならない。現代から逃避して、古典によって癒される、と考えるところに頽廃がしのびよる。古典はただ現代に生きてゆくもののためにだいじな人生上の情報を提供してくれるだけである。古典が求道書であってはならない理由だ。

「古典はただ現代に生きてゆくもののためにだいじな人生上の情報を提供してくれるだけである」という部分が新鮮だった。そこに道を求めるのではなく、大事な人生上の情報を読むという読み方は現代の我々が古典以外の本を読むときの態度と基本的に変わらないということだ。逃避や求道の手段としてではなく、一個の書物として接するという考え方は当たり前のようだが、なかなか気がつかない視点である。ついつい古典は別格というか、勉強しなければならないもの、学ばなければならないものという意識で読まれていることが多いような気がする。

昨年度まで在籍していた生徒に古典の大好きな生徒がいた。彼女は古典を読むのが「面白いから」読むのだと言っていた。現代作家の小説も古典も同じ平面上にあって、古典だから大事とか逆に古い話だからいやだとかいう感じ方とは無縁のようだった。そういう古典との接し方もあるんだろうなあとしか受け止めなかったが、上にあげた藤井貞和の文章を読んだとき、彼女の接し方が至極まっとうなものであることに気がついた。

遊びをせむとや生まれけむ たわぶれせむとや生まれけむ
遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそゆるがるれ

平安末期の「今様」という当時の流行歌を後白河法皇がまとめた歌謡集「梁塵秘抄」に載る白拍子の歌である。今様は七五調の四句からなる。七五調のリズムは口になじみやすい。上の歌も声に出してみればその調子の良さを納得していただけるはず。この今様を歌った白拍子がどのような女性だったのかは分からない。けれども、この歌に込められた思いは八百数十年を経た現在の我々にも共鳴する。人の世にあることから生まれる諸々の思いには普遍性を持つものが多々あるのではないだろうか

そのように古人を隣人のごとく感じられる部分があれば、それが「現代に生きてゆくもののためにだいじな人生上の情報」となっていくのではないかという気がする。

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2009年3月30日 (月)

タイムトラベル

子どもの頃から好きなものの一つに、タイムトラベルものがある。タイムマシンの話でもタイムリープの話でもタイムスリップの話でもどれでもいい。時間を遡って過去に行ったり、未来に行ったりの話は子ども時代から好きだった。

先日、2006年に公開されたアニメ版「時をかける少女」を見る機会があった。原作は筒井康隆。最初に映画化されたのは1983年で、主演は原田知世。懐かしい話だなあ。確か大林宣彦監督作品ではないか。実写版は残念ながら見ていない。アニメ版の「時をかける少女」は青春映画としてよくできている作品だと思った。ラストシーンはじーんとくる。

このアニメで何が印象的だったのかというと、時間を飛び越えられる主人公の移動に合わせてストーリーがマルチに展開していくという部分。主人公の高校生は自分が原因となって起きるさまざまな出来事を過去に遡って修正していく。そのたびにちょっとずつ違った世界になっていく様がうまく描き出されている。主題を少しずつずらしていくリフのフレーズを聴いているような気持ちになる。たぶん筒井康隆はこの手法をジャズのアドリブ演奏から頂いたのではないかと私は思うのだが。

タイムマシンの映画といえば何と言っても「Back to the future」のシリーズである。三部作だが第一部が一番面白いし、よくできている。マイケル・J・フォックスが主人公のマーティを演じ、この映画でもハイスクール時代の父親を励ましてハッピーエンドに持っていく。しかしそのために過去が修正されてしまい、現代に戻ると我が家の様子がまったく変わってしまっていることに驚くという話になっていた。結局、マーティは過去の修正が未来に与えた影響をどうにかしようと、未来へ行ったり過去に戻ったりすることになる。

なぜこういう話が好きなのだろう。思うに現実には時間を飛び越えて行ったり来たりなどできないからかもしれない。時間の流れは不可逆である。時の流れと川の流れは「方丈記」の一節が言うようにたえず流れ続けて元に戻らないものである。我々はその不可逆な時間の中で一つ一つの出来事を後から修正などできない一回性のものとして受け止める。戻れない瞬間であるがゆえに今現在が輝く。だが、それはまた取り返しがつかない後悔をたえず生み出す原因でもある。今、この瞬間を生ききることがそれほど容易なことではないから、時にやり直しができればと思ったりするのだろう。タイムリープやタイムマシンの話に触れると、失われてしまった時間に対する愛惜や取り返しがつかない喪失感がより際立って迫ってくるのかもしれない。

筒井康隆の短編に、タイムリープの能力を持つ妊婦が時代小説を好んで読んでいたために出産の時に赤ん坊が江戸時代にタイムリープしてしまうという話があった。「時越半四郎」というタイトルだったと思う。その小説の中で、江戸時代の侍となっている主人公(未来からタイムリープした赤ん坊の成長した姿であり身体移動と遺伝記憶の能力も持つ)が、こういうときはコーラかコーヒーが飲みたいとふと思うシーンがある。それが何であるのか知らないのだが、コーラやコーヒーという単語とともにはじける炭酸や鼻の奥をくすぐる香りなどが意識の上にのぼってくる。このコーラやコーヒーという「未知のものの記憶」は、主人公が戻れない未来の記憶である。失われてしまった時間に関して「過去」と「未来」の違いはあるが、何か切なくなるシーンだ。

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2009年3月29日 (日)

即興演奏という奇跡

このところ指導が終わると教室で聴いているのは、キース・ジャレットの「キース・ジャレット・ソロ・コンサート」という2枚組CDである。もうずいぶん昔に買ったもので、1973年にブレーメンとローザンヌで録音されたソロ・コンサートの演奏を聴くことができる。

キース・ジャレットのソロ・コンサートは、このブレーメン、ローザンヌに限らず即興演奏の一発録りである。全編即興演奏というのがすごい。ピアノに向かうまでどんな演奏になるか分からないのだ。最初の一音を弾き始めたら後は一気に最後まで弾き続けなければならない。これがどれほど大変なことなのか、少し想像していただければ分かるのではないだろうか。譜面など全くないのである。自分の中にあるイメージに導かれて(だろうと思うのだが)、彫刻家が大理石から見事な彫像を削りだしてくるように、音で世界を形作っていく。卓越した演奏技術と音楽的素養を兼ね備えていなければ不可能な演奏であろう。

彼のソロ・コンサートの白眉は何と言っても「ケルン・コンサート」である。このコンサートの演奏はいかなるジャンルの音楽とも似ていない。いかなるジャンルの音楽も近づけない美の極致を示している。「天才」という言葉が何の疑問もなく形容する語句として浮かんでくるような演奏である。おそらくこれは「天上の音楽」とでも言うべきものなのだろう。もしキースがこのコンサートを残して夭折していたら、モーツァルトのように神に愛された音楽家として永遠に名を留めたかもしれない。

ブレーメン、ローザンヌのコンサートと並んで聴いているアルバムに「STAIRCASE」がある。これはキース・ジャレットがパリで映画音楽の仕事している合間を縫ってスタジオに飛び込み一気に録音したと言われているアルバムだ。「Hourglass 砂どけい」と題された演奏がたまらなくいい。時間が止まってしまうような錯覚に襲われる演奏である。

最近のキース・ジャレットはジャック・ディジョネット、ゲイリー・ピーコックとのトリオでの活動が多く、これはこれでスタンダードジャズの贅沢な演奏が聴けるのだが、若い頃の天才的なソロ・コンサートの即興演奏を時々聴いてみたくなる。2008年にも来日してソロ・コンサートを開いている。渋谷のオーチャード・ホールでのコンサートの模様がテレビで放映されたはずだが、なぜか見逃してしまった。年輪を重ねたキースはどんな即興演奏を聴かせているのだろう。

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2009年3月28日 (土)

「吐く」「吸う」どちらが先?

きのうに続き「息」の話。

五代目古今亭志ん生の落語のマクラで、ケチな人間を取り上げて「ケチな人ってえのは、自分とこに入ったものは息でも出したくない。だけど出さないと苦しいから少しずつ出す。トゲだって何だって身に入ったものは、いついつトゲ入りって帳面に書いておく」というのがあった。

息を吸うから吐くのか、吐くから吸うのか。ニワトリと卵の関係みたいな気もする。読書メモで「息の発見」という五木寛之と玄侑宗久両氏の対話集を紹介したときに、生まれてくるときは最初に息を吸うのか吐くのかという議論を取り上げた。五木寛之は息を吐くのではないかと考え、玄侑宗久は産道を通るときに息を吐ききって生まれてくるのでまず息を吸い込むという医者の説を引用していた。

どちらなのかなかなか決めがたいような気もするが、呼吸が始まってしまうと実は吸う方より吐く方にポイントがあることに気がつく。しっかり息を吐ききらないと十分な吸い込みができない。最近のさまざまな呼吸法でも吐く方に重点を置いているようである。取り込むよりも吐き出す方に気を付けなければいけないという点が面白い。

「出納帳」であるし「Give and take」なのであって、その逆ではない。つまり出ていく方が先で取り入れる方が後である。これはなにか象徴的でもある。何かを得ようと思ったら、まず与えなければならないということなのだろう。求めてばかりいても欲しいものは手に入らない。それよりも先にまずは自分が他の人の欲するものを与えることが必要だ、ということか。

水が一杯に入ったコップにはそれ以上水は注げない。一度中の水をあけてしまわないと入らない。空きができなければ後のものは入らない。当たり前の話なのだが、持っている上にさらに多くを望むのが人間の常となってしまい、当たり前のことになかなか気付きにくくなっている。

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2009年3月27日 (金)

怒りの話

先日書いた読書メモ・3月でも取り上げた五木寛之と玄侑宗久両氏の対話集「息の発見」(平凡社、2008年)にこんな部分があった。

玄侑 密教では、あくまでも内が正だと教えるわけですが、でも出すのはほんとうに邪気だという研究もあるんですよ。じつは「人間の息というのは恐いものだ」ということを調べているかたがいまして、液体空気というのがあるらしいんですけど…。
五木 液体空気?
玄侑 ええ。液体窒素ってありますね、沸点がマイナス一九〇度ぐらいの。あれと同じような低温実験用の寒剤なんですが、加圧と断熱膨張を繰り返すと、淡いブルーの液体になるらしいんです。その液体空気というものに、自分の呼気をとおすわけです。そうすると呼気の中の揮発分というか、固形分が、液体空気のなかに沈殿するわけです。
五木 息が液体のなかに沈殿する?
玄侑 ええ。それでものすごく怒っているときに吐く息の場合は、かならず栗色の沈殿物ができるんですって。一時間怒っていた人の息を吹きこんだものから採取した栗色の沈殿物は、アメリカのE・R・ゲイツ博士というかたの実験によると、その成分で、八十人も殺せるほどの猛毒だというんです(笑)。
五木 いや、その話はよく聞きます。水槽に怒った息を吹きこむと、金魚が三十秒で死んでしまうとか(笑)。怒るということは、それほど毒をふくんでいるんだと。その毒は当然、体内にも蓄積されるから、自分の怒りで自分の体を壊すことになる。だから、決して怒らないようにしようということになるのですが、なかなかね…。
玄侑 似たような話は、脳内で分泌される、ノル・アドレナリンについても聞きますよね。怒りによって生まれる活性酸素と合わさって、遺伝子の二重らせんが切れるとか。
五木 ああ。仏像にも、怒気をあらわにして、息を吹きかけている像がありますね。その息で、悪を退治するというのですが、たしかに、怒っている人の息と、なごんでいる人の息とでは、息の質がちがっているかもしれません。

怒りの毒素が液体空気に沈殿するとは面白い。怒りの言葉が飛び交う場というのが居心地悪いわけだ。毒をふくんだ息が充満しているのだから。

マイナス暗示という言葉を耳にすることがあるが、怒りの息に毒素が含まれているのであれば、否定的な言葉が発せられるときもなにか好ましくないものが吐き出されていると考えてもいいのかもしれない。その場の空気感が変わってしまうような、強いマイナス暗示をかける言葉を感情にまかせて使うことはできるだけ避けるに越したことはないようだ。

一つの言葉で人は元気になったり、落ち込んだりする。まさしく言葉は両刃の剣だという気がする。立川談志が「あのねぇ、喧嘩っていうのはねぇ、声の大きい方が勝つの」といみじくものたまわっていたが、怒気をふくんだ大声であればさぞや毒素も多かろうというもの。できるなら誰かを元気づけるような言葉を口にしていたいものだと思う。

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2009年3月26日 (木)

岩隈がMVPでもよかったんじゃ…

WBCは日本の2連覇達成という誰もが願った形で終わることができ、よろこばしい限りだ。最後にイチローがきっちりと仕事をしたのもよかった。

MVPが松坂というのは確かに分かる。だが、先発投手の中で唯一1点台の防御率だったのは岩隈である。岩隈が登板し0-1で敗れた韓国戦は、明らかに打撃陣の責任が大きい。決勝の韓国戦でもしっかり韓国打線を押さえたあの投球はMVPものだと思うのだが。

まあそれはそれとして、今回のWBCを見ていて岩隈っていい投手だなあとあらためて思った。実は息子が楽天イーグルスのファンで、昨シーズンは楽天戦の試合結果をスポーツニュースで見る機会が多かった。岩隈の先発した試合の結果を見ていくうちに、野村監督には申し訳ないが、なぜ楽天のような弱小チームのエースをしているのか分からないくらいすばらしい投手だとすっかりひいきになってしまった。女性ファンの方が多いのかもしれないが、男性から見ても声援を送りたくなるような選手だ。松坂みたいに打者に威圧感を感じさせる投手ではない。どちらかといえば華奢な感じさえする。しかし丁寧な投球と切れ味のいいフォークで打線を押さえていく姿は何度見ても、いい。

こういう言い方は語弊があるかもしれないが、「品がいい」。登板している姿も試合後のインタビューの時も、何か「品の良さ」を感じさせる選手である。スポーツ選手には「品」なんて余計なものじゃないかと考える方も多いかと思う。闘志をむきだしにし、勝った後にどうだとばかりの姿を相手に見せつけるくらいの根性があったほうがいい、という意見もあるだろう。だが、岩隈の場合はスポーツ選手であるかどうかに関係なく感じのいい品性を持っている。城山三郎の小説の題名みたいに「粗にして野だが卑ではない」というのが、スポーツ選手の存在感としてはよいのではないかと思う。「卑である」ように感じさせる選手は、どうもごめんこうむりたい。

と言いつつ、ガラの悪い阪神ファンも嫌いではない。何を隠そう私も阪神ファンの一人。万年Bグループの弱小チームだったダメ虎時代が懐かしいくらい、この数年の阪神は強くなった。オープン戦は6連敗中だが今年もセ・リーグの優勝争いにからんでくることと思われる。弱小チームファンの私としては本格的に楽天に乗り換えようかと思案しているところだ。ところで花巻東の菊池君、東北楽天に入りませんか?すぐに1軍のマウンドに立てますぜ。

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2009年3月25日 (水)

あなたの夢は?

生徒に向かって将来の夢を持つことが大事だといつも言っているが、そういう先生は何か実現したい夢があるんですか?実際こんなふうに聞かれたことはまだ一度もない。まあ、人間五十年下天の内をくらぶればというような年齢でもあるし、生徒の方ではこの先の夢なんて持ってないんだろうなと見ているのかもしれない。

しかし、である。もし経済的事情が許すなら実現したい夢がある。それは再び大学に入って勉強するという夢である。何を勉強するか。一つは歴史学。もう一つは地方自治について。できることなら両方とも勉強したいのだが、はたしてこの夢を実現するのにどれくらいの費用があればいいのか。時間はどうにでもなるような気がするが、いかんせん経済的事情はそうはいかない。宝くじでも当たったらという、それこそ夢みたいな話になってしまう。

歴史学では院政期の前後を中心とした東北の歴史、ちょうど「陸奥話記」で取り上げている前九年、後三年の役のあたりを深く学びたいという気持ちがある。この数年自分でも調べてきたが、どうしても独学には限界がある。もっと詳しくもっと深く知るためには、やはり専門の先生のもとで学ぶ必要がある。それから資料にアクセスするのが容易になるという点も重要なポイントだ。大学にある資料を読みたいと思っても、地元の図書館を通じて依頼するしか今現在はできないのだが、これが学生ということになれば自由に閲覧が可能になる。この一点だけでも大学に入って勉強し直す価値はある。

地方自治、特に地方財政や政策についての勉強も大いに興味がある。これは自治会の仕事をやってみて初めてそう思ったのであるが、自分たちが暮らしている自治体の抱えるさまざまな問題点を考えることはなかなか面白いことである。身近なところの問題であるだけに切実なものであるし、解決に向けて事が進み始めたときに感じる充実感は他の物事ではなかなか味わえないものがある。ただ、専門的な部分を勉強したことがないので考えるときの枠組みが自分に欠けているのを痛感することも多い。地域の問題に少しでも関わっていきたいという気持ちが、自分でも意外なくらい強くある。

物事を学び始めるのに年齢は関係がない。幾つになっても新しい物事を学ぶことには、わくわくするような高揚感がある。経済的事情がゆるすなら、という条件付きである点がつらいのだがこれから先の自分の生きていく時間ということを考えるとき、どうにか実現したいと思う夢である。自分が学生になって学ぶという経験は、教えるという今の仕事に有益なフィードバックをもたらすとも思う。

この数年、勉強し直したいという気持ちがだんだん強くなってきた。学生という宙ぶらりんのモラトリアム状態へのノスタルジーじゃないのかと言われてしまうと一言もないのだが。新年度が近づくこの時期になると、こんな夢想にとらわれてしまう。

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2009年3月24日 (火)

江戸的スローライフのすすめ・その7

だいぶ前に「雛鍔」を取り上げたとき(こちら)、金坊というこまっしゃくれたガキ、いや子どもが出てきて御店のご隠居から手習いの道具ひとそろいをせしめるというやりとりを紹介した。落語に登場する子どもの一方の典型がこの「金坊」という子どもだと思う。なかなか油断がならない末恐ろしくもあるような、悪知恵のはたらく子ども。

この金坊が登場する別の落語に「真田小僧」がある。古今亭志ん朝の演じた噺が一番いいのではないかと思うが、こんな内容だ。

長屋住まいの父親が仕事から帰ってくると、金坊がするすると寄ってきて「おとっつぁん、肩もんでやろうか?」と声を掛ける。「肩なんぞ凝っちゃいねえよ」と父親がことわると「じゃあ、お銭(あし)おくれよ」としつこくねばる。いくら待っても出さないと分かると「じゃ、おっかさんにもらってこよっかなぁ」「おっかさんに言ったって、おっかさんはおとっつぁんからお銭をやっちゃいけねえと言われてるから、おまえにゃやらねえよ」「だからおとっつぁんは甘いんだよ」「何が甘いんだ」「親をゆするのは気が引けるんだけど背に腹は代えられないからね。おっかさんが出さないって言っても、じゃあこの間のことおとっつぁんに話しちゃおっかなぁってえと、お待ち、お待ちよっておっかさんがお銭をくれるんだよ」「何だよ、この間の話ってのは」「聞きたい?」

ここから金坊は、父親が留守の時に横町の按摩が母親の療治に訪れただけの話をもったいつけて引き延ばして話し、いいところに来ると「こっから先を聞きたい?聞きたかったら○○円」と父親から小銭をチビチビと巻き上げていく。最後にだまされたと気がついた父親がかんかんになると銭を握って外へ逃げ出してしまう。

まったくしょうがねえ野郎だ、とぼやいているところへおカミさんが帰ってくる。これこれこういうわけでお銭を巻き上げられちまったと告げると、「それでもあの子には知恵があるから将来見込みがあるよ」とおカミさんは金坊に期待をかけている。「あの野郎のは悪知恵ってえんだ。味方を助けるような大きな知恵とはわけが違う。こういう話がある」と父親は講釈で聞いた「真田三代記」の真田幸村の少年時代の話をする。幸村が敵方の永楽通宝の旗を用いて同士討ちに誘い、みごと味方の危機を救ったという話から六連銭の旗印のエピソードを紹介する。

途中で金坊が立ち聞きしていることに気がついた父親は「さっきのお銭を返せ」と迫るが「講釈を聞きにいって使っちゃった」と金坊は平気な顔。何を聞いてきたと尋ねられても「真田三代記」と平然と答え、さらにまた父親からお銭をだまし取ることになる。

この金坊の悪知恵は筋金入りだ。確かに悪賢い。しかし考えてみると、これはこれで強力な動機付けがあって知恵をめぐらせているわけだ。金坊が成長して悪人になるのか、それとも御店に奉公して番頭になり、のれん分けしてもらうところまで出世するかどうかは分からない。どちらの筋もあるだろうと思うのだが、少なくとも生きていく上での旺盛なバイタリティを感じさせる金坊である。

毎度引用する中野翠さんは、金坊を「左平次」の子ども時代ではないかと想像している。(「今夜も落語で眠りたい」中野翠、文春新書)これは私も同感。あの居残り左平次のキャラクターの子ども時代を考えると、「雛鍔」や「真田小僧」でお銭おくれよと銭をせびる金坊の姿が最も似つかわしいのではないか。

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2009年3月23日 (月)

人の気持ちはさまざま

昨日地区の交流センターで地域計画策定委員会の会合があった。岩手大学の広田先生のレクチャーを受けたり委員どうしの簡単な自己紹介をしたりで、二時間ちょうどの顔合わせの会合が終わった。

たまたま同じ行政区から委員に推薦された地元の自治会の方を知っているくらいで、他は初めてお会いする方ばかり。口の字形に並べられたテーブル席は特に指定席もなく、みなそれぞれ好きな位置に座った。

岩手大学の広田先生のレクチャーは以前、地区講演会のときに伺ったこともありなじみのある話が多かった。その中で地域計画に大事なものは何かという話の締め括りが印象的だった。曰く「それは地域住民の腹のくくり具合です。分かりにくい言い方かもしれませんが、この土地で生きていくという覚悟があるかどうかということです」なるほどなあ、と正直なところ感動した。無い物ねだりやあきらめではなく、今ここにあるものを掘り起こし新たな価値や意味を見出し、ここはすばらしい「ふるさと」ではないかという認識を新たにしてもらう。それこそが地域計画に一番大事なものですという話には大いに心が動かされた。

そうか、そういう会合なのか。これはなかなか面白そうな話じゃあないか。と私は思っていたのだが、司会者側から二週間後の日曜日の午前中に次の会合を開きますのでよろしくお願いしますという連絡があったとき、隣の席に座っていた委員の方が「いやあ、こりゃあ大変なところに引っぱり出されちまったなあ。日曜の午前毎にこんな会議が続くんじゃたまんないな」と知り合いの委員にぼやいていた。

その委員の方の気持ちも分からないではない。おそらく行政区長さんから推薦の話があったときも具体的な話は無かったのだろうと思われるので、こんな面倒なことに自分が関わるとは思ってもみなかったと言いたいのではないかと思う。

確かにそうではあるかもしれないが、しかし見方を変えればこれほど面白そうな企画に自分が関わることができるというのはラッキーなことである。各行政区から三名が区長さんの推薦を受け三十名、その他に公募の委員が六名、さらにある行政区から委員を四名にしてほしいという要望があり一名で合計三十七名の委員に入ることは宝くじに当たったようなものである。自分の考えることが、地域のこれからの十年間を決める計画に反映されるかもしれないなんて滅多にあるものではない。せっかくそういうチャンスを与えられたのだから、私は大いに楽しみたいなと思う。楽しみながら微力でも地域のためになる計画が出来上がればいいのではないかと思っている。

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2009年3月22日 (日)

春期ゼミ始まる

21日土曜日から春期ゼミが始まっている。日曜は休講日にしたので、今日は授業がない。地域計画策定委員会の集まりが地区の交流センターで午前中にあり、夕方からは自治会の年度末総会で決算報告と懇親会もある関係で休講日とした。

今年の春期ゼミは各学年にそれぞれ受講者がいるため、始まってみたらなかなか忙しい。といって生徒数が多いからではない。9日で中3生の受験指導が終わってしまうと、火曜金曜の高校生指導日以外はほとんど閑古鳥が鳴く状態だった。確定申告を終えてしまうと急に時間ができ、しばらくぶりでぼんやりと過ごしてしまった。休息モードに入ってしまったと言えばよいか。そのため春期ゼミが始まるまで、指導への臨戦モードになかなか切り替わらなかったというのが正直なところだ。

いつもだれかに教える仕事をしていると、毎日同じような日々を過ごしているように思われがちだが、実際は一年の中でそれぞれの時期に合わせ、さまざまなペースで教えている。受験期の張り詰めた時期はこちらの意識も体もそれなりに張り詰めている。朝は目が早く覚める。ところが受験の結果が出て一年の仕事に一区切りがつくと、どこかでスイッチがパチンとオフになってしまうようだ。朝の目覚めも今ひとつすっきりしない。もっともそれは春になったからということもあるのだろう。春眠暁を覚えず、である。

ともかく今年の春期ゼミは、演習に入る前に丁寧な基本の説明を必要とする生徒が比較的多いので、ぼんやりとしていられない。それぞれの理解度と進度にたえず目を配っていなければならない。その分だけこちらも刺激になっていい。意外なつまずきの箇所を見つけて、その項目をきちんと理解するように埋めていく作業はあれこれ工夫が要る。試行錯誤しながらピタリと合うポイントが見つかると万々歳だ。クラッチがうまく合った瞬間となり、そこから先は割合すんなりと授業が進んでいく。考えてみるとそれが楽しくて授業しているようなものだ。

いずれにしてもまだ始まったばかりである。このまま新年度の授業へと入ることができれば、またいい一年のスタートとなりそうだ。

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2009年3月21日 (土)

ベースボール・キッズ

昨日のWBCの韓国戦をご覧になっただろうか。結果はご存じのように6-2で日本が勝った。

私もテレビで見ていたが来客があり、内川のホームランで同点になったところまで観て一時中断し、7回表の日本の攻撃から続きを観ることになった。7回裏に中継のアナウンサーが打席に立った李机浩(イ・ボムホ)について、「パンチ力があるバッターですからね」と言ったときいやな予感がした。次の瞬間、センターバックスクリーンに飛び込むホームラン。マウンド上の田中は呆然としている。ああ、やっぱり。

しかしそれに続く8回表の日本の攻撃がすばらしかった。青木のセーフティバントでノーアウトのランナーが出てから稲葉、小笠原と続く代打攻勢で一気に得点を重ねていく。終わってみれば6-2という完勝だった。

ただ、イチローの不調だけが気にかかる。我が家ではイチローが打席に立つとブーイングの嵐である。曰く「1位決定戦ならイチローをはずしたって問題ないんだから、はずせばよかったのに」「イチローがストッパーだよなあ」確かにその通りではある。だが、私はそのブーイングの声を聞きながら心の中で思う。「でも、イチローをはずすわけにはいかないだろう」

MLBで毎年200本安打を続けるイチローは並の選手ではない。そのイチローがWBCでは絶不調としか言いようのない成績だ。あのイチローがである。キューバ戦で敗退していたら、マスコミはこぞってイチローバッシングに走ったんだろうなと想像する。自分に対してかけられている期待の大きさはプレッシャーになるのだろうが、その程度のプレッシャーに負けてしまう彼ではないだろう。

本人でなければ分からないものはあるだろうが、WBCでのイチローを見ているとなんだか野球を楽しんでいないような気がしてならない。WBCで楽しむっていう方が無理かもしれないが、一人のベースボール・キッズに戻って楽しんだ方がいいのではないだろうか。浜田省吾の曲に「ベースボール・キッズ」というのがある。その中で歌われているように野球は投げる、打つ、走るというシンプルなゲームなのであり、イチローがアメリカで評価されたのも走攻守のそろった野球選手の原点みたいなものを強く感じさせたからだと思う。準決勝、決勝と本来のイチローの姿が見たいものだと強く願っている。

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2009年3月20日 (金)

読書メモ・3月(2009)

先月に引き続き、受験指導と確定申告と自治会の年度末準備が重なった時期であまり読了できていない。読みかけのままにしているものが多い。その中でも読了できた本をいくつかを挙げてみよう。

1.「楊令伝 五 猩紅の章」,北方健三,集英社,2008年
2.「楊令伝 六 徂征の章」,北方健三,集英社,2008年
3.「息の発見」,五木寛之・玄侑宗久,平凡社,2008年
4.「フェルメール全点踏破の旅」,朽木ゆり子,集英社新書ヴィジュアル版,2006年

1・2とも北方健三の渾身の長編『水滸伝』の続編にあたる長編シリーズ。いやあ、たまりませんなあ。息もつかせぬ戦闘シーン。国とは何か。人の生き死にとは何か。さまざまな思いを読むたび新たにする。実は「六」を移動図書から借りて読み始めたら、冒頭の部分の「五」の続きにあたる部分の指している内容がどうも記憶になく、あわてて北上中央図書館から「五」も借りることになった。

ところが「五」を読み始めたら何のことはない以前に借りて読んでいた内容だった。せっかく借りてきたからというわけで「五」も再読したが、ところどころすっかり忘れてしまっているシーンがある。やはり借りてきてよかった。このシリーズ、すでに「七」「八」も出ているはずだからいずれ移動図書で予約図書の連絡が来ると思う。とにかく熱い思いを抱かせる長い物語を読みたい方にはおすすめ。

3の「息の発見」は五木寛之が平凡社から出している「発見」シリーズの最新刊で、対話者は禅僧で小説家の玄侑宗久。この二人が「息」をめぐって交わしている対話が面白い。テーマは息であるが、関連してさまざまな事象が語られる。「洋式・和式トイレの作法」「アメリカ人に、なぜ河童は見えないか」「肉食は睡眠時間を長くする」など対話の要所をまとめたタイトルだけ見ても興味深い。中で印象に残ったのが「人間の第一呼吸と末期の息は、吐く息か、吸う息か」という話である。五木寛之は赤ん坊は産道から息を吐いて出て、人の最期は息を吸い込みいのちを終えると考えている。一方、玄侑宗久はその逆で、赤ん坊は産道を通るときに息を吐ききっているので生まれ出てまず息を吸って産声をあげると語る。そして人間の最期の息は吸う方ではなく吐く方ではないかと医師の考えを引用する。個人的に呼吸法に興味があって読んでみたのだが、いろいろ収穫があった。

ちなみに五木寛之の対談集である平凡社の「発見」シリーズには、他に気功家の望月勇と対話した「気の発見」、カトリック司教森一弘との対談「神の発見」、そして宗教哲学者の鎌田東二との「霊の発見」があるようだ。スピリチュアルな話なので、好き嫌いの分かれるところだと思うが、興味のある方はどうぞ。

4は美しい本である。ふんだんに載せられた写真や図版だけでなく、紙質やレイアウト、数字のフォントの選択などどれも細かく神経が配られ、新書版にしてはぜいたくな一冊という感じがする。

ヨハネス・フェルメール。いつごろから興味を持つようになったんだっけ。ダリの画集で「テーブルとしても使えるデルフトのフェルメールの亡霊」という長いタイトルの作品を目にしたときが最初かもしれない。フェルメール自身の作品ではなくダリの絵で名前を知ったというのもなんだが、なかなか本人の作品を見る機会がなかった。一番最初に目にしたのは「真珠の耳飾りの少女」だと思う。ラピスラズリという宝石を使った天然ウルトラマリンの青で描かれたスカーフと軽くこちらを振り返って見る少女の目が印象的だ。もちろん画集で見たものだから本物の持つ質感はまた違うのだろう。それから「デルフト眺望」。この風景画も美しい。17世紀のオランダの風景が永遠に時を止めたかのようにキャンバスの上に切り取られている。どちらもオランダのハーグにあるマウリッツハイス美術館に所蔵されている。

この2作品も含めてフェルメールの全作品は三十数点しか確認されていない。ヨーロッパとアメリカの美術館に分散しているフェルメール作品をほぼ全点見て回るといううらやましいような企画の本である。フェルメール作品へのすぐれた入門書にもなっている一冊だと思う。

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2009年3月19日 (木)

古典の底力・その5

百人一首というものがある。「小倉百人一首」と呼ばれているものが一般的だと思うが、カルタ取りを連想される方も多いであろう。

私の高校時代の友人に百人一首好き、つまりはカルタ好きな一家の男がいる。お父さんも本人も弟も妹もみな理系の一家である。まちがっても文学部などは選択しないというお宅なのだが、どういうわけかカルタと百人一首は必須教養になっている。文学部でしかも国文科であるにもかかわらず百人一首を知らない私は、その友人宅では格好の餌食にされていた。「国文科で百人一首を知らないっていうのは、どうなんだろうね」とお父さん。「はあ…」と私。まったく一言もない。覚える機会がなかったものは今さらジタバタしてもしょうがない。「まあ、百人一首を覚えなくても単位は取れますから」とごにょごにょ言葉を濁すのが関の山だった。

この友人から教わった一首で印象深いのが崇徳院の詠んだ
    瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末にあはんとぞ思ふ
流れが速いので岩に隔てられて分かれてしまうように、あなたと別れ別れになっても末にはきっと一緒になろうと思います、という歌だ。一体何のきっかけでこの歌が出てきたのか覚えていないが、歌だけはずっと記憶している。

この歌に引っ掛けた落語に「崇徳院」という噺がある。若旦那の恋わずらいを心配した大旦那から頼まれた熊さんが、大声で「瀬をはやみ~」と触れ回りながら相手のお嬢さん捜しをする笑える噺だ。江戸人の文学教養は古今集と唐詩選であると喝破したのは石川淳であったが(『文學大概』所載「江戸人の発想法について」を参照下さい)、この「崇徳院」の噺などを聞いていると、歌を元に落語ができるくらい一般に本歌が知られていたのであろうと思わないわけにはいかない。百人一首を知らない私からすれば「みなさんよくご存じで」としか言いようのない教養がごく当たり前にあったということになる。そういえば「千早振る」という落語もあったなあ。これまた百人一首にある「千早振る神代も聞かず龍田川から紅に水くくるとは」という在原業平の歌の内容を聞かれてご隠居がいい加減な解釈をするという内容だ。

実は息子がまだ小さかった頃、百人一首を覚えようと思ったことがある。家内が面白がって息子と一緒に覚えようとしたのだが、私も含めてみな途中で飽きてしまい、結局ものにならなかった。我が家で唯一ほぼ全部の歌をそらんじているのは、若い頃から百人一首に親しんでいた私の父親だけである(ただし家で百人一首のカルタ取りをしたことは一度もない)。いつ、どんなきっかけで百人一首を覚えたのか尋ねたことがないので、なぜ父親が知っているのかは不明である。

和歌の素養というものはもはや廃れかけたのかと思いきや、実は新聞の歌壇への投稿は活況を呈しているのをご存じだろうか。特に朝日新聞の朝日歌壇への投稿者で、どうやらホームレスの境遇にある方の歌が毎週選に入って話題になっている。「天声人語」にもその方へ呼びかけた記事が載っていた。どのような身の上の方なのか不明だが、自分の置かれている境遇を題材とした歌は厳しい現実を映し出しながらも何か凛とした気配を漂わせている。短歌がその方の支えになっているのだろうと何か切なく思わずにいられない。

百人一首には入っていないのだが、この時期になると志貴皇子(しきのみこ)の詠んだ
    石(いは)ばしる垂水(たるみ)の上のさわらびの萌え出(い)づる春になりにけるかも
を思い浮かべる。早春の情景である。滝のしぶきと芽を出したばかりのワラビの柔らかな緑色がすがすがしく感じられる歌である。

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2009年3月18日 (水)

悲喜こもごも

昨日は公立高校の合格発表日だった。今年も残念ながら全員合格というわけにはいかなかった。水沢高を受けた生徒は全員合格できたが、それ以外の高校で一人だけ不合格だった。去年はその逆で、水沢高を受けた生徒で一人だけ不合格者の出た年だった。今年は受験前の雰囲気が良かったので全員合格できるのではないかと期待していたが、そう甘くはなかった。

不合格だった生徒には今日顔を出してこようと思っている。本当は顔を合わせたくないかもしれないけれど、力になれなかったことを一言詫びなければならない。合格できなかったことは残念なことだし口惜しい結果である。しかしあらゆる物事には意味がある。少し時間がたったら気持ちを切り替えて新しい目標を見つけ、受験での失敗を乗り越えて前に進んでほしいと思う。

塾に通ってくる目的の第一は目標とする志望校に合格したいからというものだろう。中3生の場合は特にそうだ。その望みとする結果を手にさせられなかったという事実は、私自身が身にしみてかみしめなければならない。長い年月教えていて全員が合格という年は滅多にない。どうすればよかったのか、どう持っていけば合格まで導けたのか、省みなければならないことは多い。

できれば全員合格というめでたい形で終わることができれば、それに越したことはないのだが、まだまだ修行が足りないということなのだろう。ともかく一年の区切りがついた日ではある。また今日から次の受験に向けて新しい一歩を踏み出さなければならない。

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2009年3月17日 (火)

福原さんのこと・その2

ある年の3月、大学が春休みに入りそろそろ帰省しなければと思っていたら、福原さんが「小林さん、出身は岩手でしたっけ?」「はい、北上です」「じゃあ、よかったら乗っていきませんか」「え?」実は福原さんは秋田の大曲に実家があり、お彼岸の墓参りに顔を出そうかと思っていて車で行く予定だったのだ。「ぜひ乗せて下さい」一も二もなく私は頼み込んだ。ちょうど飲み会が続いてアルバイト代も飲んでしまっていたため、どうやって帰ろうかと思案していたところだった。「東北自動車道の北上インターで107号線に降りるからそこまでだけど、いいですか?」そういう福原さんの申し出に大きく頷いて私は感謝した。

仙台を発つ当日、約束の場所で待っていると一台の白い高級車が停まった。クーペタイプだが国産車では当時一番高いクラスの車種だった。福原さんが笑顔で「荷物は?」と尋ねるので「これだけです」とバッグを一つ示すと「おや、ずいぶん身軽ですね」と可笑しそうに言った。荷物のバッグは後部座席に置かせてもらい、私は助手席に座った。車内に流れている音楽は意外なことにモダンジャズではなかった。「え、福原さんもフュージョンを聴くんですか?」「あ、車の時はね。とくに高速にのるときはフュージョンの方が運転してても合うから」

そんな雑談をしているうちにすぐ東北自動車道に入り、仙台の街を離れて北へ向かうことになった。車はゆったりしていて走りは静かであり、速度が出ていてもあまりそれを感じなかった。ところがどの辺りを走っているときだったろうか。赤いスポーツタイプの1台が追い越し車線を一気に抜いていった。福原さんの表情はまったく変わらなかったが、車が急に加速し始めたことに私は気づいた。ちらりと速度計を見るとすでに150キロを超えている。車が大きいのであまり速くは感じないが、どんどん加速されていくのが分かった。え、大丈夫だろうか。シートベルトはしていたが、何となく不安な気持ちが高まっていった。メーターは180キロである。うわあ、もう180キロだよ。福原さん何考えてんだ、一体。

先ほどの赤いスポーツカーが見えてきた。福原さんは追い越し車線に入るとその赤い車を抜き返して前に出た。こちらは冷や汗が出て心臓が口から飛び出しそうなくらいだった。しばらく走って速度を落とすと「私、赤い車を見るとどうしても抜きたくなるんですよ。さっきもね、小林さんを乗せているからどうしようかなと思ったんですけど、赤いのに抜かれたら我慢できなくて」「はあ」「あ、言うの忘れてましたけど、若い頃にA級ライセンスを取って鈴鹿のサーキットで走っていたこともあるんですよ」それを早く言ってほしかった。まったく人が悪い。しかしそういうペースで走ってきたので北上インターに着いたのはあっという間だった。料金所を出てすぐのところで私は降ろしてもらい、福原さんは「ご両親によろしく」と笑顔を残し107号線に降りていった。

そういう茶目っ気というか、いたずら好きなところを持ち合わせている人でもあった。「品のいい中年の紳士」という表現を何かの文章で目にすると真っ先に思い浮かべるのは福原さんのことだ。それから何年も経って久々に「カウント」を訪れ、マスターから「福原さんが亡くなったの知ってる?」と言われたときは驚いた。まだそんな歳ではなかったはずだが。どうしてまた亡くなってしまったんだろう。忽然といなくなってしまったという感じが強くて私にはまったく実感がなかった。未だに実感はない。

若い頃に出会った人というのは忘れがたい印象を残す。そしてなにがしかの影響も受ける。福原さんは、こんな大人になれたらいいなと思わせるような素敵な紳士だった。そういう大人がもしかしたら少なくなったのかもしれない。雲の上のスター選手やスター俳優ではなく、身近にいる素敵な大人。そういう大人が増えるといいなと思う。

早春の強い風が吹くこの時期になるといつも思い出さずにはいられない。ブログを書き始めたときにどうしても書き残しておきたいと思っていた人物の一人である。

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2009年3月16日 (月)

福原さんのこと・その1

毎年、この時期になると思い出す人がいる。仙台のジャズ喫茶「カウント」のオーナーだった福原さんのことだ。

仙台の「カウント」は一番町の三越近くの裏通りにあり、カウント・ベイシーにちなんで名前が付けられた店である。初めて行ったのは二十歳頃のことだったろうか。アルテックのA5という巨大なスピーカーから相当な音量でジャズが流れてくる。外からはほとんど分からないが、中に入るとズシンと腹に響くような低音がまず客を迎えてくれる。カウンターに6人くらい、ボックス席に15,6人も座ると一杯になるくらいの店内だが、通い慣れると居心地のよいところだった。

このジャズ喫茶「カウント」のオーナーだった福原さんとの出会いは、今思い出すと変なものだった。その日遅めの時間に行った私はカウンターの左端の席に座り、マスターにコーヒーを頼んだ。右端に座っていたのが福原さんだった。誰であるかまったく知らず普通のお客さんだと思った私は、マスターとのやりとりを聞くともなく聞いていた。どういうわけかNHK-FMで放送されていた「日曜喫茶室」の話題になり、福原さんが「扇ひろ子の『新宿ブルース』のEPをLPの回転数でかけるとおカマが歌っているように聞こえって知ってる?」とマスターに言う。アナログレコードをご存じない方には少し説明が必要かもしれないが、EPが1分に45回転、LPが33と3分の1回転である。LPの方が回転速度が遅いので女性の声でも音程がかなり低くなり、おカマが歌っているように聞こえるというわけである。たまたまその放送を聞いていた私は話に割り込んだ。「その放送聞きました。あれおかしかったですよね」「そうなんですよ。面白かったですね、あの放送」と福原さんは品のいい笑顔をこちらに向けて、話の中に入れて下さった。

その時はそれでおしまいだったのだが、後日常連客が「それはオーナーの福原さんだよ。ほらあそこにベイシーといっしょに写った写真があるだろ?」と教えてくれた。確かにカウンターの向こうの壁の左端に、ベイシーといっしょに笑顔の福原さんが写っている。そうかオーナーだったのか。知らなかった。次にお目にかかったときに知らずに失礼しましたと言うと、「いやいやここに来ているときは私もただの客の一人ですから」とニコニコされた。

それからはカウンター席で一緒になるとあいさつしたり、雑談の輪に加えてもらうようになりいろいろな話を聞かせてもらった。たとえばこんなふうだった。ダイナ・ワシントンのアルバムがかかっているときに「この曲ね、バック・ウォーター・ブルーズっていうんですよ。バック・ウォーターってなんだか分かりますか、小林さん?」と福原さんが尋ねる。二十歳そこそこの若造にもきちんと「さん」づけでしか呼びかけない方だった。バック・ウォーターが何なのか見当もつかなかった私が「分かりません」と答えると、「そうですか。もう少しスラングの表現にも慣れた方がいいですよ。南部の黒人スラングでは洪水のことなんですよ。河口から水が逆流してミシシッピ川が洪水になることからこんなふうに言うみたいですね」そうか洪水で何もかも失った「ブルーズ」なんだ。そんなふうにさりげなくいろいろなことを教えて頂いた。(その2に続く)

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2009年3月13日 (金)

古典の底力・その4

作家の嵐山光三郎さんが、雑誌のインタビューか何かで「徒然草は四十過ぎてから読み返すとよくわかるんだよ」と語っていたのを若いころに読んだことがある。

その当時はあまりピンとこなかったのだが、自分が四十の坂を越えてみて何気なく徒然草の一節を目にすると、なるほどなあと思うことがよくあった。古文の教科書や問題集に載っているところは、徒然草のほんの一部でしかない。その一部がいちいち「そうだよなあ」とうなずいてしまうような内容を含んでいる。

どうも徒然草というと、小林秀雄の「無常といふ事」の影響か(この方の文章には現代文の問題で苦しめられましたが)人の世は無常ではかないものだから仏道修行の道に入った方がいい、というような出家の勧めの話が多くてなんだか抹香臭い内容ばかりじゃないかと思っている方も多いのでは。

もちろんそういう話も確かに多い。だが、こういった話もある。

自分にとって名誉になるように言われたウソは、人はあまり反対しない。また、その場に居合わせた人がみな面白がっているウソは、自分だけが「そうでもなかったのに」と言ってみてもしかたがないので、黙っていると、そのうちにその話が事実であることの証人にまでもされて、それが事実ということに決まってしまうだろう。

「世に語り伝ふること」で始まる章段の一部。なあんだ現代と変わりないじゃないかと、思わず言いたくなる。兼好の時代から七百年弱の時間ではそれほど人間のありようは変わらないということか。こういった人間観察の面白さが徒然草のあちらこちらに散らばっている。「仁和寺」というお寺の名前を耳にすると反射的に徒然草が浮かんでくるが、兼好によって取り上げられた仁和寺の僧侶たちの行状も面白い。

教科書にも載る有名な章段は「仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ」で始まるものではないだろうか。長年石清水八幡宮を参詣したことがないので一人で歩いて参詣した仁和寺のお坊さんが、ふもとにある極楽寺や高良社を石清水八幡宮だと思いこんで帰ってきてしまったという話である。兼好はこのエピソードの結びに「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」と何事にも指導してくれる人は必要なことであると教訓を加えている。

そうかと思えば、仁和寺の別の坊さんが酔っぱらって鼎(三本足のついた釜)をかぶってふざけているうちに抜けなくなり、大騒ぎになったという話もある。結局この坊さん、命だけでも助かればということで思いっきり力任せに鼎を引っぱってもらい、耳や鼻はもげてしまったが命は助かったという妙なエピソードである。この話には先の話のような教訓はない。あまりにバカバカしくて教訓をつけるまでもないと兼好が思ったのかどうか。

何事か新しい物事を始めるときに思い出すのは、「能をつかんとする人」の章段だ。何かの芸能を身につけようとする人は、うまくなってから人中に出ようと思っているようでは一つも習得できない。まだ未熟なうちから上手な人たちの中に立ち交じり、笑われても平気で熱心に練習をする人が最後には名声を得るまでになるのである。このように兼好は物事を習得するコツを教える。まったくその通りで、下手でも何でもまずは上手い人の中に交じって揉まれることが何よりも大事なことだと思う。下手で恥をかくというリスクを負う代わりしっかり上達するということであり、実践にまさる教材はないということなのであろう。

こうしてみると確かにある程度人生経験を重ねてからの方が、思い当たる節が多いだけになるほどと共感して楽しめるのかもしれない。個人的には教科書に載っていない妙なエピソードの方に面白いものが多いような気がするが、教訓的な章段でもなかなか含蓄があって捨てがたい。子どもの頃に受け付けなかった食べ物でも年齢とともに食べられるようになるものだ。塩辛やホヤなどが美味いなあと感じるようになった方は、同じように徒然草が楽しめるのではないかという気がする。

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2009年3月12日 (木)

師の教え・余談

先日、地域で行われている火防祭の祭礼に出た後、神社で直会(なおらい)の席が設けられいろいろな人と歓談した。

その席に中学時代の同級生が私も含めて四人おり、期せずしてミニミニ同級会となった。四人とも小・中を通じた同級生である。二クラスしかない小さな小・中学校だったこともあるのだが、お互い旧知の間柄だ。二人は神楽の関係者で囃子方をしており、毎年火防祭の神楽巡行に加わっている。一人は地区の祭典委員をしており去年も直会の席を共にした。

私は自治会長宛に来た招きに応じての出席。実はこの火防祭の祭典委員長をしている方が同じ自治会の方で、次の行政区長をお願いした方でもある。他の自治会の会長さんはだれも出席がなく、来賓席に座ったのは私と神社の氏子総代長の方のみ。ただ、氏子総代長も公民館の建て替えの時にお世話になった大工の棟梁さんなので、あまり堅苦しい席にもならず歓談できた。

さてミニミニ同級会のようになった四人の席でたまたま話が中学時代の英語の恩師、平沢先生(以前の記事「師の教え・その1」を参照下さい)のことになった。他の三人は平沢先生が亡くなったことを知らず、そのことを話すと一様に驚いたが同時にいろいろな思い出話となった。

「師の教え・その1」にも書いたビンタ事件のことはみなよく記憶していた。ただ神楽で太鼓を担当している同級生はクラス全員で職員室に謝りに行ったと自信を持って言い切っていたが、これは違うような気がする。当時の中学校の職員室は狭かったし、職員室前の廊下にしても半間ほどの幅だったから、四十数人の生徒が押し掛けたら身動きがとれない状態だったはずで、やはり代表者たちが職員室に謝りに行ったのだと思う。面白かったのは一様に「やさしい、いい先生だったよな」と思っていることで、厳しかったとかいやだったとかいう声はなかった。

へえ、そんなこともあったのかと思ったのは、祭典委員をしている同級生の話だった。彼はリンクしていただいている「ちびやまめさん」と同じ野球部で確か内野手だったと思うが(ちなみに「ちびやまめさん」はうちの中学でサウスポーのエースピッチャーでした)、平沢先生をすごいなあと思ったのは鉄棒の大車輪を見せてくれたときだという話を始めた。体育の小原先生の間違いじゃないのかと思って聞いていると、「体育の小原先生なら分かるけど、英語の平沢先生が鉄棒の大車輪をやって見せてくれたんだよ。あれにはびっくりしたしすごいなあと思ったもんだよ」という。これは私も初耳で、意外な一面があったのだと楽しかった。

逆に平沢先生が横浜で沖中士をしていたことがあると私が言うと、他の連中は「ほお」という顔をした。大車輪の話をした同級生は「いつそんな話をきいたのか」と聞くので「ほら冬場になると、なんだっけ、ほらあのストーブ」「石炭ストーブか?」「そうそう石炭ストーブの周りに集まって雑談してるときに平沢先生が混じって昔話をしてくれたことがあったんだよ」「ふーん、すぐ教員になったわけじゃないんだ」というやりとりになった。

そういう話をしながら、こうして亡くなった後も話題にのぼって懐かしく思ってもらえる先生はうらやましいなあとふと思った。以前の記事に「ちびやまめさん」が寄せてくれたコメントも平沢先生らしいエピソードなのであらためて引用したい。

>何でも気軽に頼める先生でした。
当時流行していたラジオ深夜放送オールナイトニッポンに投稿するために、声の録音(カセットテープ)をお願いしたことがありました。「先生、怒った感じで怒鳴りまくってもらいたいんだけど」平沢先生、すぐにやってくれましたっけ。でも、あの事件での怒りとは程遠いものでした。(笑)オールナイトニッポンでは不採用でしたが懐かしい思い出です。

煙草の話になり、先生がパイプをくわえている姿を思い出すよ、と一人が言う。そうそうと他の連中がうなずく。「あまり先生らしくなかったよな、そういえば」「そうだな、確かに」私もそう思う。当時ラジオから流れていたRCサクセションの「僕の好きな先生」という曲に出てくる教師のイメージが重なる。あの曲では美術の先生だったと思うが、「僕の好きな先生、僕の好きなおじさん」という一節が平沢先生にもあてはまる気がしてしょうがない。

今の学校にもああいう先生らしくない先生はいるんだろうか?

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2009年3月11日 (水)

謝辞

昨日は公立高校の入学試験日だった。各高校の校門前に講師を派遣し激励する風景も見かけるが、私一人ではすべての高校を回ることもかなわないので試験当日もいつもと変わらない朝を過ごした。

以前の記事でも書いたように、今年の三年生はおもしろい生徒が多かった。「おもしろい」というのは、これから先が楽しみだという意味である。好奇心が旺盛で活力にあふれた元気のよい生徒たちだった。この生徒たちのよいところをうまく伸ばしていくにはどうしたらいいのか。あれこれと指導する上で考えたり、教えられることの多い一年だった。時に中だるみになってしまったり、要求しすぎてしまったり、うまく歯車がかみ合わない時期もあったが、受験前には自分で問題を解いていこうとする姿勢がどの生徒にも見えてきた。

この生徒たちの持っている勢いをそいでしまってはいけないだろうな、というのが私の気をつけてきたことだった。にぎやかなくらい活気のある学年だったから、放っておくとどんどん脱線しかねない恐れもあったけれど、できるだけ私の枠にはめないようにしようと思った。角をたわめて牛を殺すことになってしまっては元も子もないからだ。そのためには生徒たちの文化を学ぶことが教える側にとって大切なことなのだ、ということをあらためて実感した一年でもあった。

三者面談をしてみると、明らかに私より若い保護者の方が多かった。これからますますそうなっていくのだろう。しかし、父親や母親よりも年上の大人であっても十五歳の彼らと話が通じる部分はある。何のことはない。彼らの話にじっくりと耳を傾け、彼らの考え方や興味を持つものを聞いてみればいい。知的好奇心はいつの時代になっても変わらない。対象は私が彼らくらいの年齢だった頃とは全く違うかもしれないが、それでも何かをおもしろいと感じ、もっと知りたいなという気持ちを持つようになる心の動きは私にもよく分かる。その興味を示しているものについて、少しでも刺激になるようなものをこちらが与えることができれば一段と距離は縮まるように思う。

自分自身が変わらずに生徒を変えることはできない。教えるということは双方向のやりとりである。一方的な知識や方法の押しつけでは生徒の持つ力は引き出せない。つまり意欲は引き出せないということだ。彼らから学ぶことで自分が変わることができた部分も多い。そういうきっかけを作ってくれたということでも彼らには感謝したい。

昨日はそれぞれがそれぞれの志望校で試験を受けた。落ち着いて問題に臨めたのであればよいのだがと思う。そして希望する高校に合格するという結果をどの生徒も手にすることができればと願っている。

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2009年3月 9日 (月)

十五の心

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

不来方は「こずかた」と読む。歌集『一握の砂』で「煙」一の八首目にくる石川啄木の短歌である。よく知られた短歌の一つではないだろうか。特に岩手出身の方で、ある年代以上の方は、岩手の某菓子店のテレビCMでこの「十五の心」のフレーズを記憶していると思う。何を隠そう私自身も、啄木の何者であるかを知る前にCMのフレーズの方を先に覚えてしまった一人である。

「空に吸はれし」が効いている。十五の頃の不安定な、それでいて野心にも満ちた夢想が、浮かんでは消え浮かんでは消えていく白い雲のように青い空に吸い込まれていく。啄木のみならず誰にもそういう思いを抱いた日があるのではないかと思う。この歌にはそんな十五歳の頃の自分がふと思い出されるような切なさと、広がる空を見上げている情景の明るさがあってつい口ずさみたくなる。そういう魅力をもった歌である。

思うに人の感受性の基本形というのは、十五歳くらいの頃に決まってしまうのではないか。好きな音楽や映画や小説など、自分のアンテナに引っかかるものは実は十五歳の頃とあまり変わっていないような気がする。つまりあまり進歩していないということでもある。いや進歩なんかしていなくてもいいのじゃないか。一番多感だった十五歳から十七歳くらいの頃に自分が見たり、聴いたり、感じたりしたことというのは余計な夾雑物が無くすっと入ってきているものだから、その時選択したものあるいは選択しなかったものにはウソがない。何の予備知識も先入観もなくふらりと偶然ぶつかって出会ったものがその後の人生を決めてしまうことだってある。

今みたいに情報が多くなかった時代の方が幸福だったのかもしれない。誰かの目を通した情報で先入観を持ったりせず、自分で面白いものを見つけだし感受性を形作ることができたのではないかと思うからだ。しかし、案外今の十五歳も同じなのかもしれない。手に入れられる情報ははるかに多い。私たちが十五歳だった頃とは比べものにならないくらいの情報が即座に入手できる。だが情報の洪水のただ中にいても本当に心を揺さぶるものは限られている。自分の琴線に触れるものや人や出来事はそれぞれであり、そこでは選択するかしないかという取捨がたえず行われている。だから単に接することのできる情報の総量が多くなっただけで、何を選び何を選ばないかという個人の事情は変わらない。

十五歳の自分に出会えたら何と声を掛けるだろうか。"Take it easy!"かもしれない。人生成り行きだから先のことをあまり心配してもしょうがないよ。今ここにある時間を最大限に楽しんだ方がいい。それは享楽的な意味で言うのではなく、いやなことやつらいことにも楽しめる要素があるということだ。十五歳の自分に見えなかったもので少しは見えるようになったものもある。逆に見えていたもので見えなくなったものもあるのだろうが。物事は多面的なのであり、それをどう受け取るのかどう感じるのかは自分次第なのだ。だから深刻になりすぎない方がいい。最悪だと思う時間の中にも何らかの意味はある。

今年は受験前日の今日まで教室に来る中三生がいる。何と声を掛けてやろうかと思っていたが、どれくらい自分の力がついたか試験を楽しんできなさい、とでも言おうかと考えている。

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2009年3月 5日 (木)

楽しき役員選び・その後

年度末が近づき役員の改選がどの地域でもあることと思われる。以前に書いた役員選び(こちら)のその後をご紹介したい。

前回は行政区区長の推薦の件を主に載せたが、こちらは無事に引き受けていただきまずは一安心。ご苦労をお掛けすることになるので何らかの形で私も協力したいと思っている。役員を引き受けて実際大変なのは地域の人の協力を得られないときだろうと思う。自分一人で処理できることには限りがあるので、前回の教訓ではないが「他力本願」にならざるを得ない。そういうときに地域の人々が「じゃあ、オレも一肌脱ごう」と荷物を背負ってくれる意思を示してくれるだけでも役員の精神的な負担は軽くなるのではないか。

うちの自治会は世帯数の少ない極小規模の自治会であるため、何かの役職を引き受けなければならない場面が多々ある。一人で何役も受け持っていただいている方もいる。「私にはできないから」ということを言い始めると誰も役職を務める人がいなくなってしまうため、自治会長と副自治会長は輪番制で否応なく各世帯に回ってくる。しかし実際は高齢者の単独世帯など務めが難しい場合はその次の番の世帯へと融通もきく。このあたりは小さいだけに杓子定規でない対応がすぐにできる。

三月の上旬も早い時期にすべての役員選びが終了してしまった。しかもその半数以上は「他力本願」である。私も少し動いたけれど、それ以上に他の人が動いてくれてあっさりと決まってしまった。感謝することしきりだ。とくに留任してほしいと思っていた方の説得には前任の自治会長さんが「私からも声を掛けてみるから」と言ってくださり、お任せしていたのだが無事に承諾してもらうことができた。私は動いて下さった方々と承諾して下さった新しい役員のみなさんに頭を下げるだけで、こんなに楽に決まっていいのであろうかというくらいの楽をさせてもらっている。

相身互い、という言い方がある。ものごとはお互いさまなので、世話をしたりされたりという相互関係が地域の人間の中に根付いていると話は決めやすくなるのかもしれない。逆にあの時お世話になったから、あの人から話が来たら協力してやろうという気持ちにもなる。こういう相互関係は悪くないと思う。ちゃんと顔が見える近所づきあいが成り立っているという気がしてくる。

よその地区ではどのようにして役員決めをしているのかよく分からないが、それぞれの規模に合った決め方があるのだろうし、一概にこれが最善だと言われてもうちには当てはまらないというものも多いと思う。ただ、役員を決めていく過程に関しても、地区のいろいろな人が関わって話し合ったり交渉したりして動いた方がおもしろいようだ。

話は変わるが、PTAの役員交代の案内とアンケートが来ていた。中2の学級役員について1.役員を引き受ける 2.誰もいなければ引き受けてもいい 3.引き受けられない(理由を挙げて)という項目が並んでいる。はて、どうするのだろうかと思っていたら家内は1番の「役員を引き受ける(広報委員)」に○をして息子に渡していた。いわく「3年生になって役員を押しつけられたら大変でしょ。だから、いまのうちにやっておかないと」なるほど、計算高い。こういう打算で引き受けるのも「有り」かもしれない。

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2009年3月 4日 (水)

弱気の虫

公立高校の入試までもう一週間もない。いや、まだ一週間弱あると言うべきか。

直前も直前、ぎりぎりまで授業をするので生徒の気持ちの揺れはリアルタイムで伝わってくる。つい数日前までは「絶対受かるから」と明るく言っていた生徒が、「だめだったらどうしよう」「入試問題でも実力試験の時と同じようにちゃんと点数が取れますよね?」と不安を口にする。

元気がよいように見えても十五歳の少年少女なのだ。村上春樹の比喩ではないが「壊れやすい卵」みたいな存在だと思う。自分を鼓舞する自分がいる一方で、揺るぎない自信を持てない不安感もある。殻は薄く、たやすく周囲の状況の変化に影響される。そんなふうに揺れる舟の上にいるような、あるいはアップダウンするジェットコースターに乗っているような状態でも前に進もうとしている。

弱気の虫はどこにでも顔を出す。入試の過去の問題を解いていてつまずくものがあると「ああ、だめだ、これじゃ受からない」と口にする生徒。「満点でなければ合格できないところなんてないだろ。(2)ができなくても(1)をまず確保すれば大丈夫だ」「定員からすると○○人受からないけど、その中に入ったらどうしよう」「大丈夫だ。その中に入ると思わなきゃいいんだ。これまでのプレテストで志望者中の順位を見ても真ん中ぐらいだから、合格する人数の方に入る確率の方が高いと思わないか?」こういうやりとりが繰り返される。しかし、最終的に生徒自身が自分の心を奮い立たせる気持ちにならないと、私の叱咤激励も単なる気休めで終わってしまう。言葉がどこまできちんと伝わるのか、いつもそれを見極めながら発信し続けないとこちらも弱気の虫に取りつかれそうになる。

だめだと諦めてしまうから結果がだめになるのであって、諦めなかった人だけが結果を手にすることができる。鉄棒にどれだけぶら下がっていられるか比べているようなものだ。物事は多面的なのであり、どこからどの角度で見るかで同じものが違って見える。だから根拠のない確信でもそれが自分を奮い立たせるものであるならば、うまくいくという確信を持って物事を見た方がいいのだろう。その見方が正しいかどうかではなく、自分をしっかり信じることができるかどうかが大事なのだと思う。

ゆらゆら揺れる心のバランスを少しでもいい方向へ持っていき受験当日を迎えることができるよう、あと数日の期間をポジティブに過ごしてほしいものだと願う。ひりひりするような緊張感と重圧の中で試験に向かおうとしている彼らの姿を見ていると切実にそう思う。

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2009年3月 2日 (月)

春の雪

朝目が覚めるとやけに明るい。あ、雪が積もったんだ。昨夜雪が降る気配はなかったのに起きてみると一面の雪。朝日がさすとキラキラまぶしい。昨日から三月。おそらくこの雪も少し気温が上がれば、すぐに融けてしまうだろう。そういう時期になったのだ。

入試、卒業、合格発表と続く時期になると、なにがしかの感傷的な気分に包まれる。仙人のような飄々とした生き方を理想とする私はそういう感傷に流されたくないと一方では思うものの、生徒と自分の来し方行く末を思い、心波立つことも多い。

公立高校の入試まであと一週。不安を抱えながらも、それを押し返して前へ進むために自分を鼓舞している生徒もいる。カゼでマスクをしてきた同級生に「うつすなよな、絶対。マスクして来るくらいなら、休めよ」「だって今塾に来てなかったら、オレ受からないかもしれないから」と切り返しているやりとりを耳にすると、本音を言いながら受け入れている仲間意識が微笑ましい。ホントに休めよと思っていても実際に言えるかどうかは別の話で、言い合える関係だから口にしているという感じが見える。

今年の中3生はにぎやかで元気がよかった。旺盛な好奇心がそのエネルギーの源になっているんだろうと思ったが、なるべくその好奇心を刺激するような接し方をしようと心掛けた一年でもあった。ほとんど受験には役に立たない知識ではあるのだが、小数点以下六十ケタまで円周率を暗記している生徒がいたり、まったく予想もしていなかったことを不意に質問されてこちらも考え込んでしまったりと楽しいやりとりだった。人の持つ心的なエネルギーは何か一つだけに集中すれば最大限に発揮されるかというとそうではなく、あれもこれもと多方面にエネルギーを分散する対象を持つ方がかえって十分な効果を上げると述べていたのは河合隼雄氏だったか。

だから、授業には関係ないし受験にはまったく役に立たない疑問や興味も切り捨てない方が、かえって教科の勉強も含めたさまざまなことへの意欲を引き出せるのではないかという気がする。英語の諺にもあるとおり"All work and no play makes Jack a dull boy."なのではないか。私自身もいろいろと刺激されておもしろい時間を過ごすことができ彼らに感謝している。

推薦合格が決まって二月末で退会した生徒もそうだ。最後の授業の時に雑談になり、おもしろいことを聞かれた。「竹取物語でおじいさんとおばあさんがかぐや姫の世話をするけど、どうして昔話ではおじいさんとおばあさんが育てるパターンが多いんですか?」確かに「桃太郎」でも育てるのはおじいさん、おばあさんであるし大概の昔話はそうであるような気がしてきた。「そういえばそうだなあ。なぜなんだろう?日本の文化の古い層に根があるのかもしれないなあ。あ、こういう話は柳田國男の本に載っていそうだなあ」「柳田國男?」「『遠野物語』って聞いたことがあるだろ。佐々木喜善という人から柳田國男が聞き取ってまとめた代表作なんだけど」「ああ、その本の題は聞いたことがあります。それに載ってるんですか?」「『遠野物語』には載ってないかもしれないけど、柳田國男なら書いているような気がするんだよ」

この生徒は音楽をやっている生徒で進路もそれに沿ったものだったが、古文や古典に興味があり国語の好きな生徒だった。たぶんこれから進んでいく音楽の勉強に直接古文への興味や好奇心は役に立たないだろう。それでもさまざまなものへの好奇心が枯れない限り、音楽へ向かって進んでいく情熱は薄れないだろうと思う。

何を大事に伸ばしてやれたらいいのか。あれこれと考えることの多い年度末でもある。まずは公立の受験を控えている生徒たちが無事目標を達成してくれることを信じたい。

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