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2009年2月 9日 (月)

立川談志はマイルスである・さらに続き

「居残り左平次」は50分を越える大ネタである。しかも今回放映されたものはスタジオ収録であり、観客はいない。談志が一人でカメラに向かってつくりあげたひとつの世界である。

中野翠に言わせると左平次という男は「おそろしく頭がよくて、口が達者で、妙に陽気な小悪党」「落語界最大のダーティ・ヒーロー」(『今夜も落語で眠りたい』文春新書)である。同書で薦めるように、古今亭志ん朝が演じた「居残り左平次」が最高だと思う。何と言っても、左平次という陽気な天才詐欺師の姿は志ん朝の明るい華やかな「声」がピタリとあう。

こういう噺である。吉原での遊びに飽きた左平次が、河岸をかえて品川へ繰り出そうじゃねえかと仲間を誘う。ついては一人いくらいくらの割り前でどうだ。兄貴、そいつは安すぎますぜ、品川は高えって評判ですぜ。いいってことよ、後の分はオレにまかしときな。と話がまとまり一行は品川の大きな店に上がる。散々飲み食いし芸者や幇間(たいこもち)も呼んでどんちゃん騒いだ後、仲間が左平次に「これは大変な払いだぜ」とささやく。左平次は「いいってことよ。お前たちは明日の朝早くに発ってくれ。後のことは万事うまくオレがやる」と請け合い、その言葉通り仲間は翌朝帰る。一人残された左平次に店の若い衆がお勘定をとやってくるが、連中はまた今夜やってくるよ、今勘定しちゃそれきりでお客を逃がしちまうよと煙に巻いてしまう。こうして二日ほどやり過ごすが金を持っていないことがばれて蒲団部屋へと押し込まれ、遊びの代金が支払えず足止めされるいわゆる「居残りさん」となる。

しかし、持ち前の口先を生かして店に来たお客に取り入り幇間のようにお座敷がかかるまでになってしまう。客がくれるこづかいをみんな左平次に持っていかれた若い衆たちは店の旦那に追い出しを勧める。旦那が左平次に出ていくように言うと、実は自分はお尋ね者で外に出ると御用となるからまとまった金と新しい着物や帯やら必要だと左平次はでまかせを並べ立て、まんまと旦那からだまし取る。左平次が出た後でだまされたと分かった旦那が「よくもわしをおこわにかけやがったな(だましやがったな)」とくやしがると若い衆が「へえ旦那の頭がごま塩ですから」でサゲになる。

左平次という天才詐欺師のだましっぷりが見事なピカレスク・ロマン(悪漢小説)である。一文無しだとばれても平気な顔でヘラヘラしている。志ん朝の演じる左平次の明るい小悪党は一つの典型になっていると思うのだが、談志の左平次は別の典型になるのではないか。

古今亭志ん朝の左平次と比較しながら述べてみよう。話の冒頭、左平次は仲間を誘って品川へ繰り出そうと話を持ちかける。つまり志ん朝の話の場合、左平次はある意図を持って品川へ乗り込もうとしていると最初から印象付ける。安い割り前に仲間の連中が「大丈夫かい?」という感じを持っても、ハナから払う気がないので「オレに万事まかしときな」と軽く請け合うわけだ。ところが談志の場合はちがう。左平次は見ず知らずの四人組に「よっ、よっ、よっ」と幇間(たいこもち)のような調子で声を掛けて品川へ遊びに行かないかと誘う。うさん臭いヤツだ思いながらも四人は誘いに乗る。志ん朝の左平次に比べ、この時点で談志の左平次は詐欺行為を行おうとする計画性が薄いように感じる。行き当たりばったりという気さえする。四人がのってこなかったら品川へ繰り出すのもよそうかと思っているようにも見える。志ん朝の左平次が仲間を誘って確信的に乗り込むのと対照的だ。

いざ品川に繰り込み、どんちゃん騒いで左平次だけ居残るまでの流れに大きな差はない。噺の中盤、居残りとなった左平次が立て込んで放って置かれている客に取り入る場面に少し違いが出てくる。志ん朝の噺では左平次のヨイショに気をよくした客の姿が描かれる。ほめ言葉に喜んで小遣いを与え酒まで呑ませるような単純な客、つまりはだまされやすい人物造型となっている。だが、談志の「客」はなかなか左平次のヨイショに乗らない。花魁(おいらん)がなかなかやって来ないだけでなく、だれもご機嫌伺いにやってこないことに腹を立てイライラしている気分が納まらない様が随所に顔を出す。志ん朝の造型が戯画的であるとすれば談志の造型はリアルで写実的だ。左平次のヨイショもそれほど熱心にやっているような感じがしない。まあ、うまく引っかかってくれて酒の一杯、小遣いのいくらかでもせしめることができれば御の字という印象だ。

ここから幇間(たいこもち)のようにお座敷がかかるようになり、若い衆が旦那に掛け合うというところまで同じような展開である。旦那から仕立て下ろしの着物と金を巻き上げる最後の部分、志ん朝の左平次は芝居がかった大袈裟なセリフ回しをする。あくまでも戯画的な感じを徹底する演出になっている。志ん朝の左平次が陽気な小悪党という印象を残すゆえんである。だが談志の左平次はリアルだ。リアルなセリフ回しでおちゃらけない。

サゲの直前、志ん朝の左平次は旦那に言われて後をつけてきた若い衆に向かい「おめえもこの稼業で食ってく気ならよく覚えときな。オレは居残り商売をしている居残りの左平次ってもんだ、あばよ」と捨てゼリフを残して消える。談志の噺にはこの部分がない。自分がプロの詐欺師だと左平次が大きく見得を切る箇所であるのだが、あえて入れなかった。その代わり、左平次が旦那の前からいなくなるとすぐに若い衆が現れ「蔭で聞いてやしたが、何だってあんな野郎に着物と金をやって表から帰したんです?」と旦那に不満をぶつけると「あんなもんに裏かえされちゃたまんない」。遊郭に上がった初回の客がすぐに再訪することを「裏を返す」という表現に掛けたサゲである。

うーむ、今日もまた表題にたどり着かない。次回はまとめに入りたい。

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