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2008年7月 8日 (火)

印象に残った言葉から

時間が早く過ぎていくような感じが年々強くなってきた。今年も気がつけば半年が過ぎ、あっという間の半年だったなと思う。受験指導が終わると一段落するけれど、新年度が始まりまた新しい生徒を受け入れ、次のサイクルに入っていく。そんなこんなで、毎日が過ぎて振り返ると一年の半分が終わっている。

日々のさまざまな場面で数々の言葉に触れ、考えさせられたり励まされたりしたが、過ぎてしまうと忘れてしまうものも多く、備忘録の意味も込めて二、三書き出してみようと思う。

まず、どちらも新聞で見かけて印象に残った言葉を二つ。

人間、できない言い訳はいくらでも考えつくんですよね。

陸上競技で「福島大旋風」を巻き起こしている福島大陸上競技部監督、川本和久氏のインタビュー記事から。短、中距離や跳躍では身体能力的に日本人は不利だとされるがという記者に対し、こう答えて次のように続けた。

「人種が違う」というのもその一つです。私も若い頃はそんな考えがありました。
 91年にアメリカとカナダに留学してカール・ルイスのコーチ、トム・テレツさんの教えを受けた時、諭されました。
 「カズ、それは違う。だれにも100メートルは100メートルだ」
 その言葉で、自分に「福島大は地方だから、いい選手が来ないから、練習環境も良くないから」と言い訳をして、甘えていたことに気づきました。
(中略)
 シンデレラを1人作って二人三脚で結果を出しても、後に何も残りません。普遍化できる技術と指導法を蓄積すれば、ある選手で6年かかったことが次の選手で4年、その次は2年で出来ます。(朝日新聞 be on Satruday の「フロントランナー」2008.4.26付から)

カール・ルイスのコーチの言葉も、簡潔だがそれだけに説得力がある。最後の「普遍化できる技術と指導法を蓄積すれば、…」の部分は日ごろの仕事にも関わりが深いことなので、特に印象に残った。

次もインタビュー記事より。

人生とは一生かけて心を磨くこと。

京セラの名誉会長、稲盛和夫氏のことば。これだけ読むといかにも人生訓めいて見えるが、この後の部分に出てくる稲盛氏自身の経験を語った部分が印象に残った。

若いころ、来る日も来る日もセラミックの材料を砕いて焼いて、一生このままうだつが上がらないのかと思い悩んだこともありました。でも地味な仕事を積み上げるしかないと、今では分かる。こういう真理は、経験した者が若い人にこんこんと教えるしかない。

あの京セラの稲盛氏もそういう思いを抱いた時期があったんだと、興味深く読んだ。冒頭に挙げた言葉の前には、次のような一節がある。

努力の結果だとうぬぼれたい時も、幸運には感謝できるでしょ?いい時も悪い時も、ウソでもいいから「ありがとう」と言ってみる。まず自分が心地よい。明るくなって周囲も優しくなり、生活にうるおいが満ちてくる。この快感は、欲望を満たした時とは違ってさわやか。これが心を磨くことなんです。(引用はいずれも2008.6.7付朝日新聞から)

最後に、立川志の輔さんの落語「歓喜の歌2008」から。

なあ、加藤君、無かったな餃子な、おれたちの仕事に。いやあ、加藤君、ずうっと無かったんじゃない?今までの仕事にも、餃子…。

大晦日のママさんコーラスのコンサートをダブルブッキングしてしまった公民館の「主任」が部下の「加藤君」に向かって言う科白。自分たちのミスを責められて腹を立てていた「主任」がママさんコーラスのママさんたちの思いを知るにつれて、見方が変わり始め、昼の注文まちがいのわびにラーメン屋のおカミさんが寄こした餃子を前に上記の科白を言う。

ミスをしたり、自分たちに責任があることに対し、精一杯の「気持ち」を伝えるもの。それが「餃子」なのだと思うが、最近の食品偽装事件などを見るたびに、この人たちには「餃子」が無かったんだろうなと思わずにいられない。

志の輔落語の「歓喜の歌」は今年映画にもなったが、そちらで目にした人も落語の「歓喜の歌」を聞いてみてほしいと思う。



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コメント

「普遍化できる技術と指導法を蓄積できれば・・」私も勉強の指導法でこれが見つかれば、鬼に金棒だと思っています。
褒めることや、自信をもたせること、その先に、成功のイメージが出来上がれば勉強も飛躍的に伸びるのですが、そのイメージがなかなか子ども達に定着しません。ピジョンを描ける能力の差が、将来の生き方に差が出てくるような気がします。
そろそろ私など老後のピジョンが必要でしょうかね(・・笑い)。


(学び舎主人から)
コメントありがとうございます。
一人一人の顔や声が違うように、理解の仕方や覚え方も千差万別です。その個体差を超えて普遍化できるものが蓄積できれば、と常々思うのですが、試行錯誤の連続ですね。ビジョンを描ける能力の差というのはあるように思います。イチローと凡百の打者を分けているものもそれでしょうし、ビジョンがないと努力が続かないと思います。

投稿: かねごん | 2008年7月11日 (金) 06時19分

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