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2008年6月20日 (金)

60回目の桜桃忌

大きな地震に驚きましたが、震度6強にもかかわらず当方も当教室も無事に過ごしております。今回の地震で亡くなられた方々にはご冥福をお祈りします。

余震もほぼ毎日続くと慣れてくるものです。非日常も日常化すると驚きがなくなってくるということなのでしょう。教室は古いビルの三階にありますので、震度2~3くらいの余震でも相当揺れます。ゆらーりと実にいやな感じの揺れ方です。この揺れ方だけは慣れません。まずは逃げ道確保とばかり、出口のドアを開けて様子を見るということを繰り返しています。

収束するまではまだ時間がかかると思いますし、これから雨が降るようになると土砂崩れや堰き止められた土砂ダムが決壊し一気に流れ下るような事態もあるかもしれません。危険区域に近い方は気を付けてお過ごしください。

さて、6月18日付の朝日新聞「天声人語」欄に、19日の桜桃忌も60回目となるという話題が載っていました。同コラムによると、来年は太宰治の生誕100年でもあり、ちょっとしたブームで読者は増え続け、人物論もにぎやかだという話です。

津軽を訪れて「斜陽館」に足を運んだこともありますが、私は熱烈な太宰治ファンというわけではありません。無頼派の作家たちに魅力を感じ、読みあさっていたのは20代の前半のころでした。石川淳から入り、坂口安吾へ進み、最後が太宰治でした。まだまだ無頼派の作家たちはいるのですが、私にとっての無頼派体験はこの三人の作家に尽きます。石川淳からはその和漢洋の文学に対する該博な知の姿勢を、坂口安吾からは至極まっとうな批評精神を学んだように思います。では太宰治からは?

おそらく太宰治から学んだのは人間の「弱さ」というものかもしれません。

一歳年上の従兄が文庫本の『人間失格』を読んでいました。この従兄はいわゆる「不良少年」で、大きなバイクを乗り回し、ケンカに明け暮れ、どこかすねたような生き方をしている人でした。「不良少年」になれなかった私は、この従兄に憧れのようなものを感じていました。

従兄がどんな思いから『人間失格』を読んでいたのか分かりません。ただ、虚勢を張っている従兄の奥に何か寂しさや悲しみのようなものを感じていたようにも思います。太宰文学の底流にある「弱さ」と同質のものかもしれません。

太宰は、まるで耳元で語りかけられているかのように感じる、読み手の内面に直に届く文体を持っている、とだれかが書いていました。確かにそうです。自分だけに向けて書かれた手紙を読んでいるような親密な感触、そういうものに包まれながら読み進むことの幸福を読者は味わえます。そしてくり返し表現される人間の「弱さ」というもの。その「弱さ」を太宰は否定しません。

三島由紀夫が太宰治を認めなかったという話は有名ですが、「強さ」を求めた三島にしてみれば「弱さ」を擁護する太宰は許し難かったのでしょう。しかし、いつの時代になっても太宰治の作品が読み継がれていることを考えると、単に「弱さ」を擁護しただけではないのかもしれません。「弱さ」を抱きしめながら、それを乗り越えるものを太宰自身が求めていたのだろうと思います。

若いころに読んだ方がいい小説というのは確かにあるような気がします。太宰治が悩み考え抜いたことは、若い人々に普遍的に通じるものがあると思います。そういう意味で、太宰治は永遠に青春の作家なのかもしれません。

ちなみに「不良少年」だった従兄は、今では子どもの教育のことが気になるどこにでもいる父親の一人になっています。「あの頃『人間失格』を読んでいたよね?」と聞いても、おそらく「覚えてねえなあ」と言われておしまいになりそうです。


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