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2008年2月25日 (月)

『打ちのめされるようなすごい本』に打ちのめされて

米原万里さんが亡くなってからもうじき二年になります。

ロシア語通訳で、エッセイスト、作家でもあった米原さんが週刊文春に載せた書評(2001年から亡くなる直前の2006年5月分まで)と、1995年から2005年までのその他の書評を集めた部分の二部からなる書評集が、この『打ちのめされるようなすごい本』です。

以前からさまざまなメディアで紹介されていて、噂だけは早くから知っていたのですが、なかなか手にする機会がありませんでした。たまたま、借りていた本を移動図書に返しに行ったとき、タイトルが目に飛び込んできました。

噂以上にすごい本です。なんといってもすごいのは、この書評集一冊で9.11以降の世界情勢がつかめてしまう点です。テロとの戦いを標榜するアメリカの欺瞞や、チェチェン紛争を抱えるロシアの問題など、漠然としか理解できていなかったことがよく分かるようになりました。それと同時に、どの本を読めばさらに詳しい理解に到達できるかが、米原さんの的確な選択眼により明らかになっていきます。

ガンを告知されてからの書評がまたすごいです。書評家らしく、ガン治療に関するありとあらゆる本を読み、その中で有用な本とそうでない本を一刀両断していくあたりは唖然としてしまいます。もし自分が同じ立場だったら、ここまで冷静に書けるだろうかと真剣に考えさせられました。

「日本はあくまでもアメリカの属領なのだから、属領の知恵「面従腹背」を貫くべしと思うのだが」とか「そもそもアメリカの属領にすぎない日本に外務省があるのは、あたかも独立国であるかのような錯覚を国民が抱き続けるためのアクセサリーのようなものだから、職員も仕事そのものに使命感ややりがいを見出しにくいこともあろう」などという表現には、脱帽です。よくぞ本質をズバッと書いて下さいました、と言いたくなります。

そして、さらにすごいと思ったのは<(9.11の直後)CNNが世界に配信した「事件の直後、歓声をあげるパレスチナ人」の映像が「ヨルダン川西岸」」の出来事として放送されたが、実は「東エルサレム」で撮影されたもの」だという「間違い」を著者はCNNに認めさせる。イスラエルの占領下にある「東エルサレムでは、同時『テロ』を支持するようなデモンストレーションは、たとえそれが自然発生的なものにせよ、すぐに弾圧される可能性が高」く、「『演出』や『やらせ』がやりやすい」とも指摘する。>という芝生瑞和氏の『「テロリスト」がアメリカを憎む理由』(毎日新聞社)について触れた書評です。

この「歓声をあげるパレスチナ人」については記憶があります。ニュース番組で報道され、そうなのかと変に思った後、偶然ロイターのサイトで、この映像が9.11のWTCテロに対する歓声ではなくまったく別の出来事についての歓声を意図的に流したものだという記事を見つけ、ああやはりそうなんだと納得したことがありました。ところが、翌日以降のニュース、新聞を見てもこのロイターの配信記事に相当する報道が全くなく、この件に関して触れたものを目にする機会が寡聞にしてありませんでした。米原さんが2001年11月の書評でこうして取り上げていたことを今回読んで知り、ちゃんと事実関係を追っていた人がいたんだとうれしくなりました。

一人一人の人間は葦のように頼りない存在ではありますが、その頼りない人間がどうやったら世界に立ち向かっていけるのか。その具体的な方法の一つが、米原さんのように万巻の書物の中から有用な書を読みまくることなのだ、と強く実感します。

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コメント

小林先生の世の中をリサーチするアンテナの感度にはいつも敬服します。私もアンテナのさび付いた箇所を修理し、何とかデジタルとまではいかなくともアナログ的なキャッチングは出来なければと反省しかりです。入試ももうすぐですね、お体に気を付けお励み下さい。

(学び舎主人から)
コメントありがとうございます。好奇心が強いだけなのではないかと自分では思っていますが。親父もそうですし、私の息子もそうですが、火事と聞くとパッと駆け出していく落語の熊さん、八っつあんみないなもので野次馬根性が強いのだと思います。金田先生も、そろそろ疲労のピークではないかと思いますので、お体お大事に。

投稿: かねごん | 2008年2月26日 (火) 13時29分

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» 米原万里 『打ちのめされるようなすごい本』 書評 [試稿錯誤]
                         2006年(昨年)5月25日に卵巣癌により56歳で亡くなったロシア語通訳者米原万里の遺著、書評集である。文藝春秋社、発行。週刊文春書評が、本書第一部300頁を占める(2001年から2006年5月18日号まで)。本書後半の200頁は、週刊文春以外の新聞雑誌に書いた1995年以後の全書評を収録している。 週刊文春の書評は原稿用紙12枚前後。数冊を書評しているから一冊当たりは2~3枚であろうか。週刊文春に発表した書評の長さは200文字から数枚までさまざま。... [続きを読む]

受信: 2008年3月 5日 (水) 21時16分

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