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2007年11月13日 (火)

江戸的スローライフのすすめ・その2

五代目古今亭志ん生さんという落語家がいらっしゃいました。

落語好きな方で志ん生さんの名前を知らない方は、たぶんいらっしゃらないとおもいます。八代目桂文楽さんとともに語られる、伝説的落語家の一人です。『志ん生的、文楽的』という平岡正明さんの本もあるくらい、対照的な芸風の二人ですが、仲はよかったそうです。

志ん生さんの落語は「ぞろっぺいな」という言い方で表されるように、細部にこだわらず天衣無縫な自由さといいましょうか、いい意味で隙だらけの落語です。文楽さんはきちんとした折り目正しい落語で、細部までていねいに描かれていきます。それでいて、このお二人の噺はなんとも言いようのないゆったりとした、おおらかな雰囲気を持っていて、対照的でありながら同じ時代の空気を感じさせます。

志ん生さんは、息子で同じ落語家だった金原亭馬生さんが書き出しているところによれば、200以上の噺を高座にかけていたそうです。中でも有名なのは「火焔太鼓」でしょうが、人情噺と呼ばれる落語も数多く手がけています。

その志ん生さんの人情噺のひとつに、「江島屋騒動」というのがあります。ざっとこんな内容です。

ある村の名主の一人息子にみそめられた「おさと」という娘が、婚礼衣装を江戸の江島屋という大きな古着屋で四十五両二分出してそろえます。準備万端整い、馬に乗って嫁入りというその嫁入り道中の途中大雨にあい、花嫁はずぶぬれになってしまいます。名主の家で婚礼が始まり振る舞いになると、婚礼衣装のままおさとは来客に給仕をします。ところがおさとの着物の裾に片肘をつき寝転がって着物を眺めていた客がいて、それと知らずに呼ばれたおさとが「はい、ただいま」と立ち上がったとたん、腰から下が取れてしまいます。「いかもの作り」といって、糊付けした着物だったのが大雨でずぶぬれになったため、糊が取れてしまったわけです。しかも着物の下に襦袢を付けていればまだよかったのでしょうが、短い腰巻きしか付けていませんでした。満座の中で恥ずかしい目にあったおさとはもう生きていられないと自ら命を絶ってしまいます。名主は名主で恥をかかされたとカンカンになり、結婚は破談、おさとの母親も村から追い出されてしまいました。それから数年経ち、江島屋の番頭が行商に出て野中の一軒家で宿を借りたところ、これがおさとの母親の住む家で、夜中にわら人形で江島屋を呪い殺そうとしているという話を聞かされます。あわてて番頭が江戸に帰ってみると江島屋は弔いの最中。おかみさんが急死してしまったという話になっていきます。

私が聞いた「江島屋騒動」は前半と後半に分けて高座にかけたものでしたが、後半の噺のまくらで志ん生さんがこんなことを言ってます。
「人というものは、金がほしいなあっと思うてぇと、その欲しいにつけてなんかそこへムラムラと人の道でない方のことを考えてくるもんですから、欲というものは恐ろしいもんです。だから金なんぞをためようと思わない、たまってこなくちゃいけないですな。金は残さないで残ってこなくちゃいけないてぇことです。(中略)だから金てぇものはしょうがないもんでその人間にさずかるんです。人を泣かして自分が、はぁ、おれはいいってんじゃ、そいじゃなんでもないんでございます。」

なんだか、昨今の「偽装」事件の数々を見越したような話だなあと、このまくらを聞くたびに思います。見えなければいい、知られなければ何をやってもいいんだという風潮はやはりよくないことです。江島屋のような報いを受けなくても、それに手を染めた人間の心を確実に蝕んでいくと思うからです。宵越しのゼニは持たねぇ、というお金に執着しない江戸っ子の心の持ち方を見習いたいものです。

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