2009年7月10日 (金)

江戸的スローライフのすすめ・その12

江戸時代の伝説的彫刻職人に左甚五郎という人がいる。日光東照宮の「眠り猫」などがその作品として有名だが、実在が疑わしいとも言われている。

この左甚五郎の出てくる話は講談などにも多いが、落語でもいくつかある。「竹の水仙」「四つ目屋」「三井の大黒」「ねずみ」などだ。このうち聞いたことがあるのは、後の二つだけだ。どちらの噺も三代目桂三木助が演じたものである。

三代目桂三木助といえば、風景描写の美しさで群を抜いている「芝浜」が有名だ。五代目古今亭志ん生は三木助の「芝浜」にでてくるカミさんじゃ、魚勝こと魚屋の勝五郎が芝の浜で財布を拾ったのが夢だとは思い込めねえと批評したらしい。噺の演出という点ではそうかもしれないが、それでも三代目桂三木助の「芝浜」には完成された美しさがある。大人のための一種のフェアリー・テイルだと思って聞けば、これほどの美しい噺は他にない。

この「芝浜」の印象が強かったため、三木助=人情噺の落語家というイメージが自分の中に出来上がってしまっていた。それを変えてくれたのが、この左甚五郎を主人公にした「三井の大黒」であり「ねずみ」である。

「三井の大黒」は江戸に出てきた左甚五郎が、ひょんなことから江戸の大工の棟梁政五郎の世話になる噺だ。自分が左甚五郎だと名乗る機会を逸してしまった甚五郎は政五郎の弟子が名付けた「ぽんしゅう」というあだ名で呼ばれることになる。ほとんど仕事に出ない甚五郎に、政五郎は彫刻の仕事を手間賃取りにやってみねえかと水を向ける。三井から大黒を作ってくれと頼まれていたのを思い出した甚五郎は大黒を彫ることに集中し始める。大黒が彫り上がり三井の番頭に手紙を出して受け取りに来てもらい、政五郎にも「ぽんしゅう」が実は左甚五郎であったことが知れるという噺だ。この噺の甚五郎はとぼけた味のある爺さんみたいに描かれている。ノンビリとした口調が妙に耳に残る。

「ねずみ」は仙台の宿屋が舞台だ。「鼠屋」という旅籠(はたご)の客引きをしている子どもに興味を持ち、左甚五郎は「鼠屋」に泊まることになる。ところが蒲団もないし飯もなく、足腰の立たなくなった親父と十二の子どもがやっている貧乏旅籠で、話を聞いてみるとその親父は元は向かいにある「虎屋」という旅籠の主だったのが、後添えと番頭に宿屋を乗っ取られて追い出されたのだという。話を聞いた甚五郎は親父と子どものために板きれでネズミを彫ってやる。このネズミが生きているように動き回ると評判になり、「鼠屋」は千客万来となる。それをくやしがった向かいの「虎屋」は、別の彫刻師に虎を彫らせる。その虎ができると「鼠屋」のネズミがぴたっと動かなくなる。「鼠屋」の親父からの手紙で事情を知った左甚五郎が急いで仙台にやって来るという展開になるのだが、サゲは洒落たサゲなので伏せておきたい。

この「ねずみ」は、ずいぶん昔に聞いて印象に残っていた噺である。三代目桂三木助が演じていることも知らなかった。左甚五郎と十二歳の子どものやりとりがとても良くて、印象に残っていた。つい最近、三木助の「ねずみ」を耳にして、あ、あの噺だとすぐに分かった。もしかすると「竹の水仙」も聞いたことがあるかもしれない。ただ、三木助だったかどうかは分からない。「ねずみ」の噺は神業とも言える技量を持った彫刻師の存在が、噺を成り立たせている。古今亭志ん生の「らくだ」の一部にも左甚五郎をとりあげたくすぐりが出てくる。「左甚五郎の作った蛙だから買えって言われて、まるで生きてるみたいだなあと手を伸ばしたらピョンと跳ねた。本物のトノサマガエルを置いてやがった。」という部分だ。

実在したのかどうかの詮索はだれかにまかせるとして、この左甚五郎を主人公にした「三井の大黒」と「ねずみ」は話の内容も面白いが、それを語る三代目桂三木助の声と間と調子がいい。何度聞いても引き込まれる。三木助の人物造型による左甚五郎がそれくらい印象深いということなのだろう。

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2009年7月 9日 (木)

少年の凶悪犯罪は増えていない

島根で中2の男子が父親を殺害したというニュースが報道された。成績のことで父親と長男から厳しく叱られたことが原因かと見られているようだ。

毎回、こういうニュースが出てくる度に少年による凶悪犯罪が増加しているような論調が出てくることがある。しかし、「犯罪白書」等を見てみれば分かることだが、少年犯罪の総数が増えているわけではない。

え、そんなことないよ、マスコミでよく少年犯罪が取り上げられているじゃないか。という声もありそうだが、実はここに問題がありそうだ。少年犯罪の総数は増えていないのに増加しているように感じる理由の一つに、マスコミで取り上げられる機会が増加したことがあげられるようだ。

昨日紹介した斎藤美奈子さんの『たまには、時事ネタ』に、興味深い考察が出ていた。

少年犯罪が増加・凶悪化しているように見える理由のひとつは、報道の量が飛躍的に増加したことがあげられよう。一例がテレビのワイドショーである。かつて芸能人のスキャンダルを目玉商品にしていたワイドショーは、芸能プロダクションのガードが堅くなったことから、近年とみに事件報道に力を入れるようになった。そのためジャニーズ事務所(に代表される芸能プロ)が少年事件を増やした(ように見える)という人までいる。(289頁)

最後の部分は極論としても、芸能スキャンダルのネタが減った分、少年犯罪等の事件報道が増えたという説はなるほどありそうだという気がする。

今回の事件にしても、一般論で述べられる性質のものではないだろう。厳しく叱られた子どもがみな親を殺害するわけではない。この生徒に固有の特殊な事情や背景があって起きた事件だろうと思う。

それにしても平成20年の「犯罪白書」を見て驚いたのは、高齢者の犯罪が増加しているということである。少年犯罪ではなく、高齢者犯罪が増えているのが実態とは。関心のある方は、法務省の法務総合研究所のサイトに載っている「平成20年版犯罪白書のあらまし」をどうぞ。

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2009年7月 8日 (水)

時事ネタも面白いのは、さすが

本好き人間にとって、一番の頼りになるのは的確な「眼」を持った書評家の存在だ。それぞれお気に入りの書評家をお持ちだと思うが、私が無条件に手を伸ばすのは米原万里さんと斎藤美奈子さんの書評だ。米原さんは惜しいことに亡くなられてしまったが。

それにしても二人とも女性書評家である。なぜ、女性書評家なのか。いや設問の立て方が悪かった。なぜこの二人なのか。たまたま二人とも女性書評家なので最初のような問いかけになってしまったが、別に女性だから読んでいるわけではない。その書評が的確で、本質的なものをこちらへ取り出して見せてくれる手際が小気味よいから読んでいるのだ。

で、斎藤美奈子姐さんである。ときどき朝日新聞の学芸欄で小説時評を載せているが、切れ味抜群の時評である。寝ぼけた目がいっぺんに覚める。外側に見える事象や表層の奇矯さに惑わされることなく、斎藤姐さんは的確にその奥にあるものを明るみに出す。優秀な外科医が患部をスパッと切り取る手際を見ているようだ。

この斎藤姐さんが、書評ではなく時事ネタを取り上げた時評がタイトルもずばり『たまには、時事ネタ』(中央公論社、2007年)である。「婦人公論」の連載コラム「女のニュース」をまとめたもので、略称は『たまじじ』なのだそうだ。なんだか猫のタマを呼んでいる爺さんみたいな略称だが、この時評集が面白い。

2001年5月から2006年12月分を加筆修正して収録した、と「あとがき」にある。21世紀の最初の10年のうち、半分ちょっとの期間に日本や世界で起きた出来事をその時々のマスコミ動向とともにズバリと評している。そうなんだよな、21世紀に生きているんだよな、我々は。9.11同時多発テロ。ブッシュ政権と小泉政権。外務省を巡る田中眞紀子、鈴木宗男問題。イラク戦争。安倍政権。アテネ五輪。JR列車脱線事故。テポドン発射。こうして項目だけ並べてみても、この期間に日本が大きな曲がり角を曲がってしまったんだなとぼんやり思う。

斎藤さんの時評は、ときに日和見的なマスコミの風潮を一刀両断し、自主規制したがる日本人の心性をみて、きっと戦争に至る過程の日本もこうだったんだろうと言う。自粛モードのときに火中の栗を拾う「非国民」の道を選ぶのは、想像以上に勇気がいる。そう述べて、勇気さえあればコラムは成立する、というわけでもないところが難しいのである、と時評の立っているポイントを冷静に振り返る。

この辺が斎藤姐さんの評論の頼りになるところである。決して一方に熱くなってしまわない。クールに全体を見通して、本質を突く。書評集ではなくてもすぐれた書き手の手になると面白い本になるという見本のような一冊だと思う。

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