2024年9月27日 (金)

「家族」の物語

この数年、韓国ドラマと韓国映画にはまっている。何がきっかけだったのか、どのドラマや映画が入口だったのか、今となってははっきりしないがとにかくどっぷりつかってしまった。

歴史物も現代劇もどれをとってもおもしろい。何が一体それほど引きつけるのかよく分からないまま、ほぼ毎日韓国ドラマや映画を見てきた。最近になってどうやらその正体が分かってきたような気がする。

それは韓国ドラマや映画が「家族」の物語だということだ。血のつながった家族だったりつながりのない疑似家族だったり家族の形は様々だが、韓国のドラマや映画の中で「家族」の物語は重要な要素を占めている。家族愛だけではなく、家族間の近親憎悪も含めて家族とは何かを考えさせられる。李氏朝鮮の宮廷を舞台にした歴史物でさえ、王と世子(王の嗣子)や世孫(王の嗣孫)、あるいは王と王妃、王と側室をめぐる「家族」の物語なのである。

だから同じように家族のテーマを追い続ける是枝裕和監督が、韓国で「ベイビー・ブローカー」を韓国の俳優だけで撮ったこともうなずける。あの映画も疑似家族のような登場人物たちのロードムービーだった。仮に日本で日本の俳優だけで撮ったらどうだったろう。おそらくあの親密な空気は出なかったのではないか。同じ是枝監督の作品で言えば「万引き家族」も疑似家族だが、「ベイビー・ブローカー」の持つ感触とは異なる。それは日本と韓国の社会で「家族」の持つ意味合いが、個人にとって異なるからなのだろう。

家族との愛憎関係が稀薄になり、個人がばらばらに生きている日本と、愛憎ともに濃密な人間関係が残っている韓国との違いということなのかもしれない。だから韓国のドラマや映画を見ていると、自分が子どものころ見知っていた親密な空気が思い出されて引きつけられるのだと思う。

もう一つ引きつけられる理由を挙げると、喜怒哀楽の感情表現が豊かだということ。特に「泣く」ということが男女を問わず、よく出てくる。それから韓国語は罵倒語の表現の幅が広いようだが、怒りを表す場面もその表現が豊富だ。この感情表現の豊かさも、家族の場合と同様、人間関係が稀薄になりあまり感情を表に出さない日本と対照的だ。

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2024年5月 7日 (火)

分断、統治、そして統合

植民地支配の常道として「分断統治」はよく知られている。宗主国の支配に対し決定的な反乱が起きないよう、支配されている植民地の人びとの間に「分断」を作り出す。その「分断」を維持していけば破壊的な反抗は起こり得ないので、支配する側は楽に「統治」を進めることができる。

これは非常にうまく考えられたやり方だ。抑圧的な位置に置かれている側の人間に、抑圧されているという一点での連帯をもたらす代わりに、ともに抑圧されているという事実から目を逸らさせる絶大な効果を生み出す。同じような状況に置かれているのに、どうしてあいつが優遇されて、俺が冷遇されるのか。優遇、冷遇といっても大局的にはわずかな差でしかないのだが、その微妙な差違が感情を逆撫でする。

見渡せばどこもかしこも「分断」だらけではないか。敵か味方かという二項対立。白黒はっきりさせろ。旗色を鮮明にしろ。グレーゾーンのあいまいな立場を許さない「分断」は、双方から距離を取ろうとする存在に対しても攻撃の手をゆるめない。場合によっては卑怯なやつということで、敵以上に罵声を浴びるかもしれない。

「分断」が悲惨な状況を長引かせると、その状況を打開するために「統合」という新たな道が示される。「分断」したまま憎み合い、殺し合うより、「分断」を乗り越えて手を握るべきではないか。そういう声が起こる。確かにその通りだ。「分断」より「統合」のほうが望ましい状態ではないか。誰しもそう思う。実はそこに落とし穴がある。「分断統治」されている抑圧された人びとの中から生まれる自発的な連帯への動きは徹底的に管理され、最終的には排除される。反抗が具体的な形を取っても、それは一時的なガス抜きにしかならないということだ。「統合」は支配する側からしか提示されない。それゆえそれは新たな支配のための巧妙な仕掛けでしかなく、「分断統治」から「統合統治」へと意匠が変わっただけなのだ。

感情を揺さぶるというのは重要な策略だ。喜怒哀楽のうち特に怒と哀の二つにうまく訴えかけると、大衆の感情を引っかけることができる。怒りをかき立てる、耐えがたい悲しみに直面させる。どちらも重要な方法だ。怒りは「分断」をより一層深め、悲しみは「統合」への希求を強める。怒りも悲しみも強い感情であるため、長い時間それらの感情にさらされることは大きなストレスとなる。耐えきれなくなったところで、それを一気に解消してくれる「救世主」が現れると流れは急激にそちらへ傾く。その「救世主」(「救済策」でもよい)が、どのような性質のものであるかは問題とならない。「救世主」または「救済策」であると見なされればよいだけだ。宙づりされていた感情が解放されることが重要なのだ、この場合。

どのみち統治されることから逃れようがないのかもしれないが、支配する側が「統合」を持ち出したときには要注意だろう。大々的に打ち出されるか、さりげなく人びとの意識に残るようすべり込まされるかはともかく、誰が「統合」を口にしているのかには気をつける必要がある。一見すると誰も反論できないような正論の形をした「統合」の主張こそ、実はその裏側に「統治」の意図が隠されていたりするからだ。

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2024年3月 1日 (金)

未読リスト、例によって

例によってこれから読む予定の本。

『ジャズピアノ』上下 岩波書店 マイク・モラスキー
『江戸後期の詩人たち』 東洋文庫  富士川英郎
『西南役伝説』 講談社 石牟礼道子
『平成史』 与那覇潤
『朝鮮時代ソウル都市史』 勉誠社  高東煥

とりあえず。

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2023年9月 1日 (金)

最近読んだ本

朝鮮史関連で
『閔妃暗殺』角田房子、新潮社
『朝鮮半島の歴史』新城道彦、新潮選書
『朝鮮の歴史』朝鮮史研究会編、三省堂

松本健一の諸作をまとめて
『開国のかたち』『日本の失敗』『評伝 斎藤隆夫』『近代アジア精神史の試み』『竹内好論』いずれも岩波現代文庫

朝鮮史関連の三冊では、『朝鮮の歴史』が古代から現代までの通史で、『朝鮮半島の歴史」が李氏朝鮮から朝鮮戦争までと少し範囲が狭く、さらに『閔妃暗殺』は大院君と閔妃の権力をめぐる確執に絞り込まれたもの。

このところしばらく韓流歴史ドラマや映画にどっぷりとはまり込んでいるのだが、背景となる李朝の歴史をよく知らないまま観ていたので、通史的な知識を得たいと思うようになった。なかなか適当なものが見つからずにいたが、『朝鮮の歴史』『朝鮮半島の歴史』はそれぞれ読みごたえがある。特に『朝鮮半島の歴史』は2023年6月に刊行されたばかりの本なので、最新の歴史観に触れることができる。

角田房子の『閔妃暗殺』は1988年初版の本ではあるけれども、丹念に調べあげて書かれたという印象を受ける。閔妃は、夫の高宗を意のままに操った聡明な王妃であるが、閔氏一族による勢道政治(姻戚支配)をもたらした元凶とも言われる。朝鮮半島を支配下に置こうとしていた日本にとって最も排除したい存在だったが、一国の王妃が他国の「壮士」たちによって王宮で殺害されたという事実は衝撃的だ。しかも日本では、その歴史的事実がほとんど知られていないのではないか。

実はこの閔妃暗殺に限らず、1910年から1945年に至る韓国併合の時代も含めて、朝鮮半島の近代史が日本ではよく知られていないのではないか。知らないのは教えられないからだが、これではまともな議論や意見のやりとりはできない。隣国であるのに、その歴史をよく知らない。歴史を知れば、「今」が見えてくるようになると思うのだが。

松本健一の諸作も、「今」が見えてくるようになるために必要な著作だ。特に『評伝 斎藤隆夫』。「孤高のパトリオット」という副題が読後にしみてくる。

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2023年4月11日 (火)

映画「幕末太陽傳」を観る

長年観たいと思いながらなかなか観る機会のなかった「幕末太陽傳」をようやく観ることができた。フランキー堺が主演で、落語の「居残り佐平次」を映画にしたようだということくらいしか予備知識がなかったのだが、予想以上に面白かった。

話の筋は単純で、落語の「居残り佐平次」を主軸に、長州藩士が御殿山の英国公使館を焼き討ちする事件が並行する。

「居残り佐平次」については以前書いたことがあるが、陽気な詐欺師で小悪党の佐平次が品川遊郭の大店に仲間を連れてさんざん飲み食いし、連れは帰して自分だけ居続けをする。そのうち一文も持っていないことがバレて布団部屋に押し込められるが、当人は持ち前のずうずうしさを発揮し、にわか幇間(たいこもち)となってひと稼ぎするという噺。

この「居残り佐平次」をもとにして、落語でおなじみの噺が随所にエピソードとしてさしはさまれる。ざっと気付いたもので、「品川心中」「五人廻し」「文七元結」「三枚起請」「お見立て」が挙げられるが、細かいものまで入れたら、まだまだあるのではないか。石原裕次郎演じる高杉晋作が、フランキー堺演じる佐平次のこぐ舟に乗り、佐平次から舟板の栓を抜いて沈めてしまいますぜとおどされて慌てるシーンなど「夢金」の船頭と浪人のやりとりを思い起こさせる。

つまりこの映画は徹頭徹尾、落語の引用からできていて、落語好きにはたまらないという夢のような作りになっている。もっとも、それゆえ話は単純で、ストーリーはあってもなくてもよいような扱いである。それよりも引用された落語の噺を映像化するとこうなるのかということを楽しめばよい。

特に「品川心中」で遊女のお染と心中する貸本屋の金造を小沢昭一が演じていて、これが落語の世界そのままのハマり役でおかしかった。しかも、落語ではお染に海に突き落とされた金造が遠浅の海で横になって溺れかかっていたことに気付いて悔しがり、ひどい格好のまま世話になっている親分の所へ顔を出し他の子分たちがびっくりする前半の噺でサゲにする場合が多いのだが、映画ではお染に仕返しをしに行く後半まできっちりと描かれていてエピソードが完結している。

それにしても、なぜ幕末「太陽」傳なのだろう。石原慎太郎の小説『太陽の季節』が「文學界」に載ったのが1955年、単行本となるのが翌1956年。映画「太陽の季節」も1956年封切。この映画は1957年封切。そういうことで「幕末太陽傳」を撮った川島雄三監督は、幕末の「太陽族」を描きたかったのだそうだ。まあ、石原裕次郎も出ていることだし関係があるのだろうなという気はしていた。

Wikipediaによると、フランキー堺が演じる主人公が走り去るラストシーンで、そのままスタジオを飛び出し、製作当時の現代の街並みを走り抜けるという演出構想を川島監督は持っていたようだが、現場の反対で断念したらしい。今なら、あまり抵抗なく受け入れられそうな案だが、当時では斬新すぎて理解されなかったのだろう。実現していれば、過去と現在は地続きなのだということを象徴するシーンになったと思うのだが。

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2023年4月 9日 (日)

永訣

三十年以上前に家庭教師として教えていた生徒が急死した。満五十歳。新聞の慶弔欄を広げたときに見覚えのある名前があり、喪主は亡くなった生徒の兄の名前になっていた。兄のほうも短い期間だが教えたことがある。

告別式や火葬の日時を確認してみると、告別式は無理だが火葬には出られると分かり、金曜の朝8時半に火葬場に向かった。受付でお悔やみを出しベンチに座っていると、まもなく受付の男性が「火葬が始まるそうですからどうぞ」と案内してくれた。

正面に飾られた遺影は、教えていたころの面影をいくらか残していた。ただ、当たり前の話だが、年齢相応に貫禄がついていて過ぎた年月を実感させた。焼香が終わり喪主である故人の兄があいさつをした。彼も昔の面影を幾分残していたが、やはりそれ相応に歳月の隔たりを感じさせた。

最後の別れのあいさつをして棺を炉台に移し替えるときに、私も棺の一端を支えた。遺族や親族が控え室に戻るとき、喪主である故人の兄に声をかけた。すぐに思い出せないようだったが「わざわざおいでいただきありがとうございます。」と丁重にあいさつを返された。

亡くなった元生徒は、中学2年から高校卒業までの五年間ほど教えた。週に3回くらいだったように思うが、かなりの時間を一緒に過ごしたことになる。口数が少ないおとなしい生徒だった。素直と言えばいいのか。父親が教育熱心で、兄弟二人とも父親が敷いたレールの上を歩いている感じだった。三十代になるかならないころだった私は、素直に親の敷いた道の通りに歩いている彼らに物足りなさを覚え、自分がどうしたいのか考えてみろと何度か話したことを覚えている。

大学生になった元生徒に一度だけ会ったことがある。高校時代の友人と正月にたまたま北上市内で酒を飲む機会があり、そのとき立ち寄った店で兄弟とその父親が一緒に飲んでいた。偶然の再会を喜び、近況などを聞き、私たちのほうが先に店を出た。すぐに後から元生徒が追いかけてきて「先生、忘れ物です。」と言ってライターを手渡してくれた。「それじゃあ、元気でな。」そう声をかけて別れたのが最後だ。あれから一度も会うことなく、再会したのが火葬場の遺影だった。

家庭教師として教えた生徒は数多くいる。記憶に残る生徒も多い。けれども折にふれてどうしているだろうかと思い出すのは、彼だった。何故なのかはよく分からない。このまま大人になって大丈夫だろうかと、中高生の彼を見て思っていたからかもしれない。どんなふうに生きていくのだろうかと気になる生徒だった。

それにしても五十歳で亡くなるとは。

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2023年2月14日 (火)

Bill Evans

スコット・ラファロがベースを弾いていたRiverside盤のトリオ演奏は、いつ聴いても眠気が吹き飛ぶような演奏だ。ピアノとベースとドラムスの作り出す張りつめた演奏空間。聴く者は自らの内側へといざなわれ、自分自身と向き合うことを求められる。ふと、これを演奏していた彼らはきつかっただろうなと思ってしまう。

ビル・エヴァンスの演奏はスコット・ラファロが早世してからのトリオでも基本的に変わらない。晩年に近づくほど装飾音が増え、ルノワールの晩年の絵を見ているような豊穣な音の散乱になってゆくが、ビル・エヴァンスのピアノの音はそれでも鮮烈だ。一度耳にしたらまちがえようもなく彼のピアノだと分かる。

すごい、と思ったのは東京でのコンサートを収録した"Live in Tokyo"での演奏だ。この時のベースはエディ・ゴメス、ドラムスはマーティ・モレルだが、一曲目からスタジオ録音ではないのかと思われるほど完璧なトリオの演奏が流れる。何度もライブ盤であることを確認したくなるくらい緊密な、美しい音のつらなりである。この緊密さで最後までライブ演奏している当人たちは、もしかしたら集中しすぎていて大変さなど感じていないのかもしれない。

ビル・エヴァンストリオの演奏はなぜ人を内側へ向かわせるのだろう。それはライブ演奏でもそうであるように、演奏者自身が内側へ内側へと集中していく姿勢を保っているからではないだろうか。若いころの写真を見ると、ビル・エヴァンスは鍵盤に顔がつきそうなくらい上体を傾けて弾いている。観客など眼中にないという集中度だ。そこからあの張りつめた美しい音が生み出される。

"Live in Tokyo"でも弾いているが"My Romance"は若いころから晩年に至るまで、何度も何度も演奏されてきた曲だ。どの年代の演奏を聴いても、それぞれいいのだが、晩年に近い、装飾音の増えた豊穣な演奏がなぜか耳に残る。隅から隅までよく分かっている曲に、それまでの演奏のすべてをつぎ込んでいるような不思議な感動を覚える。もちろん"Waltz for Debby"に収録されている"My Romance"はこの上なく簡素で美しい。そうではあるのだが、それに劣らず晩年のものもいいということだ。

そう言えば、"Waltz for Debby"というアルバムもヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ演奏だった。あまりに完璧な演奏なので、曲が終わったあとに入る拍手やグラスの触れあう音でライブだったと我に返る。いつ聴いても、これはこれで驚きだ。

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2022年9月16日 (金)

天高く

ここ数日暑さがぶり返し、まだまだ夏の気配が消えないが、それでも空を見上げるともう秋の空だ。何より窓を吹き抜けていく風の涼しさが秋の訪れを告げている。もう一、二週もすればすっかり秋の気配に包まれていることになるだろう。いつの年もそうだが、涼しさを通り越して寒ささえ覚える朝晩の冷え込み具合にふと気づくと、あの暑かった日々は何だったのだろうと思う。季節の移り変わりは早い。自然の季節も、人の生の季節も。

今年の夏は珍しく夏期講習の受講者が多く、予定していた時間枠がそれぞれほぼ埋まるという状態だった。少し予想外で、例年通り暇な夏期講習になるだろうからゆっくりしようかというあてはすっかりはずれてしまった。夏期講習が終わるとどうっと疲れが出た。目はかすむし、朝起き抜けの小便があまりに濃い色で血尿かと疑いたくなるほど疲労が一気に出た。これも今までには無かったことだ。その後徐々に疲れは抜けて、尿も普通になったが、ああ、年を取るというのはこういうことなのかとしみじみしてしまった。

気持ちの上では何も変わらない。だが、身体は正直だ。疲労がたまれば若いころのようには無理ができない。身体のちょっとした違和感は警告だと思って自重するに越したことはない。意識や気持ちは同じでも、身体的な「老い」から目をそむけることはできないのだとつくづく思う。

とはいえ根が極楽とんぼのお気楽者なので、喉元過ぎればなんとかで元の木阿弥。どうってことありませんよとヘラヘラして相変わらず不摂生な毎日を送っている。そんなふうにヘラヘラしていられるうちが花なのだろう。

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2022年7月 3日 (日)

最近読んだ本

このところ、しばらくぶりに小説などを読んでいた。忘れないうちに少しメモしておこうと思う。

1 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』
2 中上健次『千年の愉楽』
3 武田泰淳『秋風秋雨人を愁殺す』
4 桶谷秀昭『昭和精神史』

まず1の『薔薇の名前』から。ウンベルト・エーコのこの小説が有名になったのは何十年前のことだったか。中世の修道院を舞台にした小説がどうしてあれほど話題にのぼったのか、今となっては思い出すこともできないのだが、読んでみようと思ったまま数十年過ぎてしまった。

今回読んでみて、ああ高級推理小説だったのかと納得した。フランチェスコ会の修道士とベネディクト会の見習修道士が修道院を舞台に繰り広げる推理劇は、だれかが指摘していたようにホームズとワトソンのそれと同質の物語である。ただ「高級」と頭につけたのは、推理劇が進行する合間をぬって、中世の修道会と異端思想についての学術的とも言える蘊蓄が展開されるからである。ヤン・ガルバレクの『オフィチウム」をかけながら読むと中世修道院の雰囲気が彷彿としてくるのではないかと思う。確か映画にもなっているはずだが、そちらは未見。

2の中上健次の小説は、はっきりと覚えていないのだが蓮實重彦がだれかと対談している中で触れていて、そういえば『千年の愉楽』は読んでいなかったなぁと気づき読んでみたもの。いやあ、これはすごい。今の小説家でこんな濃密な作品を書ける人がいるのだろうか。中上健次が46歳で亡くならず今も健在で小説を書き続けていたらと幾度も思ったことがある。おそらく怪物のような巨匠になっていたのではないか。村上春樹とは対極の、濃密で地霊の声が響きわたるような重い世界を存分に繰り広げたことだろうに、と惜しまれる。

『千年の愉楽』は連作短編集で、舞台となっているのはおなじみの「路地」。オリュウノオバと呼ばれる産婆が語り手であり、連作をつなぐかなめともなっている。ここに登場する男たちはみなオリュウノオバがとりあげたのであり、高貴な一族の末裔とされ、若くして尋常ならざる死を迎える存在として描かれる。破滅へと向かうそれぞれの生の流れが奔流のごとく過ぎていく様は、一瞬のうちに消えていく流星にも似てはかなくも鮮やかだ。

3の『秋風秋雨人を愁殺す』は辛亥革命の起きる四年前に浙江で武装蜂起を起こそうとして捕らえられ、処刑された女性革命家秋瑾を描いた評伝である。渡辺京二が『近代の呪い』の中で、武田泰淳のこの作品に秋瑾が描かれていることを触れており、そのうち読んでみようと思いながら読んでいなかったものの一つである。

秋瑾は日本に留学し、孫文が組織した中国同盟会に加わり、浙江省に帰ってからは性急な武装蜂起を準備する。客観的に考えれば時機を待つほうが革命を成功に導く可能性が高いように思われても、秋瑾はただちに武装蜂起を起こす性急さを選び、こと破れて命を落とすことになった。行動の人であったということに尽きるのだろう。

同じ時期に日本に留学していた魯迅は、秋瑾と同郷の紹興の人である。

4の桶谷秀昭『昭和精神史』は、読んでいる途中である。昭和の精神史を二十年の敗戦までとそれ以降とに分け、前半の敗戦までを記したものがこの本である。この数年近代史の学び直しをする中で少しは理解しかけたところもあるので、この『昭和精神史』がとりあげている内容は実に味わい深いものがある。

農本主義の橘孝三郎についての記述や、二・二六事件の安藤輝三大尉についての記述など特に熟読玩味すべきだろう。永井荷風と川端康成についての記述も興味深いが、まだ半分近く残っているので、読了したら詳しく見直してみたい。

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2022年5月10日 (火)

初夏

一年の中でこの季節が一番いい。里山が柔らかな緑色に包まれ、パステルカラーで描かれた風景画でも眺めているような気分になる。少し経てばこの緑色がぐっと濃くなり、暑苦しささえ感じさせるようになる。若葉に覆われた柔らかな色合いの風景は今しか目にすることができない。

人の一生も同じかもしれない。新緑に包まれたパステルカラーの季節は長くない。それゆえ一層、その季節は束の間の輝きに彩られた、かけがえのない時間に見えてくる。ただ、それは過ぎてしまってからでないと気がつかない。その中にいるときには、逆に煩わしく憂鬱な時間でしかなかったりする。

もう自分が若くないという実感は正直なところ、まったくない。確かに若いころのように無理はきかない。目がかすんで字もよく読めない。少し草取りをしたくらいで体が悲鳴を上げる。けれども意識の上では、老いたとか若くないのだという実感がない。いつまで経っても意識は何も変わらない。昔と同じように相変わらず愚かなままだ。さまざまな事柄への好奇心も枯れることがない。

それでも、何かの折に過ぎてしまった時間の断片が心の隅をかすめていくとき、隔たってしまった時間の厚みにたじろぐことがある。それは戻ることができない時間の隔たりであり、おそらくこの先も現在の自分の時間に交わることがない時間の断片だと思われるからなのだろう。あのころ同じ時間を共にしていた人びとは、今どうしているのだろう。みなそれぞれの生をそれぞれの形で送っているのだとは思うが。啄木の歌にもそんな気分を詠んだものがあった。

    手套(てぶくろ)を脱ぐ手ふと休(や)む
    何やらむ
    こころかすめし思ひ出のあり

冒頭の二句「手套を脱ぐ手ふと休む」が鮮やかだ。隔たってしまった時間を何気なく思い浮かべるのは、まったくこういうときなのだ。何ということのない日常的な動作のすき間にふと「こころかすめし思い出」がすべり込むときがある。その思いはいつまでも後を引くものではない。現在の時間に大きな影響を与えるようなものではなく、淡いベールの向こうに霞んで見える、結晶化してしまった思い出だ。遠くからぼんやりと眺めるだけの、美しさしか残っていない時間。本当はその他もろもろの感情が付随していたはずのなのに、いつのまにか削ぎ落とされて芯しか思い出せない。

だが、それだけのこと。いつまでも振り返って過ぎ去った時間の中に立ち止まっているつもりはない。まだまだ先は長い。

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