2025年11月28日 (金)

初冬の風景

まだそれほど寒くはないが、もう晩秋ではなく初冬と呼ぶのがふさわしいような時期になった。教室にむかう車のフロントガラスの向こうに広がる国道沿いの景色が、いつの間にか冬の気配を帯びていることに不意に気がついた。

陽の光が強さを感じさせない。南中高度が下がってきたからなのだろう。午後の早い時間なのに、柔らかなベールのような光だ。その弱い光のせいか眼の前の風景も、それまで目にしていたようなくっきりとした色彩ではなく、どこか色あせて見える。少し前まで紅葉していた街路樹はほうきになっている。

銀杏の葉がすっかり散ると雪になると教えてくれたコンビニのおばあさんを思い出す。北上の教室の下にある間口の狭い小さなコンビニだった。交差点の角に面していて、斜向かいのお寺の境内に大きな銀杏の木があった。その木を指しながら、あの樹がすっかり葉を落とさないと雪は降ってこないよ、センセイ。そう言ってレジの向こうで笑った。

風に吹かれて道路に散らばった枯れ葉が舞い上がる。カサカサという乾いた音が聞こえてきそうだ。今年はどれくらい雪が降るのだろうか。まだまだ雪は先だろうと思っていても、それを見越したようにいつの間にか一面の雪景色に変わっていたりする。今日みたいな小春日和の穏やかな日は、この先あまり多くないだろう。

季節は急速に移ろっていく。

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2025年7月24日 (木)

渋谷陽一が亡くなった

昨日のニュースを聞いていて、渋谷陽一が亡くなっていたことを知った。ありえないことが起きたような真空状態に一瞬陥った。渋谷陽一が74歳になっていて、誤嚥性肺炎が死因だということ自体が、たちの悪い冗談みたいに思えた。

渋谷陽一が「ロッキン・オン」を作り、FMでロックを紹介し続ける番組を流していたのは、もう半世紀も前のことだ。私は高校生で、二十歳になるまでの5年ほどほぼ毎回聴いていた。

「こんばんは、渋谷陽一です。」で始まるその番組は、他の音楽番組とはちがっていた。ドライなタッチとでも言えばよいか、過剰な思い入れがなく、淡々と必要な情報が少し早めの口調で語られていった。その語り口が心地よかった。そこには余計な「物語(ナラティブ)」がなかったからだ。他の多くの音楽番組には、なくてもいい「物語」が多かれ少なかれ味付けに振りまかれていて、そんな「物語」を聞きたいんじゃないよ、とロック少年は苛立ちを覚えるのだった。ちなみにジャズを本格的に聴くようになったのは大学生になってからで、高校生の頃はレッド・ツェペリンが好きなハード・ロック少年だった。

渋谷陽一の語り口に共感していたのは、ロックの演奏者ではなく楽器もやらないけれど、ロックの持っている社会性に対し文芸評論と同じように冷徹な目で論評できるのだと教えられたからだ。地方に住んでいるので雑誌「ロッキン・オン」の実物を手にしたのは大学に入ってからだが、渋谷陽一の番組がその代わりになっていた。

クラッシュやストラングラーズといったロンドンパンク、パティ・スミス、ブライアン・イーノなどなどみな彼の番組で知った。ロック音楽の一番先端にあるものをいつも教えてもらったという気がする。

数年前に車でラジオをつけたとき偶然渋谷陽一の放送を耳にした。「こんばんは、渋谷陽一です。」いつも聴いていた半世紀前と同じだ。一瞬、再放送を流しているのかと思った。が、しばらく聴いているうちに、声が少し年老いていることに気がついた。あ、再放送じゃなく、今放送しているんだ。軽い驚きと、なんともいえないうれしさが広がった。まだ元気でやってるんじゃないか。

年齢不詳で、年老いたり死んだりすることはありえない、と思っていたが、渋谷陽一もふつうの人間と同じように老いて亡くなったのか。それにしても誤嚥性肺炎という死因だけは、似合わないなあと思う。ロック評論家が畳の上や病床で死を迎えるとは思えなかったからだ。

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2025年7月18日 (金)

暑い日に

車に乗り込むと運転席側と助手席側の窓を全開にする。そのまま車を出すと、速度が上がるにつれて風が吹き抜けていく。猛暑日に近い相当な暑さの日でも、エアコンをかけず窓を全開にして走る。思ったより涼しい風が吹き抜けて、とても気持ちがいい。

実は、あまりエアコンの冷房が好きではない。昔はよく、冷蔵庫のビールみたいにキンキンに冷えた空気の店(特に大型店舗)が多かったものだが、中に入った瞬間にゾクゾクして風邪でも引きそうな気分になった。外気温が高いときにはあまり温度差が大きくないほうが身体に響かないような気がする。むしろ、ちゃんと汗をかいて「暑い、暑い」と扇子であおいでいたりするほうが体調はいい。

国道4号線をほぼ毎日通勤路にしているが、対抗車線に視線を向けると、どの車もきっちりと窓を閉めてエアコンをかけている。私のように窓を全開にして走っている車はめったにない。ほんとうはコンバーチブルの車を買ってオープンカー状態で走りたいくらいだ。それくらい風に吹かれて走るのは気持ちがいい。プールや海からあがってビーチパラソルの下で、暑いようなぬるいような夏の風に吹かれているときの気分になるからだろうか。

エアコン嫌いの私も、さすがに教室では冷房を使用している。生徒が来るので、窓を開けて授業というわけにも行かない。設定温度は高めなのでキンキンに冷えた感じにはならないが、それでも暑い外から入ってきた生徒には涼しく感じるだろうと思う。

それにしても猛暑日近い気温の日々が続くようになるなんて、子どもの頃には想像したこともなかった。

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2025年7月15日 (火)

世論調査の電話って、来ます?

選挙が近くなると特にそうだが、選挙がなくても政局が大きく動いているときなど世論調査の電話がよくかかってくる。コンピューターで無作為に選んだ番号にかける、なんとか方式ってヤツで選ばれているはずなのに、自宅の固定電話にも、教室の固定電話にも世論調査の機械音声がよく流れる。選んでいる件数はそれほど多くはないと思うのだが、たまたまよく当たっているのか、もう何度も回答したことがある。

忙しいときは別だが、基本的に世論調査は嫌いではないので答えることにしている。選挙前だと、選挙区のどの候補に投票する予定か・比例ではどの政党に入れるのか・現内閣を支持しているか・支持政党はどこか・性別は・年代は、などがよくあるアンケート内容だ。

適当に答えてもいいのだが、なぜか正直に選んでしまう。おそらくそういう人が多いのではないだろうか。投票所を出て投票調査のアンケートを求められるときも、たぶん正直に返事をしてしまうのだろう。本当はいい加減に答えておいたほうが面白いのに、みなさん真面目なのだなあと思う。もっとも真面目に答えてくれる人が多いから、世論調査の結果にある程度の信憑性が出てくるのだろうし、選挙速報の当選確実もすぐに流れることになるのだろう。

むかし立川志の輔さんが噺のマクラで、投票アンケートでウソをつきませんかと言っていたことがある。その方が選挙速報を見るとき面白い、と。つまりアンケートにウソをついても投票結果そのものは変わらないが、選挙速報の当確が実は違ってましたってなことになる。だから、早々と結果が出てつまらないという選挙速報がドキドキハラハラしたものになるのでは、といったような主旨だった。

この話を聞いたら怒る人もいるんだろうなあ。神聖な選挙を茶化すのか、とかなんとか。でも、そのくらいの面白さがあったほうが、投票率も上がるのではないか。無関心だった人が少しは興味を持ってくれるようになるのも悪くはない。

最近は世論調査の電話だけでなく、特殊詐欺の電話も似たような機械音声で流れてきて「この電話は2時間後に使用停止となります。ご利用を継続になりたい方は…」てな具合にそれらしいことを告げたりする。最初にこの特殊詐欺の音声が流れたときは一瞬信じかけたが、待てよとネットで検索してみると、それはサギですと出ていた。なるほど新手の特殊詐欺か。この機械音声は世論調査のアンケートと似たような声質で似たような調子だから、うっかり信じ込む人もいるのだろうなと思う。悪いことを考えるヤツがいるものだ。

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2025年7月14日 (月)

参院選だなあ

もうじき参院選の投票日である。争点は何なのだろう。各政党の公約を見ると、経済問題ということになるのか。新聞やラジオのポッドキャストによると、気候変動や司法改革も問題なのにどこも争点として触れていないという。

気候変動はヨーロッパなどでは環境政党が盛んで前面に取り上げる問題だが、日本では争点化されない。司法改革は以前から問題が指摘され、人質司法、冤罪、取り調べの可視化、死刑廃止など問題が山積みなのに、これまた争点にならない。票につながらない、ということなんだろうなあ、たぶん。

経済問題を取り上げたほうが、有権者に響く。経済は生活に直結しているから誰でも関心を持つ。だからどの政党も力点を置いて訴えかける。環境問題や司法改革も重要ではあるが、経済問題ほどの切実さがない。消費税を廃止するのかそれとも存続するのか、存続するなら引き下げるのか。給付金を一律いくら支給するのか。結局「お金」の話になる。有権者たる国民の最大関心事がそれだから、やむをない。

誰を選び、どの政党を選択したらいいのか。選挙公報に目を通したり、各政党の公約を読んだり、各党の政策を比較したサイトを見たりして各自で考えるしかない。最善の選択などあり得ないのだから、あまり期待できない中で少しはましな選択となるのはどれかと考えてもいいのではないか。この候補よりこっちの候補のほうがいくらか期待できそうだ。あの政党よりこの政党のほうが、それほどひどい結果にならないのではないか、というように。消極的にも思えるが、よりましなほうを選ぶ、あるいはこの候補やこの政党には選ばれてほしくないから、対抗できる候補や政党に入れるという戦略的投票でもいいのではないか。

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2025年7月13日 (日)

斎藤姉妹

と言っても教室に来ている生徒のことではない。ちなみに姉妹で教えた例は何組もある。今現在も、かつて教えた生徒の妹が二人来ている。三姉妹も何組かある。さすがに「若草物語」や「細雪」みたいな四姉妹はないが、同じ姉妹でもそれぞれ性格もものの考え方も違う。それは男の兄弟の場合でもそうだ。

決して言わないように心がけているのは「お姉ちゃんはこれこれこうだったのに、君は…」というひと言だ。彼ら、彼女らはきょうだい同士で比べられることに、ある意味うんざりしている。私は私なのにどうして姉または兄と(あるいは妹または弟と)比べられなければならないのか。もうたくさんだ。と怒り心頭になるのもある程度理解できる。

それはさておき、斎藤姉妹とは誰のことか。文芸評論家の斎藤美奈子さんと韓国文学翻訳家の斎藤真理子さんである。つい最近までこの二人が姉妹であることを全く知らなかった。うかつな話である。

姉の斎藤美奈子さんの書評はいつも頼りにしている。本質に鋭く切り込んで的確に指摘する批評は、忖度も損得もなく、サバサバして気持ちのよい文章だ。一方、妹の斎藤真理子さんの翻訳した韓国文学も、その翻訳の文章がすばらしい。韓国の現代文学を読みたいのだけれど何から読んだらいいのかと聞かれたら、迷わず斎藤真理子訳の小説を選びなさいと答える。

この二人が姉妹であることを知って驚いた。文芸評論と韓国文学という別々の分野で私があてにしている二人が、まさか姉妹だったとは。いやあ、姉妹揃って文学的才能に恵まれているとは何とも羨ましい。もしも娘が二人いて斎藤姉妹のようだったら、どれほど娘自慢をしたくなるだろうか、と父親のような気持ちがわいてくる。その斎藤姉妹のお父さんは、斎藤文一さんという方。宇宙物理学者で詩人で宮沢賢治研究家で、なんと岩手県北上市の出身ではないか。しかも旧制黒沢尻中学出身とあるから、なんとなんと現在黒沢尻北高の「黒陵生」の大先輩ではないか。全然知らずにいたとは、こりゃまた大々うかつな話だ。

ところで、斎藤姉妹は顔を合わせたときに、どんな話をしているのだろう。

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2025年7月12日 (土)

あれはどうなりましたか

七月の下旬が来ると、英単語を覚える練習を始めて丸九年になり、ついに十年目に突入する。早いものだ、時間の過ぎるのは。始めた頃は二、三年もあれば何とかなるだろうと軽い気持ちだった。ところが、三年過ぎても覚えた単語がさっぱり増えない。あともう三年やれば身につくかもしれない。そう思ったが、六年経ってもたいして進歩しない。もうこうなったら十年かかるつもりでダラダラ練習を続けるしかない。そう肚をくくってあっと言う間に十年目に入る。

還暦を迎える前に始めたことであったが、還暦を過ぎ、年金をもらう歳になっても延々練習することになるとは考えもしなかった。いやいや、そうではない。この歳で始めるのだからなかなか覚えられないだろうという予感はあった。若い頃とは違うのだ。そう簡単に覚えられるわけがない。

毎日450語の単語の読みと意味をカードをめくって確認するのに45分ほどかかる。ほぼ毎日やっているので、半ば機械的に自動的に過ぎていく。12,000語を目標にしてどれくらいのところまで進んだろうか。覚えていない割合が20%ほどなので八割の9,600語くらいは消化したことになるのか。それでも残りの二割がどうしても覚えられない。もう何十回も目にしているはずなのに、まったく意味が出てこない。せめて三十代か四十代くらいに始めればよかった、などと思ったりするが後悔しても仕方ない。覚えられないものは覚えられない。

思うに、実際の英文中の使われ方を目にしないと、やはり英単語は身につかないようだ。単語カードは手軽に練習を始めるのには向いているが、確認できる意味はごくごく限られたものでしかない。実際の文例でどういう意味で使われているか見なければ、その単語の持つ意味合いはつかめない。英英辞典で確認するのもいい。国語辞典で日本語の語句を確認するのと同じで、英英辞典の定義は分かりやすく明確な説明になっている。英和辞典では今ひとつピンとこない単語も、英英辞典を読めばなるほどと思うものが多い。

おそらく丸十年やっても、残り二割の単語は消化できないような気がする。こうなれば破れかぶれでもう五年か十年やるしかない。すっかり日課の一つに組み込まれてしまったので、ダラダラ続けていくことはあまり苦ではない。ただ、飽きが来ていることは確かだ。やめてしまってもいいのだが、あと二割なのにという思いもある。なんだか割の合わないことをやっているような気もするが、ここまできたら続けるしかない。

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2025年7月11日 (金)

喉もと過ぎれば

2020年にコロナが流行したことは、もう記憶の中の出来事のようになっている。季節性のインフルエンザ同様の扱いになり、消えてしまったわけではないが、コロナ禍の頃のような切迫感はなくなってしまった。

そのうち読もうと取り分けたまま山積みになっていた英字新聞の記事があり、先月の末頃から読み返し始めた。2019年の後半あたりからの記事で、目についた見出しが載っている頁ごと取り分けていたものだ。2019年の暮れに近くなった記事を読んでいるときに、あっ、これって翌年はコロナが流行するんじゃなかったかと思い出した。

案の定、2020年に入るとすぐにコロナの記事が出てくる。今となっては忘れていることも多い。コロナによる最初の日本人死者はウーハンに住む六十代の男性だった。横浜港に停泊した「ダイアモンド・プリンセス号」で感染者があらわれ、船ごと隔離状態だったのは覚えている。

まだコロナ禍の大騒ぎに入る少し前の時期の記事を読んでいるところなので、国内感染者も少なく、嵐の前の静けさのような雰囲気だ。おそらくこの先の記事を読んでいくと、あのコロナ禍の渦中に起きたあれやこれやの出来事が出てくるのだろうなと思う。もう忘れてしまったものも多いのだが、飲食店でのルールや、「ソーシャルディスタンス」のための措置やその他もろもろが出てくるに違いない。

ほんの五年ほど前のことなのに、もうすでに遠い時代の出来事にも思える。記事を読み返していると、タイムマシンに乗って出来事を目にしているような不思議な感触を覚える。展開を知っているドラマや映画を見ているように、あ、この後こうなるんだったよなと思い出しながら読んでいくのは妙な気分だ。

何十年か経ったら歴史教科書の現代史部分に、2001年の9.11テロ、2011年の東日本大震災、2020年のコロナ大流行というような感じで取り上げられるのかもしれないが、実際に同時代として通過してきたわれわれにとっては「歴史」上の出来事という骨董品じみた事態ではない。喉もとは過ぎてしまったけれど、それでもなんだかまだザラッとした感触が残る出来事なのだと思う。

テロや自然災害や原発事故や疫病に襲われて21世紀の初頭ってとんでもない時代だったんですね、と後世の人々は言うかもしれない。でもよく考えると、世界大戦が続けて二度も起きたのだから20世紀の前半だってとんでもない時代だったのだ。いや、いつの時代だってとんでもない時代なのではないか、実は。

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2025年7月10日 (木)

王様は裸だ

そのように叫ぶのは子どもだ。おとなは自分の目にしたものに信を置かず、周囲の反応に付和雷同し、自らの心に浮かべた疑問を押さえつけてしまう。忖度、損得、保身、何でもいいけれどそういったものに容易く流され自分の判断を押し殺す。明らかに変だ、おかしいと分かっているのに、大人の事情というヤツが優先する。

何も童話の中だけの話ではないだろう。ガザで起きていることは誰の目にも明らかなように「ジェノサイド」としか呼びようがないのに、イスラエルのガザ攻撃はそのように呼ばれない。イスラエルとハマスの「戦争」という言い方も、実は変だ。圧倒的に兵力に差があり、戦力が非対称であるのに、国同士の「戦争」と同じような扱い方をするのはおかしい。さらに言えば、アメリカがイスラエルに武器を供与しなくなれば、この「ジェノサイド」は終結するはずなのに誰もアメリカの武器供与を止めようとしない。

武器供与を止めないのに、ハマスとイスラエルが停戦してトランプ大統領がノーベル平和賞の候補になるとしたら、とんだ茶番だ。「ジェノサイド」に加担しながら「平和」を口にするのは欺瞞でしかない。

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2025年7月 9日 (水)

最近読んだ本・その2

これも図書館から借りて読んだ本だが、南博の『マイ・フーリッシュ・ハート』(扶桑社 2011年)。たまたまジャズ関係の本棚でタイトルを目にして手を伸ばしてみると、どうやら筆者はジャズ・ピアニストらしく、題名にも納得。銀座のピアノ弾きをやめてアメリカのバークリーに行き、帰ってきてからのあれやこれやを軽妙に綴ったなかなかおもしろい本だ、と最初は気楽に読んでいた。

途中で、この銀座のピアノ弾きの話はどこかで聞いたことがあると思い、なんだっけなと記憶をさぐっているうちに、そうだ、映画『白鍵と黒鍵の間に』じゃないかと思い出した。池松壮亮が主人公のピアニストを演じていてなかなかよかった。あのピアニスト、そういえば「ミナミ君」と呼ばれていたな。あのピアニストの書いたエッセイか、これは。

バークリーから日本に帰り、あれやこれやはあったもののジャズ・ピアニストとしての仕事が入り始め、順調に進んでいくのかと思った矢先、精神のバランスを崩し壮烈な日々を送ることになる。その間にもジャズ・ピアニストとしてアルバムを作り、ピアノ教室で生徒を教え、不調から抜け出していくという山あり谷ありの人生。いやあ、なかなかできませんよ、こんなふうには。

1960年生まれというから、ほぼ同年代だ。それだけでも親近感がわく。加えてこの人のトリオ演奏を納めたアルバム"Like someone in love"の1曲目、'My foolish heart'がとんでもなくすばらしい。ビル・エヴァンズ・トリオの"Waltz for Debby"の最初に入っている'My foolish heart'がこの曲の定番だと思うが、それにひけを取らない名演ではないか。

ジャズ・ピアニストの文章というと山下洋輔がすぐに浮かんでくるが、この南博の文章もいい。エッセイの『白鍵と黒鍵の間に』は小学館文庫にもなっているようだからそのうち読んでみたい。

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